第25話 「エリカちゃんとチェーン荘と借金取り」
マリンちゃんがチェーン荘に住みついた翌日。
秀明おじさんは、朝から落ち着きがありませんでした。
「おじさん、顔色が悪いわね」
エリカちゃんが言いました。
「いや……なんでもねえ」
「なんでもない人は、窓の外を三十秒おきに確認しないよ」
海斗君が心配そうに言います。
そのとき。
ドンドンドン!
チェーン荘の玄関が、乱暴に叩かれました。
「おい! 宮本秀明! いるんだろ!」
秀明おじさんの顔が、さっと青ざめました。
「……来やがった」
「誰?」
「借金取りだ。会社が潰れたときのな。ほとんどヤクザみたいな連中だよ」
エリカちゃんは、にっこり笑いました。
「じゃあ、おもてなししないとね」
「その笑顔が一番怖えよ」
玄関の外には、柄の悪い男たちが数人立っていました。
「ここに宮本がいるのはわかってんだ!」
「出てこい!」
男の一人が玄関を蹴ろうとした瞬間。
ちゃらららーん。
玄関のメリーゴーランドが、ゆっくり回り始めました。
「……なんだこれ」
「アパートの玄関にメリーゴーランド?」
白馬の目が、赤く光りました。
ヒヒーン!
次の瞬間、白馬が台座から外れて男たちへ突進しました。
「うわああああ!」
「木馬が走ったぞ!」
「ここ何なんだよ!」
別の男がリビングへ逃げ込むと、自動演奏ピアノが鳴り始めました。
ぽろん。
ぽろん。
ぽろろろろん。
「なんだよ、今度はピアノかよ!」
ピアノの蓋が、ばくんと開きました。
「食う気だ!」
「ピアノが食う気だぞ!」
男は上着の裾を挟まれ、泣きながら脱ぎ捨てました。
廊下には、赤いちゃんちゃんこ姿の恵那ちゃんが立っていました。
「取り立て?」
「あ、ああ。金を――」
「費用対効果が悪いわね」
「は?」
「人数、交通費、危険手当、回収見込み。全部合わせても赤字」
恵那ちゃんは淡々と言いました。
「損切りをすすめるわ」
「なんだこのガキ!」
男が怒鳴った瞬間、なぜか財布の中身がばらばらと床に落ちました。
「金が!」
「金運を少し下げた」
「怖っ!」
トイレの扉が開き、花子さんが顔を出しました。
「うるさいわね。ここは住居なのよ」
「トイレから女の子が!」
「ノックなしで開けたら流すわよ」
便器の水が、ごぼごぼと音を立てました。
男たちは一斉に後ずさりました。
そこへ、天井裏からぽんっと煙が落ちました。
煙が晴れると、エリカちゃんにそっくりな小さな女の子が立っていました。
ただし本物より少し小さく、狸のしっぽが丸見えです。
「エリポン参上でちゅ!」
「エリカちゃんが増えた!?」
「小さいぞ!」
「しっぽあるぞ!」
「ぽんぽこでちゅ!」
エリポンは葉っぱのチェーンソーを構えました。
ウイ……。
しおしお。
「まだ修行中でちゅ……」
「弱いのか?」
男が笑った瞬間。
本物のエリカちゃんが、背後に立っていました。
「誰が弱いって?」
ウイイイイイイイイイン!
けたたましいエンジン音が、チェーン荘全体に響きました。
男たちの顔から血の気が引きました。
「ひっ……!」
「海斗君」
「なに?」
「この人たち、秀明おじさんをいじめに来たのよね?」
「たぶん、そうだね」
「じゃあ、お仕置きね」
男たちは一斉に逃げ出そうとしました。
けれど、足元に青黒い粘液が広がっていました。
ぐじゅり。
ぬるり。
マリンちゃんです。
青黒い体の中には、よくわからない骨のようなものが浮かび、表面の目玉がいくつも開いたり閉じたりしています。
当然、喋りません。
ただ、ぐじゅぐじゅと嫌な音を立てながら、男たちの足元へまとわりつきました。
「ぎゃああああ!」
「なんだこのドロドロ!」
「靴が溶けてる!」
じゅううう。
男たちの革靴だけが、きれいに溶けました。
「地味に困るやつ!」
「裸足で帰れってことかよ!」
マリンちゃんは返事をしません。
ただ、ぷるんと揺れました。
「マリンちゃん、えらいわ」
エリカちゃんが褒めると、マリンちゃんの表面の目玉が一斉にまばたきしました。
「嬉しいのかな……?」
「たぶん」
海斗君は引きつった笑顔で言いました。
最後に残った親分らしい男が、震えながら秀明おじさんを指さしました。
「み、宮本! 今日のところは見逃してやる!」
「いや、見逃される側はそっちだろ……」
秀明おじさんが呆れたように言いました。
エリカちゃんはにっこり笑いました。
「次に来たら、借金ごと斬るわ」
「借金って斬れるの!?」
海斗君が突っ込みました。
「紙なら斬れるわ」
「契約書の話じゃないと思うよ!」
男たちは、靴下のまま半泣きで逃げていきました。
その日の夜。
秀明おじさんは、チェーン荘の縁側で缶コーヒーを飲んでいました。
「助かったよ、エリカちゃん」
「住人を守るのは当然よ」
「守り方はだいぶおかしいけどな」
花子さんがトイレから顔を出しました。
「次来たら水洗いね」
恵那ちゃんは落ちた小銭を数えながら言いました。
「追い返し料、請求できたかもしれない」
エリポンはしっぽを振りました。
「エリポンもがんばったでちゅ!」
マリンちゃんは廊下の隅で、ぐじゅりと震えました。
「マリンちゃんもがんばったわ」
エリカちゃんが言うと、マリンちゃんはぷるんと揺れました。
海斗君は苦笑しました。
「チェーン荘って、ある意味すごく安全だね」
エリカちゃんは胸を張りました。
「そうよ。ここは私たちの家だもの」
秀明おじさんは、少しだけ笑いました。
「……家か」
夜逃げして、学校の隠し部屋に住んでいた男は。
いつの間にか、怪異だらけのアパートに居場所を見つけていたのでした。




