第49話 「エリカちゃんと転校生の家の秘密」
転校してきた次の日。
椿さんは、放課後、海斗君に声をかけました。
「海斗君、もし時間があれば、私の家に遊びに来てほしいの」
「えっ、いいの?」
「ええ。母から、お友達ができたら家に呼びなさいって、よく言われていて」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ありがとう」
椿さんは、にっこり笑いました。
ところが、そのすぐ横で。
「私もご一緒するわ」
エリカちゃんが、すっと立っていました。
椿さんは、また、ぴたっと固まりました。
「あ、はい……どうぞ……」
「決まりね」
「(また、こうなる……)」
椿さんは、軽く頭を抱えました。
こうして、海斗君、エリカちゃん、そして椿さんで、椿さんの家まで歩くことになりました。
道中、椿さんはずっと、エリカちゃんの背中を、ちらちら見ていました。
「ねえ椿さん」
「は、はい」
「私の背中、何か変かしら?」
「いえ、変じゃないです。とても、その、強くて」
「強いって、何が?」
「いろいろ、です」
「具体的には?」
「えっと、その、神社で、もう一度、確認してから」
「楽しみね」
椿さんは、笑顔で答えながらも、内心で必死に汗を拭いていました。
やがて、町外れの坂道を、ゆっくりと登っていきました。
こんもりとした森の中に、長い石段が現れました。
その先に、苔むした鳥居と、古い社殿がありました。
ふんわりとした、線香に近い、しかし違う、不思議な香りが漂っています。
「ここが、椿さんの家?」
海斗君が驚きました。
「ええ。代々、この神社の家系なの」
「神社の子なんだ……」
「父も祖父も宮司なの。私も将来、巫女になるかもしれないわ」
「そうなんだ、すごいね」
「(その将来、いま、すごく揺らいでます……)」
椿さんは、心の中でひそかにつぶやきました。
鳥居をくぐった瞬間。
境内の空気が、ふっと変わりました。
何か、ぴりっとした気配が、肌に走りました。
「椿さん、なんか、空気が違うね」
「神域だからよ」
「神域……」
「神様の領域なの」
ところが、その神域の空気が。
ぐらりと、揺れました。
「あ……」
椿さんが顔を上げました。
社殿の脇、小さな狛犬の像が、ふるふる震え始めていました。
すると、社殿の屋根のあたりから、ふわりと、白い光が立ち上りました。
それは、年老いた小さな白い犬のような姿をした、何か――守り神のようなものでした。
「あ、あ、あ、あ……」
守り神は、ふるふると震えながら、社殿の屋根の上で、小さく後ずさりました。
「あ、あの、お、お子さん……」
小さな声で、しかしはっきりと、訴えるように言いました。
「神社、潰さないでください……」
エリカちゃんはきょとんとしました。
「私、何もしていないわよ」
「し、していらっしゃらないことは、よく、わかります」
「でしょう?」
「で、ですから……お、お引取り、願えませんか」
守り神は、頭を下げて、申し訳なさそうに言いました。
椿さんは、頭を抱えました。
「(うちの守り神、もうダメになってる……)」
「すごいね、椿さん。これ、本当に視えるの?」
海斗君は、目を丸くしていました。
「視える人にしか、視えないのよ」
「僕には、何も見えない」
「海斗君は普通の人ね。ある意味、健全」
「そっか、健全なんだ……」
「私はちょっと不健全側」
椿さんは、ぽつりと言いました。
そして、社殿の前に立って、守り神に向かって深々と頭を下げました。
「ごめんね、玉ちゃん。びっくりさせて」
「玉ちゃんね、その守り神」
エリカちゃんが言いました。
「あ、あの、お、お子さん」
「なに?」
「お、お父さんやお母さんは、ご存じで……?」
「私の親? チェーン荘の住民は、家族のことなら知ってるわ」
「いえ、そういう、その、人間のお父さんとお母さんでなく」
「?」
「あ、いえ、何でも、ないです……」
