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第42話 「エリカちゃんと保健室」


運動会が終わった、次の週。

教室で、海斗君は少しだるそうな顔をしていました。

「海斗君、大丈夫?」

「ちょっと、頭がぼうっとして……」

「熱、あるんじゃない?」

山本先生が額に手を当てました。

「少し熱いですね。保健室で休みましょう」

「えっ、私も行きます」

「エリカちゃんはダメです。授業中です」

「先生、海斗君が休む場所を、私は見届ける義務があります」

「義務はありません」

「うにゅ」

海斗君はひとりで保健室に向かいました。

保健室の保健の先生は、いつも穏やかな女の人です。

「海斗君ね。じゃあ、こっちのベッドで休んでいてね」

保健の先生は、ベッドに白いシーツを敷き直しました。

「失礼します……」

海斗君がベッドに横になり、目を閉じます。

やがて、こくり、こくりと、寝息が聞こえ始めました。

そのとき。

ベッドの下から、ずるりと、何かが這い出てきました。

青白い顔。

肩までの長い黒髪。

病院の入院着を着た、女の人のような、ベッドの怪異でした。

「あら……可愛い男の子……」

怪異はうっとりと、海斗君の顔を覗き込みました。

「私のベッドに、可愛い男の子が……」

そっと手を伸ばします。

ところが、その指先がふれる寸前――

ウイイイイイイイイイン!

保健室の窓ガラスが、すぱっと縦に切れました。

「えっ」

怪異が顔を上げると、窓の向こうにエリカちゃんが立っていました。

チェーンソーを構えています。

表情は、いつにない、本気の顔でした。

「海斗君を寝かせる場所に、変なものは許さないわ」

「エリカちゃん、いつから保健室の見張り役になったの!?」

保健の先生が、ぽかんと口を開けていました。

「まだ授業中のはずですけど……」

「先生、すみません。保健室のベッドが不審な動きをしていたので、急行しました」

「あなた、どうやってここに……」

「廊下を走りました」

「廊下は走らない決まりです」

「緊急事態です」

エリカちゃんは保健室に踏み込み、ベッドの怪異と対峙しました。

怪異は、ぐにゃりと体をひねりました。

「邪魔をしないで……。久しぶりに、可愛い患者さんが来たのよ……」

「海斗君は、あなたの患者じゃないわ」

「ベッドに横たわった子は、私のものよ……」

「私のものよ」

エリカちゃんが、ぴしゃりと言い切りました。

「えっ、エリカちゃん、僕、ものなの……?」

「比喩よ」

「比喩でも嫌だなあ」

ウイイイイイイイイイン!

エリカちゃんは怪異の腕を、すぱっと斬り落としました。

ぎゃあああああ!

怪異は天井近くまで宙に浮き、ばたばたと暴れました。

「私の腕が……!」

「腕がなくても看病はできるでしょ」

「看病する気で来てないから!」

保健の先生が割って入りました。

「ちょっとちょっと、エリカちゃん、保健室で武器を……」

「先生、これは霊的医療行為です」

「初めて聞く言葉です」

「保健室の怪異は、保健室で対処すべきです」

「説得力ある気がするけど、たぶん違います」

エリカちゃんはチェーンソーを構え直し、ベッドの下に向かって突き刺しました。

ガキッ。

何かに当たる音がしました。

ベッドの下から、ぎゃああ、と再び悲鳴が上がります。

「海斗君を狙った罰よ」

ぐぐぐぐ……。

怪異の体が、ぐにゃりとほどけて、ベッドの下に吸い込まれていきました。

最後に、声だけが残りました。

『……次は、来ません……』

「来なくていいわ」

ぱたん。

ベッドの下が、しんと静まり返りました。

「片付いたわ」

「エリカちゃん……」

海斗君が、ふと目を覚ましました。

「あれ、エリカちゃん、何してるの?」

「お見舞いよ」

「窓割れてない?」

「気のせいよ」

「気のせいじゃない」

保健の先生が、ふうとため息をつきました。

「エリカちゃん、保健室は、子どもが安心して休める場所なのよ。チェーンソーを持って入ってきたら、安心できないでしょう」

「先生、私が来たから安心できる場所になりました」

「逆だと思います」

「海斗君、安心したでしょう?」

「安心、というか、目が冴えました」

「治ったのね」

「治療法が暴力的だよ……」

保健の先生は、エリカちゃんの両頬を、山本先生のようにむにっとつまみました。

「うにゅ」

「保健室は、静かにする場所です。チェーンソーは、持ち込みません。窓を斬って入りません」

「先生、注文が多いです」

「全部当たり前です」

その日の放課後。

保健室の前を通った山本先生は、新しい貼り紙を見ました。

**保健室では、静かに休みましょう。**

その下には、小さくこう書かれていました。

**※付き添いはチェーンソーを持って来ないこと。**

なお。

保健室のベッドの下に住んでいた怪異は、その夜のうちに姿を消しました。

うわさによると、隣町の総合病院に逃げたとか、逃げなかったとか。

ただし、その総合病院でもエリカちゃんの噂が広まりすぎていて、結局その怪異は山奥のお社に身を寄せたそうです。

その日から、海斗君は保健室に行きたがらない、健康な男の子になりました。


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