第29話 「エリカちゃんと夏休みの宿題 〜観察日記編〜」
夏休み。
それは小学生にとって、自由と昼寝と冷たいイチゴミルクの季節である。
ただし、自由には必ず敵がいる。
その名は――宿題。
「エリカちゃん、宿題やってる?」
チェーン荘の縁側で、海斗君が聞きました。
エリカちゃんはイチゴミルクを飲みながら、きょとんとしました。
「宿題?」
「うん。夏休みの宿題」
「そんな怪異いたかしら?」
「怪異じゃないよ!」
海斗君はプリントを広げました。
「観察日記があるでしょ。ひまわりを育てて、毎日様子を書くやつ」
「ああ、それなら大丈夫よ」
「本当?」
「うん。ひまわりは植えたわ」
エリカちゃんが庭の奥を指さしました。
そこには、たしかにひまわりがありました。
ただし、普通のひまわりではありませんでした。
茎はエリカちゃんの背より太く、花は屋根より高く、葉っぱは畳くらいありました。
「……エリカちゃん、何をあげたの?」
「チェーン荘の地下室にあった栄養剤」
「絶対普通の栄養剤じゃないよ!」
ひまわりは、ぎぎぎ、と音を立てて海斗君の方を向きました。
「今、動かなかった?」
「太陽の方を向く花だからね」
「太陽、そっちじゃないよ!」
エリカちゃんは観察日記を開きました。
一日目。ひまわりを植えました。
二日目。芽が出ました。
三日目。家の屋根を越えました。
四日目。近所のカラスを飲み込みました。
「エリカちゃん、四日目がおかしいよ!」
「害鳥対策もできる優秀なひまわりよ」
「観察日記に書いていい内容じゃないよ!」
そのとき、ひまわりの花の中央が、にやりと笑ったように見えました。
海斗君は一歩下がりました。
「これ、本当にひまわり?」
「名前はひまわりちゃんよ」
「名前をつければいいってものじゃないよ」
ひまわりちゃんは、庭に置いてあったじょうろをつるでつかみ、自分で水を飲み始めました。
「自立してるわね」
「植物の自立ってそういう意味じゃないよ!」
さらにエリカちゃんは、もう一冊のノートを出しました。
「こっちはエリポンの観察日記よ」
「エリポン?」
海斗君が振り向くと、庭のすみに小さな狸がいました。
ただし、その狸は普通の狸ではありません。
金髪っぽい毛並みに、頭には小さなリボン。
そしてなぜか、小さなチェーンソーを背負っていました。
「ぽん!」
「……エリカちゃん、この子なに?」
「森で木の狩りをしていたら出会ったの。名前はエリポンよ」
「木の狩りって何!?」
「木を狩ることよ」
「説明になってないよ!」
エリポンは短い手でチェーンソーを持ち上げました。
ウィィィン。
小さいけれど、しっかりけたたましい音がします。
「ぽんぽん!」
「エリカちゃんより小さいのに、やってることが同じだ……」
「かわいいでしょ」
「かわいいけど怖いよ」
エリカちゃんは観察日記を読み上げました。
一日目。エリポンを拾いました。
二日目。エリポンがチェーン荘の庭に穴を掘りました。
三日目。エリポンが秀明おじさんの靴を埋めました。
四日目。エリポンがひまわりちゃんと縄張り争いを始めました。
「観察対象が多すぎるよ!」
その瞬間、庭の奥でひまわりちゃんが、ぎぎぎ、とエリポンの方を向きました。
エリポンも尻尾をふくらませます。
「ぽん……」
ひまわりちゃんのつるが、ずるずると伸びました。
エリポンは小型チェーンソーを構えました。
「待ってエリポン! 宿題の観察対象同士で戦わないで!」
海斗君が止めようとしましたが、エリカちゃんは真剣な顔でノートを構えました。
「海斗君、止めちゃだめよ」
「なんで!?」
「これは貴重な観察よ」
「自由研究じゃなくて怪獣観察になってるよ!」
ひまわりちゃんのつるが飛びます。
エリポンは横っ飛びでかわし、小型チェーンソーでつるをすぱっと斬りました。
「ぽん!」
「すごいわエリポン!」
「応援しないで!」
しかし、ひまわりちゃんも負けていません。
花びらをぶるぶる震わせると、種をマシンガンのように撃ち出しました。
ぱぱぱぱぱぱぱっ!
「ひまわりの種ってそんな出方するの!?」
海斗君が叫びます。
秀明おじさんが庭に飛び出してきました。
「なんだこの騒ぎは!」
次の瞬間、秀明おじさんの額にひまわりの種がぺしぺしぺしっと当たりました。
「痛っ! 地味に痛っ!」
花子さんもトイレの窓から顔を出しました。
「またチェーン荘の庭が地獄になってる……」
「花子さん、ちょうどいいわ。判定お願い」
「何の!?」
戦いはしばらく続きました。
最終的に、エリポンがひまわりちゃんの根元に穴を掘り、ひまわりちゃんが少し傾いたところで、エリカちゃんが手を叩きました。
「そこまで!」
エリポンは胸を張りました。
「ぽん!」
ひまわりちゃんは悔しそうに葉っぱを揺らしました。
「いい勝負だったわ」
「宿題の観察日記で起きる出来事じゃないよ……」
エリカちゃんはノートに書き込みました。
五日目。ひまわりちゃんとエリポンが戦いました。
エリポンはすばしっこく、ひまわりちゃんは種を飛ばします。
どちらも強いです。
海斗君は今日もかわいかったです。
「最後、観察対象が変わってる!」
「大事なことよ」
海斗君は顔を赤くしました。
数日後。
夏休み明けの教室で、山本先生はエリカちゃんの観察日記を読みました。
そして、しばらく黙りました。
「エリカちゃん」
「はい」
「このひまわりは、本当にひまわりですか?」
「はい。ひまわりちゃんです」
「このエリポンという狸は?」
「チェーン荘の新しい住民です」
「どうして観察日記に戦闘記録があるんですか?」
「観察したからです」
山本先生は頭を抱えました。
「……観察日記としては、よく書けています」
「やったわ」
「ただし、内容は先生の知っている自然観察ではありません」
海斗君は小さくつぶやきました。
「先生、それは僕もそう思います」
こうしてエリカちゃんの夏休みの観察日記は、無事に提出されました。
なお、山本先生は最後に赤ペンでこう書きました。
よく観察できています。
でも、来年は普通の朝顔にしましょう。
その横に、エリカちゃんは小さく書き足しました。
朝顔も強く育てます。




