第36話 「エリカちゃんと二学期の始業式」
長かった夏休みが終わりました。
楽しい夏祭り。
水族館。
潮干狩り。
そして、なぜか増えたチェーン荘の怪異たち。
それらすべてを抱えたまま、二学期の朝がやってきました。
「エリカちゃん、起きて。今日から二学期だよ」
「むにゃ……二学期……?」
チェーン荘の布団の中で、エリカちゃんは丸くなっていました。
「学校なんて、まだ夏休みでいいわ……」
「だめだよ。始業式があるんだから」
「始業式って、何を始めるの?」
「二学期だよ」
「チェーンソー始めでもいい?」
「よくないよ」
海斗君に起こされたエリカちゃんは、しぶしぶランドセルを背負いました。
もちろん、ランドセルの横には小型チェーンソーが差してあります。
「エリカちゃん、それ持っていくの?」
「新学期の護身用よ」
「一学期もそれで怒られたよね?」
「二学期だからリセットよ」
「されないよ」
学校に着くと、久しぶりにクラスメイトたちが集まっていました。
「夏休みどこ行った?」
「おばあちゃんち!」
「プール!」
「海!」
その中で、エリカちゃんは堂々と言いました。
「私は水族館でタコの怪異を斬りかけて、潮干狩りで巨大アサリを尋問したわ」
教室が静まりました。
「……相変わらずだ」
「夏休みでもエリカちゃんだった」
「むしろ怪異の方が夏休みなかったんだな」
そこへ山本先生が入ってきました。
「みなさん、おはようございます。二学期も元気そうですね」
「おはようございまーす」
山本先生は出席簿を開き、エリカちゃんを見るなり少しだけ目を細めました。
「エリカちゃん」
「はい」
「ランドセルの横のそれは何ですか?」
「新学期の安全祈願です」
「チェーンソーですね」
「はい」
「没収です」
「うにゅ……」
始業式の前から、エリカちゃんのチェーンソーは山本先生に没収されました。
海斗君は少し安心しました。
「よかったね、エリカちゃん。今日は安全に始業式を受けられるよ」
「海斗君、チェーンソーのない始業式なんて、わさびのないたこわさよ」
「普通の始業式はわさび入ってないよ」
体育館に全校児童が集まりました。
校長先生が壇上に立ちます。
なお、この校長先生は何代目かは誰も数えていません。
「えー、みなさん。長い夏休みが終わり――」
校長先生の話は長かった。
とても長かった。
夏休みより長く感じるほど長かった。
エリカちゃんは開始三分で眠そうになりました。
「海斗君……校長先生の話、斬って短くできないかしら」
「話は斬れないよ」
「じゃあ壇上を斬れば終わる?」
「もっとだめだよ」
山本先生が後ろからじっと見ていました。
エリカちゃんは姿勢を正しました。
しかし眠気には勝てません。
こくり、こくり。
やがてエリカちゃんは、立ったまま眠り始めました。
「エリカちゃん、立ち寝してる……」
「器用だな……」
「でも怖いな……」
そのとき、体育館のスピーカーから妙な音がしました。
ざざっ。
ざざざっ。
そして、知らない声が流れました。
『二学期を始めたくなければ……この体育館から出るな……』
全校児童が固まりました。
「えっ」
「なに今の?」
「怪異?」
体育館の照明がちかちかと点滅し、壇上の幕が勝手に揺れ始めました。
山本先生が眉をひそめます。
「またですか……」
海斗君はエリカちゃんを揺すりました。
「エリカちゃん、起きて! 怪異だよ!」
「むにゃ……二学期の怪異……?」
エリカちゃんは目を開けました。
壇上の上に、黒板消しのような形をした大きな影が現れました。
『我は始業式の怪。長い校長の話に飽きた子どもたちの怨念から生まれしもの……』
「気持ちは少しわかるわ」
「わかっちゃだめだよ!」
始業式の怪は、体育館の扉を黒い影で塞ぎました。
『このまま永遠に始業式を続けてやる……』
子どもたちが悲鳴を上げます。
「永遠に校長先生の話!?」
「それは怖い!」
「夏休みの宿題より怖い!」
エリカちゃんは、すっと立ち上がりました。
「海斗君」
「なに?」
「チェーンソー」
「山本先生が持ってるよ」
エリカちゃんは山本先生を見ました。
山本先生もエリカちゃんを見ました。
数秒の沈黙。
そして山本先生は、深くため息をつきました。
「今回だけです」
「先生、話がわかるわ」
「終わったら即返却です」
「はい」
エリカちゃんはチェーンソーを受け取りました。
ウイイイイイイイイイイン!
体育館に、けたたましいエンジン音が響きます。
始業式の怪は震えました。
『な、何だその音は……!』
「二学期の始まりを告げる音よ」
「違うよエリカちゃん!」
エリカちゃんは壇上へ駆け上がりました。
始業式の怪が黒い影を伸ばします。
『くるな! まだ校長の話は三十分残っている!』
「長いわ」
エリカちゃんの一閃。
黒い影が、すぱっと斬れました。
『ぎゃあああ! 式次第が短縮されるううう!』
「いいことじゃない?」
海斗君が思わずつぶやきました。
エリカちゃんはさらに踏み込み、始業式の怪の本体――黒板消しのような影を真っ二つにしました。
すると体育館の照明が戻り、扉を塞いでいた影も消えました。
始業式の怪は、最後にこう言いました。
『二学期……始まるの……いやだ……』
「私も少し嫌よ」
エリカちゃんは少しだけ同情しました。
そして、怪異は消えました。
体育館には静寂が戻りました。
校長先生はしばらく固まっていましたが、やがて咳払いをしました。
「えー……では、話の続きですが――」
全校児童が絶望しました。
その瞬間、山本先生がにっこり笑いました。
「校長先生。もう十分伝わったと思います」
「そ、そうですか?」
「はい」
山本先生の笑顔に逆らえる者はいません。
校長先生の話は、そこで終わりました。
全校児童から、小さな拍手が起きました。
「山本先生すごい……」
「エリカちゃんより強いかも……」
「最強は先生だ……」
始業式のあと、教室に戻ると宿題提出の時間になりました。
「では、夏休みの宿題を出してください」
山本先生が言いました。
エリカちゃんは自信満々に宿題を積み上げました。
観察日記。
読書感想文の書き直し。
ラジオ体操カード。
自由研究。
山本先生は観察日記を見て、少しだけ固まりました。
「エリカちゃん」
「はい」
「ひまわりがカラスを飲み込んだ、とは?」
「観察です」
「エリポンが縄張り争いをした、とは?」
「観察です」
「巨大アサリを尋問した、とは?」
「夏休みの思い出です」
山本先生は頭を押さえました。
「……二学期も大変そうですね」
「先生、よろしくお願いします」
「こちらこそ、ほどほどにお願いします」
海斗君は横で苦笑しました。
「エリカちゃん、二学期もいろいろありそうだね」
「ええ。でも海斗君がいるなら楽しいわ」
「うん」
エリカちゃんはにこっと笑いました。
「じゃあ二学期も、海斗君を守るためにいっぱい斬るわね」
「できれば斬らない方向で守ってね」
こうして、エリカちゃんの二学期が始まりました。
なお、その日から体育館には新しい注意書きが貼られました。
始業式中は静かに話を聞きましょう。
その下に、小さくこう書かれていました。
※怪異が出た場合のみ、山本先生の許可を得て対応すること。




