第19話 「エリカちゃんと遊園地③」
遊園地に来たエリカちゃんと海斗君は、次に観覧車へ向かいました。
**「海斗君、観覧車に乗りましょう」**
「うん。遊園地っぽくていいね」
「密室で二人きりよ」
「言い方が怖いよエリカちゃん」
観覧車はゆっくりと回っていました。
赤、青、黄色、緑。
丸いゴンドラが空に向かって上がっていきます。
「エリカちゃん、高いところ大丈夫?」
「平気よ。落ちてもチェーンソーを地面に刺せば止まるもの」
「止まらないと思うよ」
二人はゴンドラに乗りました。
扉が閉まり、観覧車がゆっくり動き出します。
「海斗君、見て。人が小さいわ」
「ほんとだね。遊園地が全部見える」
「いまなら海斗君をさらっても誰にも邪魔されないわね」
「景色を見ようよ!」
観覧車が一番高いところに近づいたときでした。
ごとん。
急にゴンドラが揺れました。
「えっ?」
「止まったね」
観覧車が動かなくなったのです。
下から係員の声が聞こえました。
「ただいま安全確認中です! しばらくそのままお待ちください!」
「エリカちゃん、大丈夫?」
「大丈夫よ。むしろ好都合ね」
「何が!?」
「海斗君と空の上で二人きりだもの」
「非常停止をデートイベントにしないで!」
そのとき、隣のゴンドラから悲鳴が聞こえました。
「きゃあああ!」
「な、何?」
見ると、隣のゴンドラの中に、白い顔をした女の幽霊がいました。
遊園地の怪異。
観覧車の頂上で現れて、乗客を驚かせる幽霊です。
「うらめしやあああ……」
幽霊は長い髪を垂らしながら、こちらのゴンドラへすうっと近づいてきました。
「海斗君、何か来たわ」
「幽霊だよ! 普通に怖いやつだよ!」
幽霊は窓の外に張りつき、にたりと笑いました。
「次は、あなたたちの番……」
エリカちゃんは首を傾げました。
「何か用?」
「えっ」
「いま海斗君と大事な時間なの。邪魔しないで」
「いや、私、観覧車の幽霊で……」
「邪魔しないで」
エリカちゃんの声が少し低くなりました。
次の瞬間。
ウイイイイイイイイイイイイン!
ゴンドラの中で、けたたましいエンジン音が鳴り響きました。
「エリカちゃん!? 観覧車の中でチェーンソーはやめて!」
「大丈夫よ。窓だけ開けるから」
「開け方が違う!」
エリカちゃんはゴンドラの窓をきれいに四角く切り抜きました。
そしてチェーンソーを外へ突き出しました。
「ひっ」
幽霊は青い顔をさらに青くしました。
「あなた、幽霊なのに顔色悪いわね」
「だ、だってチェーンソーを持った女の子が窓を切って出てきたら怖いでしょう!」
「失礼ね。私はか弱い女の子よ」
「か弱い女の子は観覧車の窓を切らないよ!」
海斗君が叫びました。
幽霊はそのまま逃げようとしました。
「ま、待って! 私はただ驚かせる仕事をしているだけで……」
「仕事なら仕方ないわね」
「許してくれるの?」
「でも海斗君を怖がらせたから有罪よ」
「理不尽!」
エリカちゃんがチェーンソーを軽く振ると、幽霊の長い髪だけがすぱっと切れました。
「きゃああああ! 私のロングヘアーが!」
「すっきりしたわ」
「勝手に美容室にしないで!」
幽霊は泣きながら消えていきました。
それからすぐ、観覧車は再び動き出しました。
ゴンドラが地上に戻ると、係員さんが真っ青な顔で待っていました。
「お客様、窓が……」
「換気よ」
「換気で四角く穴は開きません!」
海斗君はぺこぺこ頭を下げました。
「すみません……」
「海斗君が謝ることないわ。私は幽霊から遊園地を守ったのよ」
「たぶん遊園地はエリカちゃんから守られたいと思うよ」
次に二人が向かったのは、ビックリハウスでした。
入り口には大きくこう書いてあります。
絶叫注意!
