第18話 「エリカちゃんと遊園地②」
暴走するジェットコースターは、レールの上を何度も何度も走り続けていました。
乗客はいません。
それなのに、車両の中からは子どもの笑い声が聞こえます。
「あはははははは!」
「もっと速く!」
「落ちちゃえ、落ちちゃえ!」
海斗君は青ざめました。
「エリカちゃん、あれ絶対普通じゃないよ」
「そうね。普通のジェットコースターなら、もう少し安全基準を守るわ」
「そこ?」
山本先生は生徒たちを芝生広場に集めていました。
「みんな、先生の後ろに下がって! 絶対に近づかないこと!」
そして、エリカちゃんを見ました。
「神谷さんも下がりなさい!」
「先生、あれを放っておくと遠足が中止になるわ」
「中止でいいです!」
「よくないわ。まだ海斗君と観覧車に乗ってないもの」
「理由が私的すぎます!」
そのとき、暴走していたジェットコースターが、ぎぎぎ、と不自然に止まりました。
先頭車両が、ゆっくりとこちらを向いたように見えます。
そして。
黒いもやの中から、小さな影が現れました。
ピエロの帽子。
大きなボタンのついた服。
けれど顔は真っ黒で、口だけが三日月みたいに裂けています。
「遊ぼうよ」
その声は、スピーカーから聞こえているようで、耳元で囁かれているようでもありました。
「遊ぼうよ、遊ぼうよ」
「エリカちゃん……」
「遊園地の怪異ね」
エリカちゃんはチェーンソーを構えました。
「いいわ。遊んであげる」
ウイイイイイイイイイン!
けたたましいエンジン音が響いた瞬間、ピエロの影は楽しそうに笑いました。
「じゃあ、鬼ごっこ!」
ジェットコースターが再び動き出しました。
しかも今度は、レールから外れました。
「えっ!?」
車両は地面を滑るように走り、エリカちゃんたちへ向かって突っ込んできます。
「海斗君、下がって!」
「エリカちゃん!」
エリカちゃんは真正面から走り出しました。
「エリカちゃん! 遊具は斬らないって言ったでしょう!」
「先生、これはもう遊具じゃなくて敵です!」
エリカちゃんは直前で横に跳び、チェーンソーで車両の側面に絡みついていた黒いもやだけを斬りました。
ギャアアア!
もやが悲鳴を上げます。
ジェットコースターは勢いを失い、花壇に突っ込んで止まりました。
「花壇が!」
「遊具は斬ってないわ」
「そういう問題じゃありません!」
山本先生の声が飛びました。
けれど、ピエロの影はまだ消えていません。
「次は、観覧車!」
その言葉と同時に、観覧車がぎしぎしと音を立てました。
ゆっくり回っていたはずの観覧車が、急に速く回り始めます。
「きゃああああ!」
中には、数組の親子が乗っていました。
「大変だ!」
「止めないと!」
海斗君が叫びました。
エリカちゃんは観覧車を見上げました。
「海斗君、私が上に行くわ」
「どうやって!?」
「こうやって」
エリカちゃんは近くの柱にチェーンソーの刃を引っかけ、反動を使って飛び上がりました。
「それ人間の動きじゃないよ!」
観覧車の支柱を蹴り、手すりをつかみ、エリカちゃんは高い場所まで登っていきます。
黒いもやが、観覧車の軸に絡みついていました。
「見つけたわ」
「やめろ、やめろ!」
「楽しい遊園地に迷惑をかける悪い子は――」
ウイイイイイイイン!
