プロローグ 「チェーンソーの神様と、エリカちゃんの誕生」 (挿絵あり)
この世界には、いくつかの神様がいる。
火を司る神、水を司る神、風を司る神――そして。
チェーンソーを司る神様も、いる。
もっとも、その神様は別に信仰を集めていたわけでもなければ、神社があるわけでもない。
ただ、「必要なときにだけ現れる」という、やや雑な存在だった。
そして、その“必要なとき”というのは、大抵ろくでもない。
ある日のこと。
とある産婦人科で、一人の命が生まれようとしていた。
「……だめです、これ以上は自然分娩は危険です!」
「帝王切開を……!」
「設備が、ありません……!」
医師の声は震え、看護師は顔を青くしていた。
母親の呼吸は浅く、時間はもう残されていない。
このままでは――
母子ともに、助からない。
そのときだった。
「……やれやれ」
誰にも聞こえないはずの声が、ふっと空気に混じった。
次の瞬間、手術室の隅に――
場違いな存在が立っていた。
ぼろぼろの作業着に、無精ひげ。
そして肩には、古びたチェーンソー。
「最近の人間は不便だなあ……」
それが、“チェーンソーの神様”だった。
「仕方ない、少しだけ力を貸してやるか」
神様はそう言って、母親の腹部に手をかざした。
本来なら、神の力で安全に切開し、命を救う――はずだった。
――はずだったのだ。
「……あれ?」
神様の顔が、わずかに曇る。
力が、通らない。
それどころか――
「ちょっと待て、これ……」
吸われている。
神の力が、逆流するように、内側へと引き込まれていく。
「おい、ちょっと待て、これまず――」
その瞬間。
腹部の内側から――
けたたましいエンジン音が響いた。
ウィィィィィィィィィィィィィン――!!
「は?」
次の瞬間、すべては起きた。
――切開。
それはあまりにも正確で、
あまりにも美しく、
そしてあまりにも常識外れだった。
母親の身体は、傷ついているはずなのに――
壊れていなかった。
血の流れすら、まるで“予定通り”であるかのように整っている。
そして。
そこから現れたのは――
金髪の、小さな女の子だった。
彼女の手には、当然のように――
チェーンソーが握られていた。
「……元気そうだな」
神様は呆然と呟いた。
女の子は、くるりと首を傾げると――
にっこりと笑った。
その瞬間。
神様の身体が、ふっと軽くなる。
「……あー、なるほど」
力が、抜けていく。
いや、違う。
持っていかれた。
「全部じゃねえか……」
チェーンソーの神様は、苦笑した。
「まあいいや」
そのまま、ゆっくりと姿が薄れていく。
「――面白いのが、生まれたな」
それが、最後の言葉だった。
こうして。
神様の力を奪い取り、
自らの手で生まれてきた少女――
エリカちゃんは、誕生した。
なお。
医師と看護師は、この出来事を「奇跡」として処理し、
母親は「無事です」とだけ伝えられ、
カルテにはこう書かれた。
――出産:異常なし
数年後。
彼女は、金髪ツインテールの小学生となり。
チェーンソーを片手に。
学校の七不思議を、物理的に解決し始めることになる。
――これは。
怪異を恐れない少女と、
怪異の方が恐れる少女の。
コメディーホラーの、始まりである。




