第24話 「エリカちゃんとマリンちゃん」
その夜。
チェーン荘の住人たちは、なぜかみんなで夜の街を散歩していました。
「なんでこんな大人数で歩いてるの?」
海斗君が言いました。
前にはエリカちゃん。
隣には赤いちゃんちゃんこ姿の恵那ちゃん。
後ろには、エリカちゃんに化けているけれど本物より少し小さく、狸のしっぽが出ているエリポン。
さらに、トイレから外出してきた花子さん。
そして秀明おじさん。
「散歩よ」
「散歩の人数じゃないよ」
「パーティでちゅ!」
「RPGみたいだね……」
人気のない裏通りに入ったときでした。
ぬるり。
足元に、青黒い液体のようなものが広がりました。
「……何これ」
海斗君が一歩下がります。
その“何か”は、ぐじゅ、ぐじゅ、と嫌な音を立てながら形を変えました。
青黒い粘液。
中に浮かぶ骨のようなもの。
ぶくぶくと湧く泡。
そして、表面には目玉のようなものが、いくつも開いたり閉じたりしています。
「……スライム?」
エリカちゃんが言いました。
スライムは答えません。
ただ、ぬるり、ぬるりと近づいてきます。
壁に触れた粘液が、じゅうっと音を立てて溶けました。
「エリカちゃん、これ可愛い系じゃないよ」
「そうね。かなりグロいわ」
花子さんはすっと後ろに下がりました。
「こういうのはエリカちゃん担当よ」
「任せて」
恵那ちゃんは冷静に言いました。
「持ち物を溶かすタイプ。金銭被害が出る前に処理した方がいい」
「許せないでちゅ!」
エリポンがしっぽを膨らませます。
スライムは言葉を話しません。
ただ、体を大きく広げ、エリカちゃんたちに覆いかぶさるように襲いかかってきました。
「海斗君、下がって」
「うん!」
エリカちゃんはチェーンソーを構えました。
ウイイイイイイイイイン!
けたたましいエンジン音が、夜の路地に響きました。
スライムの表面の目玉が、一斉に震えます。
「こういうのは――」
エリカちゃんは一歩踏み込みました。
「中の核を狙うのよ」
チェーンソーの刃が、ぬめる体の中心を切り裂きました。
ぐちゃり。
青黒い粘液が飛び散り、スライムの中から青白く光る丸い核が現れました。
「見つけたわ」
エリカちゃんはチェーンソーの刃先で、その核を器用に弾き飛ばしました。
ころん。
核が地面に落ちると、スライムはびくんびくんと震えながら、みるみる縮んでいきました。
さっきまで路地いっぱいに広がっていた体は、バケツ一杯分くらいの大きさになりました。
それでも、見た目は十分に気持ち悪いです。
「……倒したの?」
「弱らせたの」
マリンちゃんになる前のスライムは、ぷる……ぷる……と震えていました。
もちろん、何も喋りません。
「名前がないと不便ね」
「エリカちゃん、名前つけるの?」
「もちろんよ。今日からチェーン荘の水回り担当だもの」
「もう連れて帰る前提なんだ……」
エリカちゃんは少し考えました。
そして、隣にいる海斗君を見ました。
「海斗君」
「なに?」
「この子、水っぽいわよね」
「うん。スライムだしね」
「水といえば海。海といえば海斗君」
「えっ、僕?」
「だから、この子の名前はマリンちゃんよ」
「海斗の“海”からマリンなんだ……」
海斗君は少し照れたように頬をかきました。
「まあ、悪くない名前かも」
スライムは何も言いません。
けれど、ぷるん、と一度だけ揺れました。
「気に入ったみたいね」
「それ、わかるの?」
「たぶん」
花子さんは顔を引きつらせました。
「……そのグロいの、本当にチェーン荘に連れて帰るの?」
「ええ。マリンちゃんよ」
「名前をつけたら可愛くなるわけじゃないのよ」
「でも水回り担当なら便利そうでしょ」
恵那ちゃんがうなずきました。
「水道代の削減になる可能性がある」
「恵那ちゃん、判断基準が相変わらずお金だね……」
エリポンはエリカちゃん姿のまま、しっぽをぱたぱた振りました。
「マリンちゃんでちゅ!」
マリンちゃんは返事をしません。
ただ、ぬるり、ぬるりとエリカちゃんの後ろについてきました。
「帰るわよ、マリンちゃん」
エリカちゃんが歩き出すと、マリンちゃんも床を這うようについてきます。
ずるり。
ぬるり。
ぐじゅり。
「足音が怖いよ……」
「足ないけどね」
花子さんがぼそっと言いました。
こうして、会話能力を持たないグロ系スライムは、海斗君の“海”にちなんでマリンちゃんと名づけられました。
そしてそのまま、チェーン荘へテイクアウトされたのでした。
その夜。
チェーン荘の住人はさらに増えました。
花子さん。
エリポン。
恵那ちゃん。
マリンちゃん。
秀明おじさんは、玄関でぬるぬる動くマリンちゃんを見て頭を抱えました。
「もうアパートじゃねえ……」
海斗君も苦笑しました。
「テーマが統一されてないよね」
エリカちゃんは満足そうに言いました。
「いいじゃない。にぎやかで」
マリンちゃんは、返事の代わりにぷるんと震えました。
すると床に落ちていた小さな汚れが、じゅうっと溶けて消えました。
恵那ちゃんが静かに言います。
「掃除代も浮く」
「そこ?」
花子さんはトイレの前から、じっとマリンちゃんを見ました。
「……トイレには入ってこないでね」
マリンちゃんは何も言いません。
ただ、ぬるりとトイレの方へ近づきました。
「来ないでって言ったでしょ!?」
その夜、チェーン荘の一階では、花子さんの悲鳴と、マリンちゃんのぐじゅぐじゅという移動音がしばらく響いたそうです。
こうしてチェーン荘はまた一歩、普通の生活から遠ざかったのでした。




