第32話 「エリカちゃんと夏祭り」
夏休みの夕方。
町内会の夏祭りの日がやってきました。
「エリカちゃん、今日は夏祭りだよ」
「夏祭り……つまり、夜店と花火と人混みね」
「うん。普通に楽しもうね」
「普通に?」
エリカちゃんは首をかしげました。
「チェーンソーは?」
「持っていかないでね」
「護身用なのに」
「お祭りで護身用チェーンソーは目立つよ」
海斗君にそう言われたエリカちゃんは、しぶしぶチェーンソーを置いていくことにしました。
ただし、浴衣の帯の中に小型チェーンソーを隠していました。
「エリカちゃん、それ見えてるよ」
「乙女のたしなみよ」
「たしなまないで」
夏祭りの会場は、提灯の明かりでにぎわっていました。
焼きそば、たこ焼き、かき氷、金魚すくい。
エリカちゃんは目を輝かせました。
「海斗君、たこ焼き食べたい」
「いいよ」
「あと焼き鳥とイカ焼きと、塩辛はないの?」
「祭りの屋台に塩辛はあんまりないと思うよ」
「残念ね」
最初に二人は金魚すくいに向かいました。
「エリカちゃん、やってみる?」
「任せて」
エリカちゃんはポイを受け取り、水槽をじっと見つめました。
金魚たちは本能で危険を察したのか、一斉に逃げました。
「海斗君、逃げるわ」
「金魚だから逃げるよ」
「なら水ごとすくえばいいのね」
「だめだよ!」
エリカちゃんは真剣な顔でポイを構えました。
そして一瞬で金魚を三匹すくいました。
「すごい!」
「チェーンソーの間合いに比べれば簡単よ」
「金魚すくいでその感覚使うんだ……」
次は射的でした。
景品の棚には、お菓子やおもちゃが並んでいます。
その中に、小さなチェーンソー型のキーホルダーがありました。
「あれ欲しいわ」
「エリカちゃんらしいね」
エリカちゃんはコルク銃を構えました。
ぱん。
外れました。
「……」
「惜しいよ、エリカちゃん」
「この銃、威力が足りないわ」
「お祭りの射的だからね」
エリカちゃんは浴衣の帯に手をかけました。
「なら、私の――」
「出さない!」
海斗君が慌てて止めました。
屋台のおじさんも青ざめています。
「お、お嬢ちゃん、サービスでそれあげるから! だから何も出さないで!」
「話のわかるおじさんね」
「脅してないよね!?」
こうしてエリカちゃんは、チェーンソー型キーホルダーを手に入れました。
その後、二人はかき氷を食べました。
海斗君はいちご味。
エリカちゃんは、なぜかわさび味を注文しようとしました。
「ありません」
屋台のおばさんに即答されました。
「じゃあ、いちごにするわ」
「普通でよかった」
「でも、たこわさを乗せたらおいしそうね」
「絶対やめようね」
やがて、盆踊りの時間になりました。
太鼓の音が響き、町内の人たちが輪になって踊り始めます。
「エリカちゃん、踊ろう」
「いいわよ」
二人は輪に入りました。
海斗君は普通に踊りました。
エリカちゃんも最初は普通でした。
しかし、途中から腕の動きが妙に鋭くなってきました。
「エリカちゃん、それ盆踊り?」
「チェーン葬流盆踊りよ」
「そんな流派あったの!?」
エリカちゃんの動きに合わせて、周囲の人々が少しずつ距離を取り始めました。
「なんか斬られそうな踊りだな……」
「でも不思議とキレがある」
「町内会の出し物に使えるかも」
太鼓の音に合わせて、エリカちゃんはくるりと回りました。
そのとき、帯に隠していた小型チェーンソーがぽろりと落ちました。
全員が固まりました。
「エリカちゃん」
「落とし物よ」
「最初から持ってきてたんだね」
「小型だから大丈夫かと」
「大丈夫じゃないよ」
山本先生が、いつの間にか背後に立っていました。
「エリカちゃん」
「先生、どうしてここに」
「町内会の見回りです」
「先生も夏祭り楽しめばいいのに」
「あなたを見つけた時点で仕事になりました」
山本先生は小型チェーンソーを没収しました。
「うにゅ……」
「お祭りに危険物を持ってこない」
「お祭りには刃物の屋台もあるのに」
「包丁研ぎとチェーンソーは違います」
そのとき、祭り会場の奥で悲鳴が上がりました。
「きゃあああ!」
見ると、お面屋の裏から黒い影がぬうっと現れました。
それは、狐のお面をかぶった大きな影でした。
「祭りの怪異だ……」
「夜店の売上を食う妖怪だ……」
「毎年出るんだよ……」
町内会の人々がざわめきます。
狐面の怪異は屋台の売上箱を抱え、逃げようとしていました。
「泥棒ね」
エリカちゃんの目が光りました。
「エリカちゃん、チェーンソーは先生が持ってるよ」
「問題ないわ」
エリカちゃんは金魚すくいのポイを構えました。
「それで戦うの!?」
狐面の怪異が飛びかかってきます。
エリカちゃんはひらりとかわし、ポイで怪異のお面をすくいました。
ぽいっ。
狐面が外れます。
中から出てきたのは、狸でした。
「ぽん!?」
「エリポン!?」
それは、以前チェーン荘に住み着いた小さな狸のエリポンでした。
エリポンは売上箱を抱えたまま、気まずそうに尻尾を揺らしました。
「ぽ、ぽん……」
「エリポン、泥棒はだめよ」
「ぽん……」
「お祭りで稼ぎたいなら、屋台をやりなさい」
「そっち!?」
海斗君が突っ込みました。
エリカちゃんは少し考えてから言いました。
「エリポン、チェーンソー綿あめ屋さんをやるのよ」
「絶対危ないよ!」
しかし、エリポンはなぜかやる気になりました。
町内会の人が予備の屋台を貸してくれ、エリポンは小さな手で綿あめを作り始めました。
ただし、回転する機械の横で小型チェーンソーを構えていたため、子どもたちは泣きながら並びました。
「ぽん!」
「チェーンソー型綿あめ、意外と人気ね」
「怖いもの見たさだと思うよ」
祭りの終わり。
花火が夜空に上がりました。
今度はチェーン荘の改造花火ではなく、町内会の普通の花火です。
赤い光が咲き、青い光が散り、金色の火が夜に降りました。
「綺麗だね、エリカちゃん」
「ええ」
エリカちゃんは少しだけ素直にうなずきました。
「普通の花火も悪くないわね」
「そうでしょ」
「でも、チェーンソー型がないのは寂しいわ」
「そこはなくていいよ」
エリカちゃんは海斗君の袖をそっとつかみました。
「海斗君」
「なに?」
「来年も一緒に来ようね」
「うん」
海斗君がうなずくと、エリカちゃんは嬉しそうに笑いました。
その横で、山本先生は没収した小型チェーンソーを抱えながら、深くため息をつきました。
「来年は、入口で持ち物検査ですね……」
こうして、エリカちゃんの夏祭りは無事に終わりました。
なお翌年から、夏祭りの注意書きには一文が追加されました。
危険物の持ち込みは禁止です。
その下に、小さくこう書かれていました。
※浴衣の帯に小型チェーンソーを隠すのも禁止。




