第28話 「エリカちゃんと花火」 (挿絵あり)
学芸会の桃太郎が終わって数日後。
エリカちゃんはチェーン荘の縁側で、イチゴミルクを飲みながらぽつりと言いました。
「海斗君」
「なに、エリカちゃん?」
「花火がしたいわ」
「いいね。手持ち花火なら楽しそうだね」
「手持ち花火?」
エリカちゃんは首をかしげました。
「そんな小さい火で満足できるの?」
「普通は満足するよ!」
夏の肝試しばかりしていて、花火をしていなかったことに気づいたエリカちゃんは、その日の夕方、海斗君を連れて花火を買いに行きました。
しかし季節外れだったため、お店に残っていたのは線香花火と小さな手持ち花火だけでした。
「迫力が足りないわ」
「これくらいが安全でいいんだよ」
「海斗君。花火は夜空に咲く火の花よ。もっと、どーんってならないと」
「どーんは近所迷惑だよ」
そして夜。
チェーン荘の庭で、花火大会が始まりました。
参加者は、エリカちゃん、海斗君、秀明おじさん、花子さん。
花子さんはなぜかトイレから連れてこられていました。
「なんで私まで……」
「花子さん、たまには外の空気を吸った方がいいわよ」
「私、トイレの妖怪なんだけど」
「だから湿っぽいのよ」
「ひどい!」
まずは手にもって簡単にできる花火からやり始めたエリカちゃん。
「エリカちゃん、ライターいる?」
「いらないわ」
エリカちゃんはそう言うと、庭のすみの暗がりに向かって手招きしました。
「おーい、火種ちょうだい」
すると、ぼうっと青白い人魂が浮かび上がりました。
「ひっ」
花子さんが引きました。
「なんで人魂を呼べるのよ!」
「チェーン荘の庭だもの。一つや二つ浮いているわよ」
「普通は浮いてないよエリカちゃん!」
海斗君が突っ込む横で、エリカちゃんは人魂を指先に乗せると、線香花火の先へ近づけました。
じゅっ。
小さな火が灯り、ぱちぱちと赤い火花が咲きました。
「ほら、便利でしょ」
「便利の方向性が怖いよ……」
赤い花火、緑の花火、青い花火。
エリカちゃんは人魂をまるでマッチ代わりにして、次々と花火へ火をつけていきました。
「次はこっちよ」
エリカちゃんがロケット花火を人魂に近づけた瞬間、人魂がびくっと震えました。
「……今、人魂が嫌がらなかった?」
「気のせいよ」
しゅぼっ。
ヒュ――ン!
ロケット花火は夜空へ飛んでいき、近くの電柱のあたりでぱんっと弾けました。
「エリカちゃん、電柱の方に撃つのはやめようね!」
「海斗の坊主、俺じゃねえぞ。俺はまだタバコに火もつけてねえ」
「秀明おじさんもタバコで花火に火をつけないでください!」
海斗君は早くも頭が痛くなりました。
一方、エリカちゃんはご機嫌でした。
「綺麗ね。人魂の火だと色がよく出るわ」
「花火の楽しみ方としては間違ってると思う」
「花子さんもやる?」
「私は遠慮するわ。火は苦手そうだし」
「幽霊なのに?」
「気分の問題よ!」
そうしているうちに、庭の中央に見慣れない大きな筒が置かれました。
市販の花火にしては大きすぎます。
どう見ても、家庭の庭で使っていい大きさではありません。
「エリカちゃん、それ何?」
「打ち上げ花火よ」
「どこで手に入れたの!?」
「チェーン荘の地下室にあったわ」
秀明おじさんの顔が青くなりました。
「おい、それ俺が処分しようと思っていたやつだぞ!」
「じゃあ処分してあげるわ。空に」
「処分の方向が違う!」
エリカちゃんは堂々と筒を立てました。
海斗君は慌てて止めようとします。
「エリカちゃん、せめて人や家に向けないでね」
「大丈夫よ。標的は空だから」
「標的って言った?」
エリカちゃんは人魂を呼び戻しました。
人魂は明らかに嫌そうにふよふよ逃げましたが、エリカちゃんに指でつままれました。
「さあ、行きなさい」
「人魂を導火線に押しつけないで!」
しゅるるるるる――。
どおおおおおん!
