第26話 「エリカちゃんと事務所で」
借金取りたちを追い返した翌日。
エリカちゃんは、朝から静かでした。
「エリカちゃん?」
「海斗君」
「なに?」
「昨日の人たち、また来ると思う?」
「うーん……来ないと思いたいけど」
秀明おじさんは苦い顔をしました。
「いや、ああいう連中は面子で動く。たぶん、また来る」
「なら」
エリカちゃんは、にっこり笑いました。
「こっちから行きましょう」
「どこへ!?」
「事務所よ」
秀明おじさんは缶コーヒーを吹き出しました。
「待て待て待て! 小学生がヤクザの事務所に乗り込むな!」
「大丈夫よ。私はか弱い小学二年生だもの」
「その言葉、今まで一度も安心材料になったことねえぞ!」
花子さんがトイレから顔を出しました。
「やめた方がいいんじゃない? 向こうも怖い人たちでしょ」
「怖い人?」
エリカちゃんは首を傾げました。
「海斗君を怖がらせる人たちの方が悪いわ」
「僕、まだ怖がってないよ」
「予防よ」
「予防の規模が大きいよ」
結局、エリカちゃんは海斗君、秀明おじさん、エリポン、マリンちゃんを連れて、借金取りたちの事務所へ向かうことになりました。
恵那ちゃんは留守番です。
「お金の匂いがするけど、リスクが高いから行かない」
「冷静ね」
「投資判断」
花子さんもトイレ番です。
「私はトイレから応援してるわ」
「出不精だね……」
事務所は、雑居ビルの三階にありました。
看板には、いかにも普通の会社のような名前が書いてあります。
「ここね」
「エリカちゃん、本当に入るの?」
「もちろん」
エリカちゃんは扉をノックしました。
中から低い声がします。
「誰だ」
「こんにちは。昨日のお礼参りです」
「言い方!」
扉が開き、柄の悪い男が顔を出しました。
「なんだ、このガキ――」
男はエリカちゃんの後ろにいる秀明おじさんを見つけました。
「宮本!」
「よ、よう」
「てめえ、自分から来るとはいい度胸――」
ウイイイイイイイイイン!
エリカちゃんのチェーンソーが鳴りました。
男はその場で固まりました。
「どいて」
「はい」
素直でした。
事務所の中には、数人の男たちがいました。
奥のソファには、親分らしい男が座っています。
「なんだ、昨日の連中をやったのはお前か」
「やってないわ。追い返しただけよ」
「十分やってるよ」
海斗君が小声で言いました。
親分は机を叩きました。
「宮本の借金はまだ残ってるんだ。子どもがしゃしゃり出る話じゃねえ」
エリカちゃんは首を傾げました。
「借金って、紙に書いてあるの?」
「契約書なら金庫にある」
「じゃあ、それを斬れば終わりね」
「終わらねえよ!」
親分が叫びました。
海斗君がすぐにツッコミます。
「エリカちゃん、それは無理だよ」
「不便ね」
男たちが一斉に立ち上がりました。
「ふざけやがって!」
「つまみ出せ!」
その瞬間。
床に、ぬるりと青黒い粘液が広がりました。
ぐじゅり。
マリンちゃんです。
言葉は発しません。
ただ、ぬめりながら男たちの足元へ絡みつきました。
「うわあああ!」
「また靴が!」
「溶ける溶ける!」
じゅううう。
男たちの靴がきれいに溶けました。
「ここでもかよ!」
エリポンがぽんっと煙を出しました。
煙が晴れると、そこには小さなエリカちゃんが立っていました。
しっぽつきです。
「エリポン参上でちゅ!」
「また増えた!?」
「小さい方だ!」
「ぽんぽこでちゅ!」
エリポンは葉っぱのチェーンソーを構えました。
ウイ……。
しおしお。
「まだ弱い!」
男が笑った瞬間。
本物のエリカちゃんが、すぐ後ろにいました。
「今の、聞こえたわ」
ウイイイイイイイイイン!
事務所中にエンジン音が響きました。
「ひっ……!」
エリカちゃんは机の上に軽く飛び乗りました。
「秀明おじさんをいじめるなら、私たちが相手になるわ」
親分が立ち上がりました。
「ガキが調子に――」
その瞬間。
エリカちゃんのチェーンソーが、壁の額縁をすぱっと斬りました。
中から札束がばさばさと落ちました。
事務所が一瞬で静まり返ります。
「……あら」
エリカちゃんは札束を見ました。
「隠し場所、雑ね」
「なんでわかったんだよ!」
「なんとなく斬りたくなったの」
「その勘やめてほしい……」
秀明おじさんが低く言いました。
「それ……まともな金じゃねえだろ」
親分の顔色が変わりました。
「てめえら……見なかったことに――」
そのとき。
廊下から声がしました。
「警察です」
全員が振り向きました。
警察官たちが立っています。
「えっ!?」
海斗君が驚きました。
秀明おじさんが手を上げました。
「来る前に通報しておいた」
「秀明おじさん、ちゃんと大人だ!」
「俺だって、たまにはな」
親分たちは逃げようとしましたが――
床はマリンちゃん。
前にはエリカちゃん。
横には警察。
完全に詰みでした。
「逃げ場がない……」
エリカちゃんは、にっこり笑いました。
「あるわよ」
「どこだ……」
「反省する道」
「エリカちゃんがそれ言うんだ……」
海斗君が小さくつぶやきました。
こうして借金取りたちは、まとめて警察に連れていかれました。
事務所の違法な金や帳簿も押収され、秀明おじさんへの取り立ても完全に終わりました。
帰り道。
秀明おじさんはぽつりと言いました。
「……悪かったな、巻き込んで」
「住人を守るのは当然よ」
エリカちゃんは胸を張りました。
エリポンはしっぽを振りました。
「ちぇーんそうファミリーでちゅ!」
マリンちゃんは、ぐじゅりと小さく揺れました。
海斗君は笑いました。
「よかったね、秀明おじさん」
秀明おじさんは少し照れくさそうに言いました。
「……ああ。まあな」
そしてチェーン荘の方を見ました。
「ここに住むのも、悪くねえ」
エリカちゃんは満足そうにうなずきました。
「当然よ。チェーン荘は最強の家だもの」
こうして、秀明おじさんの借金騒動は完全に終わりました。
なお、事務所の壁には今でも――
エリカちゃんのチェーンソーの跡が、くっきり残っているそうです。




