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第31話 「エリカちゃんとラジオ体操」


夏休みの朝。

それは小学生にとって、眠い、暑い、まだ寝ていたい、の三拍子がそろった時間である。

しかし、その日は登校日だった。

しかも、朝から校庭でラジオ体操をする日だった。

「エリカちゃん、起きて」

「むにゃ……海斗君……あと五分……」

「五分寝たら遅刻するよ」

「じゃあ、学校を五分遅らせるわ……」

「学校は遅らせられないよ」

海斗君がチェーン荘に迎えに来ると、エリカちゃんは布団の中で丸くなっていました。

枕元には、なぜかチェーンソーが添い寝していました。

「エリカちゃん、今日はラジオ体操だよ」

「ラジオ……体操……?」

エリカちゃんは、ぼんやり目を開けました。

「ラジオを体操させるの?」

「違うよ。ラジオに合わせて僕たちが体操するんだよ」

「面倒ね。ラジオにやらせればいいのに」

「それはただの音楽だよ」

なんとか海斗君に起こされたエリカちゃんは、寝ぼけたまま学校へ向かいました。

校庭には、生徒たちが集まっていました。

山本先生が出席カードを持って立っています。

「おはようございます。みなさん、ちゃんと並んでください」

「おはようございます……」

エリカちゃんは半分寝たまま、海斗君の隣に並びました。

「海斗君、暑いわ」

「夏だからね」

「太陽を斬ったら涼しくなるかしら」

「世界が終わるからやめようね」

やがて、校庭のスピーカーから音楽が流れ始めました。

ちゃーん、ちゃちゃちゃちゃちゃーん。

「ラジオ体操第一です」

子どもたちが一斉に腕を上げました。

エリカちゃんも腕を上げました。

ただし、片手にはチェーンソーが握られていました。

「エリカちゃん」

山本先生の声が即座に飛びました。

「はい」

「チェーンソーを持って体操しない」

「重り代わりです」

「違います。危険物です」

「でも筋トレになります」

「学校でやらない」

エリカちゃんはしぶしぶチェーンソーを足元に置きました。

しかし、足元に置かれたチェーンソーを見て、隣の生徒たちはじりじりと距離を取りました。

「みんな、間隔が広すぎますよ」

「先生、命の間隔です」

「命の間隔って何ですか」

体操は続きました。

「腕を前から上にあげて、大きく背伸びの運動ー」

エリカちゃんは、ぐーっと背伸びをしました。

「海斗君、これ意味あるの?」

「健康にいいんだよ」

「チェーンソーを振った方が運動になるわ」

「健康の方向性が違うよ」

「腕を振って、脚を曲げ伸ばす運動ー」

エリカちゃんは腕を振りました。

その動きが妙に鋭く、近くの男子の帽子が風圧で飛びました。

「うわっ!」

「エリカちゃん、普通に動きなさい!」

「普通です」

「普通の腕振りで帽子は飛びません」

次は、体を横に曲げる運動です。

エリカちゃんは横に曲げながら、隣の海斗君を見ました。

「海斗君、眠そうね」

「エリカちゃんもさっきまで寝てたよ」

「終わったらイチゴミルク飲みたい」

「持ってきてるよ」

「さすが未来の旦那様ね」

「校庭で言わないで!」

周囲の生徒たちがざわつきました。

「朝から夫婦漫才してる……」

「ラジオ体操で告白してる……」

「海斗君、強く生きろ……」

やがて、体を回す運動になりました。

「体を大きく回しましょう」

エリカちゃんは、ふと考えました。

「大きく回す……」

そして足元のチェーンソーを見ました。

海斗君は嫌な予感がしました。

「エリカちゃん?」

「これ、チェーンソーの刃の回転と同じね」

「同じじゃないよ」

「つまりラジオ体操とは、チェーンソーの精神を体で表す儀式だったのね」

「絶対違うよ!」

エリカちゃんは感動したようにうなずきました。

「なら本気でやるわ」

「本気でやらないで!」

エリカちゃんは体をぐるんと回しました。

その勢いで砂ぼこりが巻き上がりました。

「きゃー!」

「砂が!」

「前が見えない!」

校庭に小さな砂嵐が発生しました。

山本先生がホイッスルを吹きます。

「エリカちゃん! 竜巻を起こさない!」

「体操しただけです!」

「体操で気象現象を起こさないでください!」

ようやくラジオ体操第一が終わりました。

生徒たちは朝から疲れ切っていました。

しかし、放送は無情でした。

「続いて、ラジオ体操第二です」

「えっ、第二もあるの!?」

エリカちゃんが目を見開きました。

「あるよ」

「一つでいいじゃない」

「僕もそう思う」

ラジオ体操第二が始まると、エリカちゃんはさらに眠くなってきました。

動きながら、うとうとしています。

「エリカちゃん、寝ながら体操しないで」

「寝てないわ……夢の中で体操してるだけ……」

「それ寝てるよ」

そのとき、エリカちゃんは寝ぼけたまま足元のチェーンソーを拾い上げました。

ウイイイイイイイイイイン!

けたたましいエンジン音が校庭に響きました。

全校児童が一斉に固まりました。

スピーカーからは、のんきに体操の音楽が流れ続けています。

「エリカちゃん!」

山本先生が飛んできました。

エリカちゃんは寝ぼけた顔で言いました。

「ラジオ体操第三……チェーンソーの運動……」

「ありません!」

山本先生は、すばやくチェーンソーのスイッチを切りました。

そしてエリカちゃんの両頬をむにっとつまみました。

「うにゅ」

「起きなさい」

「先生……」

「チェーンソーを持って体操しない。寝ながら体操しない。ラジオ体操に勝手に第三を作らない」

「注文が多いです」

「全部当たり前です」

海斗君は、そっとイチゴミルクを差し出しました。

「エリカちゃん、これ飲んで目を覚まして」

「海斗君……好き」

「飲んでから言って!」

エリカちゃんはイチゴミルクを飲んで、ようやく少しだけ目が覚めました。

ラジオ体操が終わると、山本先生は出席カードにハンコを押していきました。

「はい、よく来ましたね」

「ありがとうございます」

エリカちゃんのカードにも、山本先生はハンコを押しました。

ただし、少し考えてから、赤ペンで一言書き足しました。

チェーンソー禁止。

「先生、これ毎日書くんですか?」

「必要なら毎日書きます」

「じゃあ私も書きます」

エリカちゃんは自分のカードの余白に、鉛筆でこう書きました。

海斗君と一緒なら参加します。

海斗君は赤くなりました。

「エリカちゃん……」

山本先生はそれを見て、少しだけため息をつきました。

「仲がいいのは結構です。でも、明日はチェーンソーを持ってこないこと」

「努力します」

「努力ではなく約束です」

「海斗君が持ってこないでって言ったら考えます」

「エリカちゃん、持ってこないでね」

「わかったわ」

山本先生は小さくうなずきました。

「海斗君、あなたが一番効きますね」

「僕、ラジオ体操より疲れました……」

こうして、夏休みの登校日のラジオ体操は無事に終わりました。

なお翌日から、校庭には新しい注意書きが貼られました。

ラジオ体操は手ぶらで行いましょう。

その下に、小さくこう書かれていました。

※チェーンソーを使った第三体操は禁止。


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