玉ちゃんは、頭をかかえました。
「(人間のお子さんに、なぜ、このような神威が宿っておられるのか……)」
椿さんは、奥の社殿から、おじいさんを呼び出してきました。
真っ白な髭の、立派な装束を着た宮司さんでした。
「椿、お友達か」
「うん、おじいちゃん。あの、見て」
椿さんは、エリカちゃんを指さしました。
おじいさんは、エリカちゃんを、じっと、見ました。
そして、しばらく、無言になりました。
やがて、ふうっと息をついて、深く頭を下げました。
「お参りに来てくださり、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
「うちの神社、どうぞ末永く、ご贔屓に」
「贔屓って、どういう意味?」
「贔屓です」
「?」
おじいさんは、椿さんを呼んで、奥の和室に連れていきました。
「椿、あのお子さんは、特別だ」
「やっぱり?」
「並大抵の神社では、対応できぬぞ」
「うちの神社で対応できるの?」
「無理だ」
「えっ」
「逆らうな」
「逆らわないけど」
「あの方は、こちら側の天敵だ」
「天敵……」
「神社の神も、寺院の仏も、座敷童も、化けものも、あの方の前ではかしこまる」
「うちの守り神も震えてた……」
「玉ちゃんは、特に繊細でな」
「特にじゃないと思う、おじいちゃん。普通の感覚だと思う」
椿さんは、深いため息をつきました。
「(つまり、エリカちゃんは、本当に、本当に、こちら側の天敵なんだ……)」
椿さんは、その日、自分の役割について、深く考え直すことになりました。
神社の家に生まれた者として、視える者として、いつか何かをしなければいけない――そう思っていました。
ところが。
彼女が出会ったのは、何かをしなくても、ただ存在するだけで、こちら側の全員を黙らせる、人間でした。
「(私の役割、もしかしたら、エリカちゃんの威圧を抑える方かもしれない……)」
椿さんは、神社のおじいちゃんに、ぽつりと相談しました。
「おじいちゃん、私、これから、どうしたらいい?」
おじいさんは、しばらく考えてから、深く頭を下げました。
「仲良くしなさい」
「えっ」
「あの方と、仲良くしていれば、こちら側は安泰だ」
「神社の家系の助言、それでいいの?」
「それで、いい」
「(うちの神社、いいのか、これで)」
椿さんは、深いため息をついて、そっと社殿の脇に来ました。
玉ちゃんが、まだ少し震えていました。
「玉ちゃん、ごめんね」
「いえ、椿さんのお友達なら、わたくしも、お慕いします」
「お慕いの方向、合ってる?」
「お慕いです」
「気を付けてね」
「気を付けます」
帰り際、エリカちゃんは社殿に向かって、ぱんぱんと手を合わせて拝みました。
「お友達のお家の神様には、ご挨拶しないとね」
ぴしっ。
社殿の屋根のあたりで、玉ちゃんが、ぴたっと固まりました。
そしてしばらくすると、ふわっと白い光が消えました。
「玉ちゃん、どうしたの?」
椿さんが見上げました。
「(拝まれた瞬間、玉ちゃん、お休みに入った……)」
玉ちゃんは、その日、二日間、姿を現しませんでした。
おじいさんは、奥の和室で、お神酒を注ぎながらつぶやきました。
「これは、由緒ある事象になりそうだのう……」
「おじいちゃん、楽しんでない?」
「楽しんではおらん。記録しておるだけだ」
「楽しんでるよね」
「日本の神社の歴史は、長いのだ」
「これ、教科書に載るのかな……」
こうして、椿さんは、エリカちゃんが自分たちの世界の天敵だと、はっきり認識することになったのでした。
そしてその日から、椿さんは、エリカちゃんに対して、震えながらも、丁寧に接するようになるのです。
神社の鳥居には、それから新しい注意書きの板が、ひっそりと掛けられました。
**御参拝はお気軽にどうぞ。**
その下に、小さくこう書かれていました。
**※神威の強い方は、事前に守り神にご一報ください。**




