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第50話 「エリカちゃんと新しい七不思議」


ある夜のチェーン荘。

住人たちはみんな寝静まっていました。

ところが。

学校では、別の動きが起きていました。

夜の女子トイレ。

花子さんが、深刻な顔で、おかっぱを揺らしていました。

「みんな、集まってくれた?」

「集まってます」

答えたのは、廊下の暗がりから現れた、人体模型でした。

ぎぎぎ、と関節をきしませながら、トイレの前に並んでいます。

音楽室から、ピアノの音が、ぽろん、と挨拶代わりに鳴りました。

十三階段の幽霊が、すうっと顔を出しました。

ベッドの怪異が、これまた病院から戻ってきていました。

プールの底からは、何かのぬるりとした影が、ぴたっと顔を覗かせていました。

給食室の方角からは、しかし、塩を撒かれて再生不能の、亡霊の悔し涙の気配だけが流れてきていました。

「みなさん、お集まりいただき、ありがとうございます」

花子さんが、深く頭を下げました。

「今日は、緊急会議です」

「議題は」

人体模型が低い声で言いました。

「議題は、新しい七不思議の制定です」

「えっ」

「新しい?」

「だって、このままでは、わたくしたちの存在意義が、危ぶまれます」

全員が、しんとしました。

「ご存知の通り」

花子さんが、続けました。

「文化祭で、わたくしたちは、全員、押されました」

「押されました」

「自分のテリトリーから、すごすご退散しました」

「退散しました」

「気配だけで、震えました」

「震えました」

「このままでは、七不思議どころか、不思議ですらない、ただの逃げ足の早い者の集まりです」

「逃げ足の早い者の集まり」

「ですから」

花子さんは、すうっと顔を上げました。

「七不思議の枠を、再制定します」

「方法は」

「投票です」

「民主的だな」

「民主的な怪異です」

夜の女子トイレで、簡易的な会議が始まりました。

順番に、新七不思議の候補が挙げられていきました。

第一席。

夜の図書室の司書さん――ある古参の怪異が推薦されました。

「司書さんね、本を守る方の人」

「本食いの怪異から、本棚を守る側」

「立場、わかりやすい」

「では、第一席で確定」

第二席。

体育倉庫の亡霊コーチ――善意系の怪異が推薦されました。

「あの人、まだ子どもたちに練習教えたいって言ってる」

「子どもたち、コーチが見えない件」

「気配でフォーム矯正してる」

「優しいけど、やってることは怖い」

「では、第二席で確定」

こうして、新しい七不思議が、ぽつぽつと埋まっていきました。

第三席、屋上のダンス部の影。

第四席、放課後の保健室、戻ってきたベッドの怪異。

第五席、給食室のお塩を撒く者(おばちゃん枠で名誉昇格)。

第六席、十三階段の幽霊(再任)。

そして、最後の一席。

「最後の七つ目、どうする」

「これは、もう、決まっていますわよね」

花子さんが、にっこり笑って言いました。

「えっ」

全員が、固唾を呑みました。

「こちら側のみんなが、震えるあのお方」

人体模型が、ぎぎぎ、と頷きました。

ピアノが、ぽろん、と肯定の音を出しました。

十三階段の幽霊が、こくこく頷きました。

ベッドの怪異が、ふるふる震えながら頷きました。

「では、満場一致で」

「満場一致で」

「七つ目は」

「七つ目は」

「エリカちゃんで」

「エリカちゃんで」

新しい七不思議の最後の一席は、エリカちゃんで決まりました。

ところが。

そのとき。

廊下の角から、すうっと、椿さんが顔を出していました。

「(私、今、すごい会議に立ち会ってる……)」

椿さんは、神社のおじいちゃんに「夜の学校の様子も、視ておきなさい」と言われて、たまたま見回りに来ていたのです。

そして、運悪く、新七不思議制定の現場に、居合わせてしまいました。

「(しかも、最後の一席、エリカちゃん……)」

椿さんは、そっと後ずさりして、廊下を逃げていきました。

翌朝。

エリカちゃんは、椿さんから、神妙な顔で告白されました。

「あの、エリカちゃん」

「なあに」

「お知らせがあります」

「うん」

「あなた、新七不思議に入りました」

「えっ」

「七つ目です」

「光栄ね」

「光栄なんですか!?」

「私、ずっと、七つ目の七不思議って呼ばれてたから」

「もう公式なのですね」

「公式よ」

椿さんは、ふうっとため息をつきました。

そして、深く頭を下げました。

「これからもよろしくお願いします、七不思議さん」

「七不思議さん、なんだ……」

海斗君がそっとつぶやきました。

山本先生は、職員室で、その話を聞いて、しばらく無言になりました。

そして、湯呑みのお茶を、ぐいっと飲み干しました。

「公式、ですか」

「公式です」

「うちの学校、また、別の意味で、有名になりますね」

「すでに有名ですよ、先生」

「ええ」

「七つ目だけ、新規登録です」

「ええ……」

山本先生は、机の引き出しから胃薬を一錠取り出して、くいっと飲みました。

そして、新しい在庫リストを作り始めました。

**七不思議再編記念用、胃薬。**

クラスメイトたちは、その話を聞いて、ぽかんとしました。

「うちのクラス、七不思議が同席してる」

「公式に同席してる」

「席替えで隣に座ったんだもんな……」

「うん、そういえばそうだ……」

新しい七不思議の名簿には、最後の行に、こう書かれていました。

**七つ目:エリカちゃん。**

備考欄には、簡潔にこう書き足されていました。

**※気配がしたら、近づかないこと。**

そして、その名簿の余白に、誰かが鉛筆で書いた一行がありました。

**※近づきたければ、海斗君のとなりに行けばいい。本人が必ず後ろをついてくる。**

「これ、誰が書いたの?」

椿さんが、首をかしげました。

「たぶん、宮坂さん」

海斗君が遠い目をしました。

「こちら側ではないけれど、こちら側くらい執念深い」

「同業者扱い」

「同業者扱いするのは、それはそれで失礼な気がするけど」

こうして、新しい七不思議は、こちら側の住人たちに、正式に告知されました。

町内では、ひそかに、この七不思議のリストが伝説として広がっていきました。

ただし、最後の一席だけは、誰もあまり詳しく語らず、ぼかして「あの方」とだけ呼ばれることになるのです。


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