第27話 「エリカちゃんと学芸会 〜桃太郎〜」
7月の中旬、夏休みの少し前。
山本先生が教室で言いました。
「みなさん、今年の学芸会では劇をやります」
「劇?」
「何やるのー?」
クラスがざわざわする中、山本先生は黒板に大きく書きました。
桃太郎
「今回は、みんなで桃太郎をやります」
その瞬間、エリカちゃんの目がきらりと光りました。
「桃を斬る話ね」
「違うよエリカちゃん。鬼退治の話だよ」
海斗君がすぐに突っ込みました。
「でも桃から生まれるんでしょ? だったらまず桃を開けないと」
「包丁でいいんじゃないかな」
「大きい桃ならチェーンソーでしょ」
「その発想がもう怖いよ」
配役を決める時間になりました。
「おじいさん役をやりたい人」
山本先生が聞くと、なぜか海斗君が推薦されました。
「海斗君、おじいさん似合いそう」
「料理できるし」
「落ち着いてるし」
「小二なのに主夫感あるし」
「ひどくない!?」
結局、海斗君はおじいさん役になりました。
「おばあさん役は?」
教室が静まりました。
その沈黙の中、エリカちゃんがすっと手を上げました。
「私がやります」
「エリカちゃんがおばあさん……?」
「川へ洗濯に行って、桃を回収して、斬るのよね」
「斬る前提から離れて!」
山本先生は少し不安そうでしたが、ほかに希望者もいなかったため、エリカちゃんがおばあさん役になりました。
そして本番当日。
体育館には保護者たちが集まり、舞台の幕が上がりました。
ナレーションが始まります。
「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました」
海斗君のおじいさんが、山へ芝刈りに行きました。
「芝刈りに行ってきます」
その手には、なぜか小さな鎌ではなく、よく研がれた草刈り鎌がありました。
「海斗君、それ本物じゃないわよね?」
舞台袖の山本先生が青ざめました。
「小道具です!」
そしてエリカちゃんのおばあさんが、川へ洗濯に行きました。
「どんぶらこ、どんぶらこ」
大きな桃が流れてきます。
エリカちゃんは桃をじっと見つめました。
「大きいわね」
観客席から小さな笑いが起きました。
エリカちゃんは桃を抱えようとしました。
「重いわ」
次の瞬間。
ウイイイイイイイイイイイン!
体育館に、けたたましいエンジン音が鳴り響きました。
「エリカちゃん!?」
山本先生の悲鳴が飛びました。
エリカちゃんはにっこり笑いました。
「大丈夫です先生。小道具用のチェーンソーです」
「音が本物です!」
桃は舞台の上で、見事に真っ二つになりました。
中から出てきた桃太郎役の男子は、なぜか気絶したふりをしたまま動きません。
「桃太郎が出てきませんね」
エリカちゃんは冷静に言いました。
海斗君のおじいさんが慌てます。
「どうしよう、おばあさん。これじゃ鬼退治に行けないよ」
「問題ないわ、おじいさん」
エリカちゃんはチェーンソーを肩に担ぎました。
「桃太郎が行けないなら、私たちが行けばいいのよ」
「台本と違うよ!」
舞台袖で山本先生が頭を抱えました。
しかし劇は止まりません。
エリカちゃんと海斗君は、鬼ヶ島へ向かうことになりました。
道中、犬役の子が出てきます。
「わんわん。きびだんごをくれたら、お供します」
エリカちゃんは首をかしげました。
「きびだんご?」
「うん。桃太郎だから」
「海斗君、お弁当ある?」
「あるけど、きびだんごじゃないよ」
海斗君が出したのは、塩辛おにぎりでした。
犬役の子は固まりました。
「……いらないです」
「好き嫌いはよくないわ」
「エリカちゃん、犬役の子を脅さないで」
次に猿役の子が出てきました。
「うきー。きびだんごをくれたら――」
「塩辛おにぎりならあるわ」
「遠慮します」
最後にキジ役の子が出てきました。
「ケーン。きびだんご――」
「イチゴミルクもあるわよ」
「それはちょっと欲しい」
「もらうんだ……」
こうして、犬と猿は逃げ、キジだけが仲間になりました。
いよいよ鬼ヶ島です。
鬼役の男子たちがこん棒を持って現れました。
「わははは! よく来たな桃太郎!」
「桃太郎じゃないわ」
エリカちゃんは一歩前に出ました。
「私はエリカちゃんよ」
鬼たちは一斉に震えました。
「えっ」
「台本にない」
「これ、負けイベント?」
海斗君は小声で言いました。
「エリカちゃん、劇だからね。ほどほどにね」
「わかってるわ」
エリカちゃんはチェーンソーを構えました。
「舞台用に、ほどほどに斬るわ」
「斬らないで!」
その瞬間、鬼たちは自ら土下座しました。
「降参します!」
「宝物も返します!」
「だからチェーンソーだけはやめてください!」
エリカちゃんは満足そうにうなずきました。
「話のわかる鬼ね」
観客席から、なぜか拍手が起きました。
ナレーションは半泣きで続けました。
「こ、こうして鬼たちは反省し、宝物を返しました。おじいさんとおばあさんは、村へ帰って幸せに暮らしました」
幕が下ります。
体育館は静まり返りました。
そして次の瞬間、大きな拍手が起きました。
「すごかった……」
「別の意味で忘れられない桃太郎だった……」
「鬼役の子、演技うまかったね。震え方が本物みたいだった」
「本物だよ」
舞台裏で、山本先生は燃え尽きた顔をしていました。
「エリカちゃん」
「はい」
「チェーンソーは舞台に持ち込まない」
「でも桃を斬る場面が」
「桃は割れる小道具です」
「迫力が足りません」
「迫力がありすぎました」
海斗君は苦笑いしながら言いました。
「でもエリカちゃん、鬼を本当に斬らなくてえらかったね」
エリカちゃんは少し照れました。
「海斗君がほどほどにって言ったから」
「うん。ありがとう」
「じゃあご褒美に、海斗君がきびだんご作って」
「塩辛入り?」
「もちろん」
「普通のきびだんごにしようよ……」
こうして、二年三組の桃太郎は無事に終わりました。
ただし翌年から、学芸会の注意事項にひとつ追加されました。
危険物を小道具として持ち込まないこと。
もちろん、その欄の横には、なぜか小さくこう書かれていました。
※エリカちゃんは特に注意。




