第48話 「エリカちゃんと転校生」
文化祭が終わって、すこし経った日のホームルーム。
山本先生が、いつもより少しだけ嬉しそうな顔で、教室に入ってきました。
「みなさん、おはようございます」
「おはようございまーす」
「今日は、新しいお友達を紹介します」
教室がざわめきました。
「えっ、転校生!?」
「珍しい!」
「うちのクラスに来るの!?」
山本先生は、廊下に向かって声をかけました。
「どうぞ、入ってきてください」
扉が、すうっと開きました。
入ってきたのは、肩の下まで届く長い黒髪に、白い肌、すっと通った鼻筋の女の子でした。
ふわりと、伝統的な香りのする髪のかおりが、教室に広がります。
クラスの男子たちが、思わず息を飲みました。
「うっ……」
「美人」
「美少女」
「うちのクラス、文化祭で集めた運を全部使ったかも……」
クラスの女子たちも、ぽかんと見ていました。
「す、すごい子来た」
「お人形さんみたい」
そんな中、エリカちゃんは、海斗君の方を、ちらっと見ました。
「海斗君」
「な、なに、エリカちゃん」
「あなた、今、どこ見てた?」
「えっ、いや、普通に黒板の方を……」
「黒板の方に、いま転校生いるけど」
「うん、まあ……」
「即見てた?」
「即は見てない!」
転校生は、教壇の前で、すっと頭を下げました。
「白川 椿と申します。よろしくお願いします」
低めの落ち着いた声でした。
小学二年生にしては、ずいぶん丁寧な口調です。
「椿さん、こちらこそよろしくね」
山本先生が言いました。
「では、お席は……エリカちゃんの後ろの席でお願いします」
「えっ」
エリカちゃんが、ぱっと顔を上げました。
「先生、後ろ、空いてないと思うのですが」
「今朝、机を増やしました」
「先手を打たれた」
「打ちました」
椿さんは、すっと机に向かって歩いてきました。
そして、エリカちゃんの後ろの席に座ろうとしました――その瞬間。
椿さんは、ぴたっと、足を止めました。
そして、エリカちゃんの背中を、しばらくじっと見つめました。
じっと。
じっと。
何かを"視ている"ような目つきでした。
そして、椿さんの肩が、ふるっと震えました。
「あ……」
「椿さん?」
山本先生が首をかしげました。
「いえ、何でも、ないです……」
椿さんは、おそるおそる席に座りました。
そして、机の下で、両手をぎゅっと握りしめました。
そっと、ささやくような小さな声で、つぶやきました。
「うそ……あの子の背中、ものすごく、何か……視える……」
クラスメイトには聞こえませんでした。
ただ、エリカちゃんの後ろの席で、椿さんはずっと小さく震えていました。
休み時間。
クラスメイトたちは、椿さんを取り囲みました。
「椿さん、よろしくね!」
「お弁当、一緒に食べよう」
「どこから来たの?」
椿さんは、にこっと丁寧に微笑みました。
「ありがとう。よろしくお願いします」
ところが、その椿さんが、隣の席にいる海斗君に向かって、にっこり笑いかけました。
「あなた、海斗君ね?」
「えっ、なんで知ってるの?」
「先生に聞いたわ」
「あ、そっか」
「お話しできるかしら?」
「うん、もちろん」
「よろしくね、海斗君」
椿さんは、海斗君に対しては、自然にすうっと微笑んでいました。
警戒も、震えも、ありませんでした。
ところが、その様子をエリカちゃんが、じっと見ていました。
「海斗君」
「な、なに」
「いつから椿さんと面識があるの」
「いま初めて会ったよ!」
「友好的すぎるわ」
「向こうが友好的なんだよ!」
「私の前では震えるのに、海斗君の前ではにっこり笑う」
「えっ、そうなの?」
「比べたわ」
「比べないで」
休み時間の終わりがけ、椿さんは机を整えながら、ふっと顔を上げました。
そして、エリカちゃんの方を、もう一度見ました。
今度は、震えませんでした。
ただ、深く、深く、頭を下げました。
「あの……エリカちゃん」
「なあに」
「これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「あの……」
「なに?」
「もしご迷惑でなければ、できれば、できればでいいのですが」
「うん」
「私のお話、ちゃんと聞いていただけますか」
「もちろん」
「あの……威圧、ちょっとだけ、抑えていただけると、助かります」
「私、何もしてないわよ」
「ええ、何もされていません。でも……」
椿さんは、ふうっと息をつきました。
「視えるんです、私」
「視える、って?」
「いろいろ、視えます」
椿さんは、また、ぴたっと固まりました。
そして、小さな声で、ささやきました。
「あなたの背中の、それ、すごいです……」
海斗君がぽかんとしました。
「エリカちゃん、椿さん、何のこと言ってるの?」
「さあ?」
エリカちゃんは、肩をすくめました。
「私、いつも通りなのよ」
「そう、いつも通りなのが、すごいんです……」
椿さんは、また震えていました。
こうして、転校生・椿さんが、エリカちゃんの後ろの席に着席することになりました。
ただし、彼女はその日、いちにち、エリカちゃんの背中を見るたびに、小さく震え続けていました。
そして放課後、海斗君のところに、すうっと寄っていきました。
「海斗君、あの……ちょっとお話があるのだけど」
「うん、なに」
ところが、すぐ横から声がしました。
「私もご一緒するわ」
「えっ」
椿さんがふっと、また固まりました。
「あ、はい……ご一緒で……」
「同席を承諾したのね」
「そう、なります……」
椿さんは、軽く頭を抱えていました。
「(海斗君と二人で話そうとしただけなのに、なんで私、こんなに緊張するの……)」
そして、エリカちゃんは、にっこり笑いました。
「椿さん、これからどうぞよろしくね」
「は、はい……よろしくお願い、します……」
こうして、新しい登場人物が、エリカちゃんの世界に加わりました。
ただし。
椿さんの第一印象は、こうでした。
「(あの子、人間の皮を被った、何か、強い、すごく強い、何か……)」
クラスでの第一印象とは、ちょっと違う方向で、椿さんはエリカちゃんを記憶することになったのです。
なお、その日の椿さんの日記には、新しい一行が書き加えられていました。
**人間にも、ものすごいのが、いる。**
そして、その下には、震えた字でこう書き足されていました。
**神社のおじいちゃんに、明日相談する。**




