第30話 「エリカちゃんの読書感想文」
夏休み。
エリカちゃんは、山積みの宿題を前にして、愛用のチェーンソーを磨いていました。
「ねえ海斗君」
「なに、エリカちゃん?」
「読書感想文って、何を読めばいいの?」
「先生が配ったおすすめ図書の中から選べばいいんじゃないかな」
「どれも退屈なのよ。もっとこう、友情と愛情と裏切りが混ざって、最後に全部バラバラになるような熱い本はないの?」
「図書室にはないと思うよ」
そこへ、秀明おじさんがひょっこり顔を出しました。
「本なら、前の住人が置いていったやつがあるぞ」
「本当?」
「ああ。えーっと……タイトルは……『生徒会長と俺の放課後秘密ノート』だな」
「あら、知的なタイトルね」
「エリカちゃん、それ本当に読書感想文に使っていい本なのかな……?」
海斗君の不安をよそに、エリカちゃんはその本を受け取りました。
中身は、男の子同士の友情とすれ違いと、なぜかやたら顔が近い場面ばかりの本でした。
エリカちゃんは真剣な顔でページをめくります。
「なるほど……」
「エリカちゃん、どう?」
「この本、決定的に足りないわ」
「何が?」
「チェーンソーよ」
「普通の本には足りないよ!」
エリカちゃんは原稿用紙を広げ、鉛筆を握りました。
そして、すさまじい勢いで読書感想文を書き始めました。
読書感想文
『真実の愛はチェーンソーの音とともに』
この本を読んで、私は愛について考えました。
登場人物たちは、何度も「お前のことが気になる」と言っていました。
でも、気になるならもっと早く言えばいいと思いました。
私なら、海斗君が気になるどころではありません。
海斗君は私のものです。
誰にも渡しません。
この本の生徒会長は、相手を独り占めしたいようでした。
その気持ちは少しわかります。
でも、独り占めしたいなら、まず周りの邪魔者をどうにかするべきです。
私はそのために、チェーンソーが必要だと思いました。
愛とは、言葉だけでは足りません。
行動が大事です。
たとえば、海斗君のために道を切り開く。
海斗君に近づく悪い人を追い払う。
海斗君が安心して暮らせるように、世界を少し静かにする。
そういう努力が必要だと思いました。
だから私は、この本の登場人物たちに言いたいです。
もっと本気で愛しなさい。
そして本気なら、まずチェーンソーの整備から始めなさい。
「エリカちゃん……」
海斗君は、原稿用紙を読んで青ざめました。
「これ、読書感想文じゃなくて、僕への独占宣言になってるよ」
「だって、読んでいたら海斗君のことを考えちゃったんだもん」
「うれしいけど怖いよ!」
「海斗君、もし私がこの本みたいに『お前を誰にも渡さない』って言ったらどうする?」
「もう言ってるよね!?」
エリカちゃんは頬を赤らめました。
「じゃあ、感想文としては成功ね」
「成功の基準がおかしいよ」
休み明け。
山本先生は、エリカちゃんの読書感想文を受け取りました。
そして数行読んだところで、静かに額を押さえました。
「エリカちゃん」
「はい」
「まず、この本を読書感想文の題材にするのはやめましょう」
「どうしてですか?」
「先生が説明しづらい本だからです」
「でも愛について考えました」
「考えた方向が物騒すぎます」
山本先生は赤ペンを持ちました。
「それから、『海斗君は私のものです』は感想ではありません」
「事実です」
「事実でも書かない」
「先生、多様性の時代ですよ」
「その言葉でチェーンソーを正当化しない」
結局、エリカちゃんの読書感想文は書き直しになりました。
山本先生は、机の上に一冊の本を置きました。
「エリカちゃん。放課後、先生と一緒に『ごんぎつね』を読みましょう」
「最後に撃たれる話ですよね」
「そうです」
「じゃあ、エリカちゃんがチェーンソーでリベンジする続編を書いてもいいですか?」
「書きません」
「ごんの仇を討つのに?」
「討ちません」
その日、山本先生の教室には、長いため息が響いたのでした。
なお、海斗君はこっそり思いました。
エリカちゃんが読書感想文で自分のことばかり書いてくれたのは、少しだけうれしかったと。
ただし。
チェーンソーの出番は、もう少し少なくてもいいと思いました。




