第1話 「エリカちゃんとトイレの住人」
休み時間の教室で、エリカちゃんは海斗君に言いました。
「ねえ海斗君、今夜学校で肝試ししましょうよ」
「エリカちゃん、夜の学校は危ないよ」
海斗君は真面目に心配しました。
しかし、教室の隅では別の意味で生徒たちが震えていました。
「夜の学校よりエリカちゃんの方が危ないよね……」
「しっ! 聞こえたらチェーンソーで前髪を整えられるぞ!」
エリカちゃんは金髪ツインテールの、可愛らしい小学二年生です。
ただし、どこからともなくチェーンソーを取り出します。
そして、何でも斬ります。
だいたい何でもです。
「七不思議って、まずはトイレの花子さんよね?」
「うん。女子トイレの三番目の個室を叩いて呼ぶんだって」
「ふうん。じゃあ今夜行きましょう」
「決定が早いよエリカちゃん……」
こうしてその夜、エリカちゃんと海斗君は学校へ向かうことになりました。
――夜の学校。
昇降口には当然ながら鍵がかかっていました。
「エリカちゃん、やっぱり帰ろうよ」
「大丈夫よ海斗君。入り口がないなら、作ればいいのよ」
次の瞬間。
ウイイイイイイイイイイイイン!
けたたましいエンジン音が夜の校舎に響きました。
理科室の壁が、きれいな四角形に切り抜かれます。
「できたわ。特設入口」
「それは入口じゃなくて破壊跡だよ!」
二人は校舎の中へ入りました。
廊下は暗く、窓の外には月が出ています。
普通なら怖い光景です。
しかし今夜、いちばん怖いものは廊下を歩いていました。
「女子トイレはこっちね」
「エリカちゃん、僕入っていいのかな……」
「海斗君は特別よ」
「特別の使い方が怖いよ」
女子トイレに着くと、エリカちゃんは一番手前の個室を開けました。
中には、なぜか人体模型が入っていました。
「……花子さん?」
「違うと思うよエリカちゃん」
人体模型は、ぎこちなくこちらを見ているようでした。
「何よ。まぎらわしいわね」
エリカちゃんは人体模型を担ぎ上げました。
「ついでだから、宮坂さんの机に置いておきましょう」
「なんで!?」
「前に海斗君と仲良くしてたから」
「理由が重いよエリカちゃん!」
エリカちゃんは隣の教室へ向かい、どこからともなく五寸釘とセメントを取り出しました。
そして数分後。
人体模型は宮坂さんの机に、まるで昔からそこにあった記念像のように固定されていました。
「完璧ね」
「明日の朝、悲鳴が聞こえる未来しか見えないよ」
再び女子トイレに戻ると、奥の個室だけが閉まっていました。
エリカちゃんは扉をこんこんと叩きます。
「はーなーこーさん。遊びましょー」
返事はありません。
「返事がないわ」
「もう少し優しく呼んでみたら?」
「そうね」
エリカちゃんはチェーンソーを構えました。
「優しく開けてあげるわ」
「それ優しくない!」
ウイイイイイイイイイイイイン!
個室の扉が、すぱっと斜めに切れました。
中では、おかっぱ頭の女の子が膝を抱えて震えていました。
「い、いじめないで……」
「あら、本当にいたわ。あなたが花子さん?」
「そ、そうです……。でも扉は壊さないでください……」
花子さんは幽霊なのに、泣きそうな顔をしていました。
「どうして出てこなかったの?」
「だって、外でチェーンソーの音がしたんですよ!? 幽霊だって怖いものは怖いんです!」
「なるほど。繊細なのね」
「エリカちゃんが豪快すぎるだけだよ」
そのとき、廊下の向こうから声がしました。
「誰だ! そこにいるのか!」
宿直の先生です。
「まずいよエリカちゃん!」
「逃げるわよ海斗君!」
エリカちゃんは海斗君の手を握り、来たときに作った特設入口へ向かって走り出しました。
「待ってよエリカちゃん!」
「大丈夫よ。海斗君は私が守るから!」
「まず僕を巻き込まないで!」
二人は夜の校舎から飛び出し、あっという間に闇の中へ消えていきました。
後に残されたのは、切断された理科室の壁。
斜めに割れたトイレの扉。
宮坂さんの机に固定された人体模型。
そして。
「誰か……扉、直して……」
トイレの奥でしくしく泣く花子さんでした。
翌朝。
学校は大騒ぎになりました。
「理科室の壁がない!」
「女子トイレの扉が斬られてる!」
「宮坂さんの机に人体模型が生えてる!」
そんな騒ぎの中、エリカちゃんは何食わぬ顔で席に座っていました。
「海斗君、次は音楽室のピアノね」
「エリカちゃん……次はできれば建物を壊さない方向でお願い」
「努力するわ」
その言葉を聞いて、海斗君は思いました。
これは、たぶん守られない約束だと。
こうして、エリカちゃんと海斗君の学校七不思議めぐりは始まったのでした。




