第44話 「エリカちゃんとハロウィン」
十月の終わりが近づきました。
チェーン荘の前にも、町内会のハロウィンの飾りつけが施されています。
オレンジのカボチャ、紙のおばけ、紙のコウモリ。
平和な秋の夜の風景でした。
ただし、チェーン荘の中では、別の意味で平和ではありませんでした。
「海斗君、今夜はハロウィンよ」
「うん、知ってるよ」
「仮装しないとね」
「エリカちゃん、何になる?」
「私は普段の私」
「それでいいの?」
「だって、私が出るだけで、もう十分ホラーでしょ」
クラスメイトたちが聞いていたら、深くうなずいたことでしょう。
チェーン荘の住人たちが、リビングに集合しました。
花子さん、恵那ちゃん、エリポン、マリンちゃん。
みんな、それぞれの仮装に挑戦するつもりでした。
まずは花子さん。
彼女はもとから幽霊で、おかっぱで、白い着物を着ています。
「私、何に仮装すればいいのかしら……」
「幽霊以外」
「えっ」
「幽霊以外の何かよ」
花子さんは少し考えました。
そして、ぱあっと顔を輝かせ、押し入れから何かを取り出しました。
「これにするわ」
それは、白い病院着でした。
「えっ、病院の幽霊ってこと?」
「種別の変更よ」
「同じ枠だね……」
次に恵那ちゃん。
赤いちゃんちゃんこを着た座敷童は、にこりともせず言いました。
「私は会計士に仮装する」
「会計士?」
「電卓と算盤を持っただけ」
「いつもと変わらないね」
「経費削減」
「仮装の経費まで削るの?」
そしてエリポン。
ぽんっと煙を出しました。
煙が晴れると、そこには小さな魔女がいました。
ただし、しっぽが出ていました。
「魔女のエリポンでちゅ!」
「ちゃんと仮装してるね」
「でも、しっぽ」
「忘れたでちゅ」
「魔女ってしっぽないよね」
「魔女もしっぽ生やしていいでちゅ」
「自由だな……」
そしてマリンちゃん。
ぬるりと、リビングの隅から這い出てきました。
青黒い体は、いつもどおりに目玉がいくつも開いたり閉じたりしています。
「マリンちゃん、何になるの?」
ぷるん。
マリンちゃんは、ふらりと揺れて、上にカボチャの帽子をのせました。
「……かぼちゃオバケ?」
ぷるん。
「肯定なのね」
「マリンちゃん、いつもどおりがすでにグロいから、帽子を乗せるだけで仮装が完成しちゃう」
「コスパ最強でちゅ!」
「コスパでいうな」
最後にエリカちゃんですが、彼女は仮装をしないと宣言していました。
「私は普段の私」
「うん、それでもう、十分にハロウィンっぽいよ」
「ありがと」
「褒めてないんだけどな……」
夜になり、町内ではトリック・オア・トリート、お菓子をもらう子どもたちが歩き始めました。
チェーン荘の前にも、勇気のある何人かの子どもがやってきました。
「トリック・オア・トリート!」
「お菓子くれないと、いたずらするぞ!」
ピンポーン。
玄関を開けたのは、エリカちゃんでした。
普段の白いワンピース、金髪ツインテール、そしてチェーンソー。
「いたずらをするのは、こっちの方が得意なんだけど」
「ひっ……!」
子どもたちは、その瞬間、何も言わずに走り去っていきました。
「お菓子配る前に、お客さん帰ったよ」
「営業妨害ね」
「君がね」
代わりにやってきたのは、町内会の班長さんでした。
「あら、エリカちゃん、ハロウィンの仮装してる?」
「いえ、これが普段着です」
「あ、そう……」
班長さんは、頬を引きつらせながらお菓子を渡してくれました。
「町内のお菓子です。みんなで分けてください」
「ありがとうございます」
「あの……できれば、玄関の外に出てこないでもらえると、子どもたちが安心するんだけど……」
「努力します」
「努力でいいです」
夜遅く。
チェーン荘の二階の窓から、エリカちゃんと海斗君が町を見下ろしていました。
オレンジの灯りが、ぽつぽつと町を彩っています。
子どもたちの笑い声が遠くから聞こえます。
「海斗君、ハロウィン、楽しいね」
「うん。でも、エリカちゃん、来年は仮装してみたら?」
「私が仮装したら、何になるかしら」
「うーん……お姫様とかは?」
「お姫様……」
エリカちゃんは少し考えました。
「お姫様って、王子様を守る人?」
「えっ、お姫様は守られる方だよ」
「私は、海斗君を守る方がいいわ」
「じゃあ、来年は……ナイト?」
「騎士なら、剣じゃなくてチェーンソーね」
「やっぱりそこなんだ」
そのとき、リビングからマリンちゃんが、ぬるりと部屋に入ってきました。
頭にカボチャの帽子を乗せたままです。
ぷるん。
そしてエリカちゃんと海斗君の前に、何かをぽとりと落としました。
それは、子どもたちが落としていったお菓子でした。
「マリンちゃん、回収してきたの?」
ぷるん。
「ありがとう」
「マリンちゃん、優しいね」
「優しいというか、たぶん、つまみ食いしようとして溶かしかけて返しに来たんじゃないかな……」
「マリンちゃん、お菓子は溶かさないでね」
ぷるん。
(沈黙の肯定)
なお、その夜、町内では、こんな噂が流れました。
「チェーン荘の前を通ったら、お菓子が溶けて消えた」
「チェーン荘の窓から、目玉のついた何かがのぞいていた」
「チェーン荘から、けたたましいエンジン音がした」
すべて事実でした。
そして翌日、町内会には、新しい注意書きが貼られました。
**ハロウィンは、楽しく、安全に過ごしましょう。**
その下に、小さくこう書かれていました。
**※チェーン荘の仮装は本物です。近づきすぎないこと。**