中で何が起こるかわからない!
「エリカちゃん、これはやめない?」
「どうして?」
「さっき観覧車の窓を切ったばかりだから」
「今度は切らないわ」
「本当に?」
「びっくりしたらわからないわ」
「だめなやつだ」
ビックリハウスの中は暗く、床が斜めになっていました。
壁には目が光る絵。
天井からは白い手。
奥からは不気味な笑い声。
「ひゃっ!」
海斗君は思わずエリカちゃんの袖をつかみました。
エリカちゃんは満足そうに笑いました。
「海斗君、怖いなら私に抱きついてもいいのよ」
「袖でいいです」
「遠慮しなくていいのに」
すると、突然床がぐらりと傾きました。
海斗君が転びそうになります。
「危ない!」
エリカちゃんは海斗君を抱きとめました。
「大丈夫?」
「う、うん。ありがとう」
「もう少し傾いてもいいわね」
「よくないよ!」
さらに進むと、鏡の迷路がありました。
「あ、ミラーハウスも混ざってるんだね」
「海斗君がいっぱい映ってるわ」
「エリカちゃんもいっぱい映ってるよ」
「つまり、海斗君と私がいっぱい……」
エリカちゃんの目が輝きました。
「ここを買い取りましょう」
「買い取らないよ!」
そのとき、鏡の中のエリカちゃんが、にたりと笑いました。
本物のエリカちゃんは笑っていません。
「海斗君」
「何?」
「鏡の私が勝手に笑ったわ」
「こわっ!」
鏡の中のエリカちゃんが、ゆっくりと手を伸ばしてきました。
「海斗君は……私のもの……」
本物のエリカちゃんの顔がすっと無表情になりました。
「何を言っているの?」
鏡のエリカちゃんは笑いました。
「あなたより、私の方が海斗君を愛しているわ」
沈黙。
海斗君は背筋が凍りました。
怪異よりも、エリカちゃん本人の方が怖くなったからです。
「海斗君」
「は、はい」
「私はいま、とても怒っているわ」
「うん。見ればわかるよ」
ウイイイイイイイイイイイイン!
ビックリハウスの中に、けたたましいエンジン音が響きました。
「エリカちゃん! 鏡! 鏡だから!」
「鏡でも、海斗君を狙うなら斬るわ」
エリカちゃんは鏡に向かってチェーンソーを振りました。
ばりん。
鏡が割れました。
「ぎゃああああ!」
鏡の中から黒い影が飛び出し、そのまま天井へ逃げようとしました。
「逃がさないわ」
エリカちゃんはさらに一閃。
黒い影は真っ二つになり、煙のように消えていきました。
そして残ったのは、割れた鏡の山でした。
「……エリカちゃん」
「何?」
「今度は切らないって言ってたよね」
「びっくりしたらわからないって言ったわ」
「確かに言ってた……」
ビックリハウスを出ると、係員さんが泣きそうな顔で待っていました。
「お客様……中からすごい音が……」
「ビックリハウスだったわ」
「お客様がびっくりする施設なんです! 施設がびっくりする場所ではありません!」
係員さんは中を見て、割れた鏡の山を見つけました。
そして静かに言いました。
「本日は閉館します……」
「人気がないのね」
「エリカちゃんのせいだよ!」
そのころ、遊園地の中央広場ではヒーローショーが始まっていました。
『正義の戦士、チェンジマンショー!』
ステージの上では、赤いヒーローが悪の怪人と戦っていました。
「はっはっは! この遊園地は我々、悪の組織がいただいた!」
「そうはさせるか!」
子供たちは大喜びです。
「がんばれー!」
「チェンジマン!」
エリカちゃんもじっとステージを見ていました。
「海斗君」
「何?」
「あの悪役、ずいぶん弱そうね」
「ショーだからね」
「それに武器が甘いわ。スポンジの剣じゃ誰も斬れないじゃない」
「斬らなくていいんだよ!」
ステージでは、悪の怪人が客席に向かって言いました。
「そこのお嬢ちゃん! 人質になってもらうぞ!」
怪人役の人が、演出でエリカちゃんを指さしました。
その瞬間。
周囲の空気が凍りました。
「……私?」
エリカちゃんはにっこり笑いました。
「エリカちゃん、これはショーだからね」
「わかってるわ」
「本当に?」
「たぶん」
怪人役の人は、もちろん何も知りません。
「はっはっは! この子をさらわれたくなければ、正義の戦士よ、降参するのだ!」
怪人がエリカちゃんの肩に手を置こうとしました。
海斗君は小さくつぶやきました。
「あ、終わった」
ウイイイイイイイイイイイイン!