「お仕置きよ」
チェーンソーが黒いもやを切り裂きました。
観覧車の速度がゆっくり戻っていきます。
乗っていた親子たちは泣きながら助かりました。
エリカちゃんは支柱から飛び降り、海斗君の前に着地しました。
「ただいま」
「おかえり。心臓に悪いよ……」
「海斗君、あとで一緒に乗りましょうね」
「普通の速度ならね」
ピエロの影は、遊園地の中央広場へ逃げていきました。
「あはははは! まだ遊べるよ!」
中央広場には、子ども向けのメリーゴーランドがありました。
昨日エリカちゃんが「もっと速くならないのかしら」と言った、あのメリーゴーランドです。
白馬たちの目が赤く光りました。
「……エリカちゃん」
「海斗君」
「これ、昨日の発言のせいじゃないよね?」
「違うわ。たぶん」
「たぶんなんだ」
メリーゴーランドの馬が、台座から外れました。
木馬たちは赤い目を光らせながら、広場を走り始めます。
「ひひーん!」
「木馬が鳴いた!」
「海斗君、下がって!」
エリカちゃんはチェーンソーを構え、突進してきた木馬の鼻先をぎりぎりでかわしました。
「馬刺しにするわよ!」
「木馬だから食べられないよ!」
「なら薪ね!」
ウイイイイイイイン!
エリカちゃんは木馬の脚に絡む黒いもやだけを斬っていきました。
一頭、二頭、三頭。
もやが消えるたび、木馬は元の場所へ戻っていきます。
最後の一頭が、海斗君へ突っ込みました。
「海斗君!」
エリカちゃんの目が変わりました。
次の瞬間、チェーンソーが唸り、黒いもやごと木馬の鼻先がすぱっと切れました。
木馬はその場で止まりました。
「海斗君に向かうなんて、いい度胸ね」
「エリカちゃん、僕は大丈夫だから……」
海斗君は少し震えながらも笑いました。
エリカちゃんはほっとしたように息をつきました。
追い詰められたピエロの影は、中央広場の時計台の上に逃げました。
「つまんない、つまんない! 壊して遊びたかったのに!」
「遊び方がよくないわね」
エリカちゃんは見上げました。
「遊園地は、海斗君と楽しく遊ぶ場所よ」
「エリカちゃん、そこはみんなで楽しくじゃない?」
「もちろん、海斗君優先でみんなも楽しくよ」
「優先順位があるんだね……」
ピエロの影は巨大化し、時計台を覆いました。
黒い手が何本も伸びてきます。
「じゃあ、最後は君で遊ぶ!」
「いいわ」
エリカちゃんはチェーンソーのエンジンを吹かしました。
「鬼ごっこは終わり。次は――」
彼女はにっこり笑いました。
「解体ショーよ」
ウイイイイイイイイイイイイイン!
エリカちゃんは時計台へ駆け上がり、黒い手を次々に斬り払いました。
ピエロの影が悲鳴を上げます。
「いやだ! 壊されたくない!」
「自分がされて嫌なことは、人にも遊具にもしてはいけないのよ」
「エリカちゃんが言うと説得力があるようでないような……」
海斗君が下からつぶやきました。
最後の一閃。
黒いピエロの影は、真っ二つに裂けて、煙のように消えました。
時計台の針が、かちん、と普通の時間を刻み始めます。
しばらくして。
遊園地には平和が戻りました。
ジェットコースターは点検中。
観覧車は一時停止。
メリーゴーランドは修理中。
「ほとんど乗れなくなっちゃったね……」
「でも売店は開いてるわ」
エリカちゃんはイチゴミルクを飲みながら言いました。
山本先生は疲れ切った顔で、エリカちゃんの前に立ちました。
「エリカちゃん」
「はい」
「今回は、人を助けたことは認めます」
「ありがとうございます」
「でも、遊園地の時計台にチェーンソーを持って登らない」
「はい」
「ジェットコースターと戦わない」
「はい」
「木馬を薪にしようとしない」
「努力します」
「約束しなさい」
「……はい」
帰りのバス。
クラスメイトたちは疲れて眠っていました。
海斗君も、窓にもたれてうとうとしています。
エリカちゃんはその隣で、満足そうに笑いました。
「遊園地、楽しかったわね」
「……うん。怖かったけどね」
「今度は二人で来ましょうね」
「普通の遊園地ならね……」
海斗君はそう言って、眠ってしまいました。
エリカちゃんは小さく笑い、海斗君の肩にそっと寄りかかりました。
こうして、遠足の遊園地編は幕を閉じました。
なお、その遊園地ではしばらくの間、入口にこんな注意書きが貼られました。
チェーンソーの持ち込みはご遠慮ください。