夜空に大きな花火が咲きました。
赤、青、緑。
そして最後に、なぜかチェーンソーの形をした火花が浮かびました。
「わあ、綺麗……だけど怖い!」
「やっぱり花火はこれくらいじゃないとね」
エリカちゃんは満足そうでした。
しかし、次の瞬間。
火の粉の一部が、チェーン荘の古い物置へ落ちました。
ぼっ。
「あ」
「燃えた!」
秀明おじさんがバケツを持って走ります。
海斗君もホースを引っ張ります。
花子さんは叫びました。
「水ならトイレにあるわよ!」
「花子さん、それ今は頼もしい!」
エリカちゃんはチェーンソーを構えました。
「燃えているところを切り離すわ!」
「それ消火じゃなくて解体だよ!」
ウイイイイイイイイイイン!
けたたましいエンジン音とともに、物置の燃えている部分だけがきれいに切り落とされました。
秀明おじさんがそこへ水をぶっかけ、火はなんとか消えました。
「ふう。危なかったね」
「ええ、いい花火だったわ」
「反省がない!」
そのころ、近所の人たちは窓からチェーン荘を見ていました。
「またチェーン荘か……」
「今日は爆発音だけで済んだな」
「平和だな」
どうやら、この町の平和の基準はかなり壊れているようでした。
しかし、エリカちゃんはまだ終わっていませんでした。
「最後は特大よ」
「まだあるの!?」
エリカちゃんは、さっきよりもさらに大きい筒を出しました。
秀明おじさんが叫びました。
「お前、それは本当にやめろ!」
「大丈夫よ。方角はちゃんと決めてあるから」
「どこに向ける気だ!」
エリカちゃんはにっこり笑いました。
「この前、私たちを無理やり留学させたミッションスクールの方角よ」
「完全に報復だよ!」
海斗君が止めようとしたときには、もう遅かったのです。
エリカちゃんは人魂を導火線に近づけました。
人魂は涙目のような顔をしていました。
しゅるるるるるるるるるる――。
どおおおおおおおおん!
改造打ち上げ花火は、普通の花火とは思えない勢いで夜空へ飛び上がりました。
そして数キロ先の空で、巨大な光の花を咲かせました。
その光は、なぜか十字架の形になっていました。
少し遅れて、遠くの方で火の手が上がりました。
「たーまやー」
エリカちゃんは無邪気に喜びました。
「エリカちゃん、今の絶対まずいよ!」
「綺麗だったじゃない」
「綺麗と安全は別だよ!」
花子さんがぴくっと反応しました。
「……今、花子さんネットワークに連絡が来たわ」
「花子さんネットワーク?」
「全国の女子トイレをつなぐ情報網よ」
「そんなのあるんだ……」
花子さんは青ざめた顔で続けました。
「向こうのミッションスクールのトイレ、仕掛け花火が炸裂して燃えたらしいわ」
「やっぱり!」
海斗君が頭を抱えました。
その直後、チェーン荘の庭に、ぼんっと煙が上がりました。
煙の中から、煤だらけのおかっぱ少女が現れます。
「けほっ、けほっ……ここが避難先……?」
「誰?」
エリカちゃんが首をかしげると、花子さんが言いました。
「向こうの学校の花子さんよ。トイレが燃えて住めなくなったんだって」
「かわいそうね」
「あなたのせいよ!」
向こうの花子さんは涙目で言いました。
「トイレが花火で燃えたの……。もう私、トイレの花子さんじゃなくて、トイレの花火さんよ……」
「いい名前ね」
「よくない!」
こうして、向こうの学校から逃げてきた花子さんは、しばらくチェーン荘に住むことになりました。
呼び名は、本人の希望を無視して。
トイレの花火さん。
最後に、エリカちゃんと海斗君はもう一度線香花火を持ちました。
ぱちぱち、ぱちぱち。
小さな火花が、静かに落ちていきます。
「エリカちゃん」
「なあに、海斗君」
「来年は普通の花火にしようね」
「考えておくわ」
「絶対考えるだけだよね」
線香花火の小さな火が、ぽとりと落ちました。
エリカちゃんは少し残念そうにそれを見つめてから、にこっと笑いました。
「でも、海斗君と見る花火は綺麗ね」
「……うん」
海斗君が赤くなる横で、秀明おじさんと花子さんとトイレの花火さんは、黒焦げになった物置を見つめていました。
「綺麗で済む被害じゃないわよ……」
こうして、チェーン荘の花火大会は無事に終わりました。
なお翌日、チェーン荘の庭には立て札が追加されました。
花火は安全に楽しみましょう。
その下に、小さくこう書かれていました。
※人魂着火、改造花火、チェーンソー消火は禁止。




