第37話 「エリカちゃんと図画工作」
二学期が始まって、数日後。
今日の三時間目は図画工作でした。
山本先生は、にこやかに言いました。
「今日はみなさんに、紙粘土で自由に作品を作ってもらいます」
「やったー!」
「何作ろうかな」
「動物!」
「お城!」
教室が楽しそうにざわめく中、エリカちゃんは真剣な顔で紙粘土を見つめていました。
「海斗君」
「なに、エリカちゃん?」
「この白い塊、斬り心地がなさそうね」
「図工は斬り心地を楽しむ授業じゃないよ」
「じゃあ何を作ればいいの?」
「好きなものを作ればいいんだよ」
「好きなもの……」
エリカちゃんは、じっと海斗君を見ました。
「海斗君を作るわ」
「えっ、僕?」
「ええ。等身大で」
「紙粘土が足りないよ!」
山本先生がすぐにやってきました。
「エリカちゃん、等身大はやめましょう。机の上に置ける大きさでお願いします」
「じゃあ、海斗君ミニチュアにします」
「それならいいです」
エリカちゃんは紙粘土をこね始めました。
こねこね。
こねこね。
意外にも手つきは器用でした。
「エリカちゃん、上手だね」
「チェーンソーの整備で細かい作業には慣れているもの」
「理由は怖いけど、すごいね」
しばらくすると、小さな海斗君人形ができあがりました。
髪型も、制服も、困ったような表情も、よく似ています。
「わあ、本当に僕っぽい」
「当然よ。毎日見てるもの」
「そ、そうなんだ……」
海斗君は少し赤くなりました。
しかし、エリカちゃんの作品はそこで終わりませんでした。
エリカちゃんは、海斗君人形の周りに、紙粘土で壁を作り始めました。
「エリカちゃん、これは?」
「海斗君を守る城壁よ」
「城?」
「外敵が近づかないように、有刺鉄線と落とし穴も作るわ」
「紙粘土で?」
「あと、門番としてチェーンソー像を置きます」
「僕のミニチュア、要塞に閉じ込められてるよ!」
完成した作品は、こうでした。
中央に小さな海斗君。
周囲には高い壁。
入口にはチェーンソーを構えたエリカちゃん像。
壁の外には、なぜか「宮坂さん進入禁止」と書かれた看板。
「エリカちゃん!」
「何?」
「宮坂さんの名前を書いちゃだめだよ」
「じゃあ、恋敵進入禁止にするわ」
「もっとだめな気がする!」
そのころ、隣の席では宮坂さんが紙粘土でかわいい猫を作っていました。
しかし看板を見つけると、ぷるぷる震えました。
「覚えてらっしゃい、エリカちゃん……!」
「覚えてるわ」
「そういう意味じゃない!」
宮坂さんは怒って立ち上がろうとしましたが、山本先生の視線を受けて静かに座り直しました。
図工の時間は平和に進みました。
少なくとも、ここまでは。
「先生、次は木材を使っていいですか?」
「今日は紙粘土だけです」
「でも、城壁を強化したいです」
「紙粘土だけです」
「じゃあ紙粘土を焼けば硬くなりますか?」
「教室で焼きません」
「残念です」
山本先生は深く息を吐きました。
「エリカちゃん、図工は楽しく作る時間です。兵器開発ではありません」
「海斗君防衛計画です」
「計画しないでください」
そのとき、教室のすみに置かれていた古い木箱が、ごとりと動きました。
生徒たちが振り返ります。
「今、動いた?」
「図工室の古い道具箱だよね?」
木箱のふたが、ぎぎぎ、と開きました。
中から、錆びたノコギリや金槌、釘抜きが勝手に浮かび上がります。
山本先生が眉をひそめました。
「またですか……」
図工室の怪異。
古い工具たちの怨念が、子どもたちの作品に嫉妬して暴れ出したのです。
錆びたノコギリが、エリカちゃんの紙粘土要塞へ飛んできました。
「私の海斗君要塞に何をするのよ」
エリカちゃんの目が光りました。
「エリカちゃん、チェーンソーは――」
「今日は持ってきていません」
山本先生は少し安心しました。
しかし、エリカちゃんは机の下から小型チェーンソー型の彫刻刀を取り出しました。
「これは図工道具です」
「違います!」
ウイイイイイイイイイイン!
教室に、けたたましいエンジン音が響きました。
「図工道具が鳴る音じゃないよ!」
海斗君が叫びました。
錆びたノコギリが飛びかかります。
エリカちゃんはそれを器用に弾き飛ばしました。
「古い工具ごときが、私の作品に手を出すなんて百年早いわ」
「エリカちゃん、工具に説教してる……」
金槌が飛び、釘抜きが襲い、彫刻刀が宙を舞います。
エリカちゃんはすべてを小型チェーンソーで打ち払いました。
最後に、古い道具箱そのものが口のように開きました。
『ワシらも……作品を作りたかった……』
「だったら壊すんじゃなくて作りなさい」
エリカちゃんは、紙粘土をひとつ道具箱の前に置きました。
『……よいのか?』
「ただし、海斗君には近づかないこと」
『わ、わかった……』
古い工具たちは、しゅんとしながら紙粘土をこね始めました。
しばらくすると、道具箱の中から小さな木箱型の紙粘土作品が出てきました。
「自分を作ったのね」
「ちょっとかわいいね」
海斗君が言うと、道具箱は照れたようにふたをぱたぱた動かしました。
山本先生は額を押さえながら言いました。
「……怪異の更生まで図工でやるとは思いませんでした」
授業の終わり。
みんなの作品が教室の後ろに並べられました。
かわいい猫。
お城。
恐竜。
花。
そして、エリカちゃん作。
海斗君防衛要塞・恋敵侵入禁止型
山本先生は作品カードを見て、静かに言いました。
「エリカちゃん、題名を変えましょう」
「では、海斗君愛の城」
「もっと変えましょう」
「海斗君安全祈願」
「それでいきましょう」
こうして、エリカちゃんの作品名は、無難に変更されました。
しかし、作品の中の小さなエリカちゃん像だけは、しっかりチェーンソーを構えたままでした。
放課後、海斗君はその作品を眺めながら言いました。
「エリカちゃん、僕を作ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
「でも、次は要塞じゃなくて、普通に二人で並んでる作品がいいな」
エリカちゃんは少し考えました。
「じゃあ次は、海斗君と私が手をつないで、その周りをチェーンソーの森が守っている作品にするわ」
「森はいらないかな……」
エリカちゃんはにこっと笑いました。
「じゃあ、考えておくわ」
こうして、図画工作の授業は無事に終わりました。
なお翌日、図工室には新しい注意書きが貼られました。
道具は正しく使いましょう。
その下に、小さくこう書かれていました。
※チェーンソー型彫刻刀は禁止。




