第46話 「エリカちゃんと文化祭①」
文化祭当日の朝。
学校の正門には、色とりどりのアーチが飾られていました。
吹奏楽部が体育館前で演奏を始め、各クラスは出し物の最終チェックに入っています。
そして、エリカちゃんのクラスは、お化け屋敷の最終リハーサルで大忙しでした。
「ねえ海斗君、私のメイク、ちゃんと怖い?」
お化け役のクラスの女の子が、白塗りの顔をふりふり振って言いました。
「うん、すごく怖いよ」
「やった」
ところが、エリカちゃんは、少し離れた場所で、出番のない顔をして立っていました。
「ねえ、私は何の役?」
「エリカちゃんは……」
「お化け役じゃないの?」
山本先生が、すっと割り込みました。
「エリカちゃん」
「はい」
「お化け役は、クラスのお化け役です」
「私もできます」
「あなたが出ると、お客さんが帰ります」
「先生、それは私の演技力を評価してくれているのですか」
「逆です」
「うにゅ」
山本先生はエリカちゃんに、首から提げる札を渡しました。
札にはこう書いてありました。
**整理係**
「えー、私は整理係なんですか」
「整理係です」
「先生、もう少しかっこいい役職を……」
「整理係です」
「強そうな役職を……」
「整理係です」
「先生、譲歩してくれない」
「譲歩する場面ではないので」
そんなやり取りをしているうちに、開場時間が近づいてきました。
教室の入口には、もう、お客さんの列ができ始めています。
「先生、お客さん来てます」
「もう開場ですね」
山本先生は、ホイッスルを首にかけ、深く呼吸しました。
「みなさん、頑張りましょう。エリカちゃんは……整理係に徹してください」
「はい」
「徹してください」
「徹します」
「徹してください」
「先生、念押しが多いです」
「あなただからです」
午前十時。
お化け屋敷の暖簾がめくれ、第一陣のお客さんが入りました。
低学年の子どもたちが、おそるおそる手をつないで通路を進みます。
「きゃー!」
「うわー!」
「お化け、出てきたー!」
クラスのお化け役の子たちは、絶妙なタイミングで顔を出しました。
お客さんは、楽しそうな悲鳴を上げて、出口から出てきました。
「楽しかった!」
「ちょっと怖いけど、ちょうどいい!」
「もう一回入りたい!」
入り口前のエリカちゃんは、にっこり笑いました。
「順調ね」
「うん、順調だね」
ところが。
通路の途中、段ボールの陰で。
ぴょこっと。
おかっぱ頭の女の子が、すうっと立ち上がりました。
「私、ちゃんとできてる?」
クラスのお化け役の子が、首をかしげました。
「あなた、誰?」
「私、隣町の小学校から見学に来た花子よ」
「えっ」
「メイクが甘いと思ったから、お手本見せに来たの」
「本物のダメ出し!?」
クラスメイトは固まりました。
「文化祭準備でいったん帰ったでしょ!」
「だって、お化け屋敷、楽しそうだったんだもの」
「楽しさで戻ってこないでよ……」
さらに、廊下の奥から、ぎぎぎ、と音が聞こえました。
段ボールの暗がりから、人体模型が、ゆっくり起き上がります。
「お化け屋敷、俺にも、参加させろ……」
「またあなたなの!?」
理科室にセメントで固定されていたはずの人体模型が、関節をきしませながらお化け屋敷に侵入していました。
「許可なしでお化け参加するな!」
さらに音楽室の方角からは、ぽろん、ぽろんと、勝手に鳴るピアノの音が、廊下越しに響いてきました。
「ピアノまで参加してる!」
廊下のすみからは、十三階段の幽霊が、すっと顔を出しました。
「ぼくも、ぼくも仲間に入れて」
「あなた階段から離れちゃダメでしょ」
「だってお祭りなんだもん」
「お祭りでも、定位置を守って!」
教室の入り口で、エリカちゃんは、すうっと目を細めました。
「許可制よ」
そう言って、お化け屋敷の中に向かって、にっこり笑いました。
にっこり、ですが。
笑顔の背景に、見えない圧がありました。
通路の奥で、別の学校の花子さんが、ぴゃっと飛び上がりました。
「やだ、なんで気配だけでこんなに……」
「私、まだ何もしてないわ」
「気配だけで殺気が」
「乙女のたしなみよ」
「乙女の意味、辞書で調べた方がいいわよ」
人体模型は、ぎぎぎ、と音を立てながら、すみっこに後ずさりしました。
ピアノは、ぽろろ、と音を消そうとしましたが、消し損ねて妙な不協和音を響かせました。
十三階段の幽霊は、廊下を曲がって自分の階段に逃げ帰ろうとしていました。
クラスメイトたちは、ぽかんとそれを見ていました。
「えっ、何これ」
「お化け屋敷の出し物のお化けが、引き上げてる」
「自主撤退?」
「お化け屋敷の自主撤退、聞いたことない……」
そんな中、お客さんが次々と入ってきました。
「お、お化けが、なんか、避けてるよ……」
「いやでも、たまにすごい本物が出てくる!」
「気配が変!」
「ちょっと怖いけど、ちょっと安心!」
「妙な感覚!」
お客さんの感想は、なぜか、ちょっと不思議な口調になっていました。
出口で、エリカちゃんはにっこり笑って迎えました。
「いかがでしたか?」
「な、何ていうか、独特でした……」
「ありがとうございます」
「クオリティ、すごいですね」
「でしょう?」
お客さんが出ていくと、列は、また長くなっていきました。
山本先生は、受付で、すっと胃のあたりをさすりました。
「先生、大丈夫ですか?」
クラスの女の子が心配しました。
「大丈夫です」
「顔色が」
「気のせいです」
「目の下のクマが」
「今日のメイクです」
「メイクしてないですよね」
「気のせいです」
山本先生は、机の引き出しから、胃薬の小袋を取り出しました。
「文化祭は、まだ始まったばかりです」
ぐいっと、一錠、口に放り込みました。
そして、ぽつりとつぶやきました。
「持つかしら、私の胃……」
入り口の脇で、エリカちゃんは、ふんふんと胸を張っていました。
「海斗君、私の整理係、優秀でしょ」
「うん、優秀すぎて、お化けが先に整理されてるよ」
「それが整理よ」
「逆だよ」
「同じよ」
「同じじゃないよ」
そして、文化祭は、まだまだ続いていきました。
廊下の奥では、お化け屋敷の中の本物の怪異たちが、すみで小さくなって、エリカちゃんの動向をうかがっていました。
ぽろん。
ぎぎぎ。
ぴたっ。
すべてが、エリカちゃんの足音に合わせて、おずおずと動いていました。
クラスのお化け役の子たちは、ささやきました。
「これ、もう、お化けが管理されてるよ」
「人事部だね、エリカちゃん」
「人事部の意味が違う気がするけど」
「でも、合ってるんだよなあ」
こうして、文化祭の前半は、クラスのお化け屋敷の独特な雰囲気のまま、行列を作り続けていくのでした。




