第38話 「エリカちゃんと給食当番」
ある日の四時間目。
山本先生が言いました。
「今日の給食当番は、エリカちゃんと海斗君です」
「やったわ海斗君、お当番一緒ね」
「エリカちゃん、給食当番でチェーンソーは持っていかないでね」
「失礼ね。配膳に必要なものしか持ち込まないわよ」
「だから、チェーンソーは要らないんだよ」
二人は白衣に着替え、給食室へ向かいました。
エプロン姿のエリカちゃんは、いつも以上にちゃっかり可愛らしく見えました。
そして例によって、白衣の下から、チェーンソーの取っ手がちらりとはみ出しています。
「エリカちゃん」
「衛生管理よ」
「衛生のために凶器を持ち込まないで」
給食室に着くと、給食のおばちゃんたちが青い顔をしていました。
「あら……今日はあなたたちなのね……」
「おばちゃん、どうしたの?」
「実は、今日のカレー、足りなくなりそうなのよ……」
「足りないって?」
「どういうわけか、寸胴鍋の中身が、勝手に減るのよ……」
おばちゃんが指さした先には、教室の冷蔵庫より大きいくらいの、巨大な寸胴鍋がありました。
ぐつぐつと音を立てながら、表面にうっすら、何かの顔の形が浮かんでいます。
「海斗君、出たわね」
「給食室にも怪異いるんだ……」
おばちゃんが小声で言いました。
「給食の亡霊、なのよ。残飯の恨みが固まったやつ……」
「許せないわ。海斗君のカレーを減らした罪は重いわ」
「まだ減らされてないよ」
「予防よ」
「予防の規模が大きいよ」
エリカちゃんは寸胴鍋の前に立ちました。
鍋の表面の顔が、にゅっと盛り上がります。
『カレー……ヨコセ……』
「お代わりは皆の分が出てからよ」
『……マダタリナイ』
「行儀の悪い亡霊ね」
エリカちゃんは白衣の下からチェーンソーを取り出しました。
「ちょ、エリカちゃん、ここ食品工場だよ!」
「衛生管理よ」
「だから違うって!」
ウイイイイイイイイイン!
給食室にけたたましいエンジン音が響きました。
給食のおばちゃん全員が、いっせいに後ろに下がりました。
給食の亡霊は鍋の中で震え上がります。
『ヤメロ……』
「カレー泥棒に容赦はないわ」
エリカちゃんはチェーンソーの刃先を、亡霊の顔の中央に突き立てました。
ぎゃあああああ!
ジューッ。
亡霊の顔は、しゅるしゅるとカレーの中に吸い込まれていきました。
そして鍋の表面は、何事もなかったかのように、つやつやとしたカレーに戻りました。
「片付いたわ」
「いいの? なんかこう、衛生的にいろいろ……」
「煮込めば大丈夫よ」
「根拠が雑だよ」
ところが、いよいよ配膳の段になって、おばちゃんが青ざめました。
「エリカちゃん、どうしましょう……やっぱりカレー、量が足りないわ」
「足りない?」
「クラス全員に出すには、お玉三杯分くらい不足してるの」
エリカちゃんはじっと寸胴鍋を見ました。
そして、にっこり笑いました。
「鍋を大きくすればいいのね」
「えっ」
エリカちゃんはチェーンソーを構え直しました。
ウイイイイイイイイイン!
「ちょ、エリカちゃん何するの!?」
「鍋の側面を切って、底を増やすのよ」
「物理が破綻してる!」
エリカちゃんは寸胴鍋の側面に縦に切り込みを入れ、見たこともない器用さでステンレス板を継ぎ足しました。
どこからともなくパーツを取り出し、はめ込み、溶接の代わりに高出力チェーンソーの摩擦熱で接合します。
「給食室の備品を、勝手に拡張しない!」
おばちゃんが半泣きで叫びました。
「大丈夫よ、底を二段にしたから容量二倍」
「鍋の話じゃないのよ……」
寸胴鍋は、なぜか縦にも横にも一回り大きくなっていました。
天井に届きそうな勢いです。
そしてその中には、しっかり倍量のカレーが、ぐつぐつと煮立っていました。
「物理を超えてるよ……」
「カレーの素は私のお小遣いから足したわ」
「そこは普通なんだ」
そのとき。
給食室の扉が、ばあんと開きました。
山本先生が立っていました。
給食室の天井を突き破りそうな寸胴鍋を、しばらく無言で見上げます。
そして、すうっと息を吸って言いました。
「エリカちゃん」
「はい」
「給食室を改造しない」
「拡張しただけです」
「拡張も改造です」
「カレーが増えました」
「鍋を縦に伸ばしたら、業者を呼んでも元に戻せません」
「便利になりました」
「便利では済みません」
山本先生はエリカちゃんの両頬をむにっとつまみました。
「うにゅ」
「給食室を勝手にいじらない。寸胴鍋を改造しない。配膳中にチェーンソーを使わない」
「先生、注文が多いです」
「全部当たり前です」
なお、その日のカレーは、量こそ充分にあったものの。
味は妙に濃く、やたらと深みがあり、なぜか少しだけ怨念じみた苦みがありました。
クラスの男子たちは、口々にこう言いました。
「いつもよりおいしい」
「コクが違う」
「給食のおばちゃんすごい」
おばちゃんは何も答えませんでした。
ただ給食室の片隅で、新しい給食の亡霊が再生しないように、お塩を撒き続けていたそうです。
なお翌日から、給食室の扉には新しい注意書きが貼られました。
**給食室の備品は大切に使いましょう。**
その下に、小さくこう書き足されていました。
**※寸胴鍋の改造、拡張、二段化はすべて禁止。**




