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第39話 「エリカちゃんと席替え」


ある朝のホームルーム。

山本先生がにっこり笑って言いました。

「今日は席替えをします」

「えー!」

「やったー!」

教室がざわつきました。

そんな中、エリカちゃんだけは、すうっと表情を消しました。

「海斗君」

「な、なに」

「席替えって、つまり……今の席が変わるってこと?」

「そうだよ」

「私と海斗君が、離れる可能性があるってこと?」

「うん、まあ」

「許されざる罪ね」

「席替えに罪を持ち出さないで」

山本先生は、教卓の上にくじ引きの箱を置きました。

赤いリボンが結ばれた、立派な木箱です。

「中に座席番号の書かれた紙が入っています。出席番号順に、一人ずつ引いてください」

「先生」

「はい、エリカちゃん」

「特例措置はないのですか」

「ありません」

「海斗君と隣の席を確定させる救済措置を希望します」

「公平にやります」

「先生、私は公平の名のもとに恋を奪われたくありません」

「教室で恋愛の話をしない」

クラスメイトたちはひそひそ言いました。

「席替えで人生かけてる……」

「そりゃ、海斗にとっては命がけだろうな」

「離れたら、海斗は……」

「離れたら離れたで、海斗の周りの席が一斉に空くと思うよ」

「全員避難するな……」

そのとき、隣のクラスから宮坂さんが顔を出しました。

「ふふん、エリカちゃん、聞いたわよ。今日は席替えなんですってね」

「宮坂さん、関係ないでしょ」

「私も今日、席替えなのよ。神様がいるなら、海斗君の隣はわたくしのもの」

「うちのクラスじゃないでしょ」

「念を送ってるの」

「邪念ね」

「ただの祈りよ!」

宮坂さんは捨て台詞を吐いて去っていきました。

「覚えてらっしゃい、エリカちゃん!」

「覚えてるわ。隣のクラスから念を送る人として」

「もっと普通に覚えて!」

くじ引きが始まりました。

出席番号一番から順に、生徒たちが箱から紙を引いていきます。

エリカちゃんは、じっと箱を見つめていました。

目つきが、いつもと少し違いました。

獲物を狙うときの目です。

「エリカちゃん、そんなに見つめないで……」

「箱の構造を分析してるの」

「やめて」

やがてエリカちゃんの番が来ました。

彼女は、すうっと立ち上がり、教卓の前に立ちました。

そして両手を箱に伸ばし――

箱を持ち上げました。

「エリカちゃん、引くだけだよ。持ち上げないんだよ」

「重さで傾向を見るのよ」

「占い師みたいなこと言ってる」

エリカちゃんは箱を傾け、軽く振りました。

中の紙がからからと音を立てます。

「先生、この箱、開けてもいいですか?」

「だめです」

「中身を見てもいいですか?」

「だめです」

「では、リボンの結び目を、ほんの少しだけ……」

「だめです」

「先生、聞き分けが悪いです」

「あなたですよ」

そのとき、エリカちゃんはふと気がつきました。

箱の側面には、わずかな隙間がありました。

ほんの少し、紙の角がのぞいています。

そこには、几帳面な字でこう書かれていました。

『海斗君のとなり』

エリカちゃんの目が、ぱあっと輝きました。

「あったわ」

「エリカちゃん、見ない見ない」

「これを、私の手に呼ぶには――」

「呼ばないで」

ウイイイイイイイイイン!

教室にけたたましいエンジン音が響きました。

山本先生の手が、すごい速度で動きました。

ぱしっ。

エリカちゃんのチェーンソーが、ぴたりと止まりました。

「エリカちゃん」

「先生、これは儀式です」

「箱を斬る儀式はありません」

「席替えの神様への奉納です」

「いません」

「先生、夢を壊さないでください」

「席替え用の箱は学校の備品です」

山本先生はエリカちゃんから箱を取り上げ、ふたを開けて中身を出すことにしました。

「もう、ふつうに引きましょう」

「えっ、ふたを開けていいのですか」

「もう開けます」

山本先生は紙を数枚、机に並べました。

そして、ある一枚を手に取って、しばらく無言になりました。

そこには、几帳面な字で『海斗君のとなり』と書いてありました。

紙の余白には小さく、しかしはっきりと、こう書いてありました。

宮坂

「あの子、念だけじゃなくて事前工作までしてたんだ……」

海斗君が遠い目をしました。

山本先生は、その怪しい紙を破棄し、新しい番号だけが書かれた紙を作り直して箱に入れました。

そして全員が再度くじを引きました。

エリカちゃんは祈るように紙を開きました。

そして大声で叫びました。

「海斗君のとなりよ!」

「本当に!?」

「先生、本物よ!」

山本先生は、しばらく彼女を見つめてから、ふっと笑いました。

「奇跡はあるみたいですね」

クラスメイトたちは、別のことをひそひそ言いました。

「先生がそろえたんだよ」

「気付いてないのエリカちゃんだけ」

「離したら校舎が割れるからね」

新しい席は、窓際の前から二番目。

エリカちゃんは大満足でした。

海斗君は少しだけ赤くなっていました。

そして宮坂さんは、廊下の窓ガラス越しにこちらを見て、ぷるぷる震えていました。

「許せないわ……」

「もう諦めて」

教室の隅では、山本先生がそっと胃のあたりに手をやっていました。

「平和のための奇跡は、起こすしかありませんね……」

なお翌日から、教室のくじ引き箱には新しい注意書きが貼られました。

**くじ引きの箱は、開ける前にチェーンソーをしまいましょう。**

その下に、小さくこう書かれていました。

**※事前にくじを偽装することも禁止。**


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