ステージ上に、遊園地で一番大きな音が鳴り響きました。
「えっ?」
怪人役の人は固まりました。
エリカちゃんはチェーンソーを構えました。
「悪の組織ね」
「あ、あの、お嬢ちゃん、これは演技で……」
「海斗君とのデートを邪魔する悪は斬るわ」
「台本にない!」
ヒーロー役の人も慌てました。
「ま、待つんだ! 正義の心で――」
「正義ならここにあるわ」
「えっ」
「チェーンソーよ」
「正義の定義が怖い!」
エリカちゃんが一歩踏み出すと、怪人役の人は全力で逃げ出しました。
「うわああああ!」
「待ちなさい、悪の怪人!」
「本物が来たー!」
ステージ上は大混乱になりました。
ヒーローは怪人を守ろうとし、怪人はヒーローの後ろに隠れ、司会のお姉さんはマイクを持ったまま震えていました。
「み、みんなー! チェンジマンを応援してねー!」
子供たちは大歓声を上げました。
「すげー!」
「あの金髪の子、ヒーローより強い!」
「チェーンソーの戦士だ!」
海斗君は頭を抱えました。
「違うんです。あれ一般参加じゃないんです……」
最終的に、ヒーローショーはなぜか内容が変更されました。
悪の怪人はエリカちゃんの前に正座させられました。
「もう悪いことはしません」
「本当に?」
「しません」
「海斗君をさらおうともしない?」
「しません」
「よろしい」
エリカちゃんは満足そうにうなずきました。
ヒーロー役の人が小声で言いました。
「お嬢ちゃん、助かったよ……」
「弱いヒーローね」
「仕事でやってるんだよ……」
ショーの最後。
司会のお姉さんは震える声で言いました。
「そ、それではみんなー! 今日の特別ゲスト、チェーンソーの……」
「エリカちゃんよ」
「エ、エリカちゃんに拍手ー!」
子供たちは大拍手しました。
エリカちゃんはステージの上で堂々と手を振りました。
「海斗君、見て。私、人気者よ」
「うん。違う意味で伝説になったね」
その日の夕方。
遊園地の出口には、新しい張り紙が貼られていました。
本日、観覧車・ビックリハウス・ヒーローショーは設備点検のため終了しました。
海斗君はそれを見て、深いため息をつきました。
「エリカちゃん、遊園地の施設が三つも止まったよ」
「でも楽しかったわ」
「それはよかったけど……」
「観覧車で二人きりになれたし、鏡の偽物も斬れたし、悪の組織も倒したもの」
「遊園地ってそういう場所だったかな……」
エリカちゃんは海斗君の手を握りました。
「また来ましょうね」
「出入り禁止になってなければね」
そのころ、遊園地の事務室では、園長が監視カメラの映像を見ながら震えていました。
「金髪ツインテールのチェーンソー少女……」
そして園長は、そっと新しい注意書きを作りました。
チェーンソーの持ち込み禁止。
ただし。
その注意書きが、エリカちゃんに通用するかどうかは、誰にもわかりませんでした。




