第13話 「エリカちゃんとシスター山田②」
シスター山田は、警察に連行された。
……はずだった。
しかし翌日。
「エリカちゃん」
登校中のエリカちゃんと海斗君の前に、黒い修道服の女性が立っていました。
「出たわね、シスター山田」
「エリカちゃん、昨日連れていかれたはずだよね?」
「主の御心により、釈放されました」
「いや、それたぶん事情聴取が終わっただけだよ」
海斗君が小声で突っ込みました。
シスター山田は、まっすぐエリカちゃんを見ました。
「今日は逃がしません。あなたを正しい道へ導きます」
「私は海斗君と一緒なら、どの道でも正しいわ」
「よくありません」
「じゃあ逃げるわよ海斗君」
「また!?」
次の瞬間、エリカちゃんは海斗君の手をつかんで商店街へ走り出しました。
――東凶都第三商店街。
朝の商店街は、買い物客と通勤客でにぎわっていました。
「どいてどいてー!」
「エリカちゃん、前に八百屋さん!」
「大丈夫よ!」
エリカちゃんは飛び上がり、積まれたキャベツの箱を踏み台にして通路を抜けました。
「うちのキャベツー!」
「あとで海斗君が払います!」
「僕なの!?」
背後から、シスター山田が追ってきます。
しかも修道服のまま、ものすごい速さです。
「エリカちゃん! 逃げても罪は消えません!」
「罪ならチェーンソーで斬れるわ!」
「斬れないよ!」
魚屋の前では、エリカちゃんが滑りました。
「きゃっ」
「エリカちゃん!」
海斗君が支えようとした瞬間、エリカちゃんはくるりと回転し、氷の上をスケートのように滑っていきました。
「楽しいわね!」
「楽しむ場面じゃないよ!」
シスター山田も魚屋の氷に足を取られました。
しかし転びません。
片手に聖書、片手に買い物かごを持ち、優雅に滑って追ってきました。
「なんで上手いの!?」
「修道院では床磨きも修行です」
「関係あるのかなあ!?」
エリカちゃんたちは商店街を抜け、駐輪場へ飛び込みました。
「海斗君、自転車よ!」
「また鍵が!」
「問題ないわ」
ウイイイイイイン!
鍵がひとつ、ぽろりと落ちました。
「だから問題しかないよ!」
二人乗りの自転車が商店街から飛び出します。
だが、その直後。
ブロロロロロロ!
昨日と同じ軽自動車が、角から現れました。
「修理早っ!」
「代車です」
「シスター山田、用意がいい!」
自転車と軽自動車の追跡劇は、商店街を抜け、大通りへ。
信号が赤になりました。
「海斗君、止まって!」
「わかってる!」
海斗君はちゃんと止まりました。
しかしシスター山田の軽自動車は止まりませんでした。
「迷える子羊の救済に、赤信号はありません」
「あります!」
軽自動車はクラクションを鳴らしながら交差点を突っ切ります。
周囲の車が慌てて止まりました。
「シスター山田の方が危なくない!?」
「海斗君、私もそう思うわ」
その一瞬の隙に、エリカちゃんは近くの宅配バイクに目をつけました。
「海斗君、乗り換えよ」
「それ絶対だめなやつ!」
「借りるだけよ」
「返せる状態で返せるの!?」
エリカちゃんはチェーンソーでチェーンロックだけを器用に斬り、海斗君を前に乗せて宅配バイクを発進させました。
「エリカちゃん! 免許!」
「小学二年生にはまだ早いわね」
「だから乗っちゃだめなんだよ!」
バイクは大通りを走り、シスター山田の軽自動車が後ろから迫ります。
「エリカちゃん! 止まりなさい!」
「いやよ!」
「ならば、主の名において追跡します!」
「海斗君、首都高に行くわよ!」
「なんで!?」
「広い道の方が走りやすいから!」
「広すぎるよ!」
気がつくと、二人は首都高の入口へ向かっていました。
料金所の係員が目を丸くします。
「ちょっと君たち!」
「海斗君、料金!」
「ええっ!?」
海斗君は宅配バイクの集金箱から小銭を出して、なんとか通過しました。
「これ、どんどん罪が増えてない!?」
「あとで返せば大丈夫よ」
「返す前に捕まるよ!」
首都高に上がると、風が強くなりました。
前を走るのは宅配バイク。
後ろを追うのはシスター山田の軽自動車。
「海斗君、右から抜けて!」
「僕、こんなの初めてなんだけど!」
「大丈夫、私が後ろを見てるわ!」
「その安心感、半分くらい怖い!」
シスター山田の軽自動車は、信じられない動きで車線変更してきます。
「逃がしません!」
「しつこいわね」
「更生とは根気です」
「根気の方向がおかしいよ!」
前方で渋滞が見えました。
「海斗君、詰まってる!」
「どうするの!?」
エリカちゃんはチェーンソーを構えました。
「道を作るわ」
「車は斬らないで!」
「じゃあ横を抜けるわ」
バイクは車の間をすり抜けていきます。
シスター山田の軽自動車は、すり抜けられません。
しかし、彼女は諦めませんでした。
路肩を走り、非常駐車帯を抜け、再び追いついてきます。
「なんで追いつくの!?」
「祈りです」
「それ絶対運転技術だよ!」
やがて首都高を降り、二人は町の方へ戻ってきました。
宅配バイクは限界でした。
「エリカちゃん、ガソリンが!」
「じゃあ最後の勝負ね」
前方にはコンビニ。
駐車場は広く、ちょうど通り抜けられそうでした。
「海斗君、駐車場を抜けて!」
「わかった!」
バイクはコンビニの駐車場を横切りました。
その後ろを、シスター山田の軽自動車が猛追します。
「エリカちゃあああん!」
しかし、そこで問題が起きました。
駐車場の端には、車止めがありました。
バイクは細い隙間を抜けました。
軽自動車は――抜けられませんでした。
ドガアアアアン!
シスター山田の軽自動車は車止めを乗り越え、ガラスを割ってコンビニの入口へ突っ込みました。
店内から悲鳴が上がります。
「いらっしゃいませええええ!?」
軽自動車は雑誌コーナーの前で止まりました。
シスター山田はエアバッグに埋もれながらも、静かにつぶやきました。
「……主よ、私はまだ……」
すぐにパトカーと救急車が来ました。
警察官が言いました。
「またあなたですか」
「迷える子羊を……」
「署で聞きます」
シスター山田は、今度こそ連行されていきました。
コンビニの外。
エリカちゃんと海斗君は、そっと様子を見ていました。
「エリカちゃん……さすがに今回は大変なことになったよ」
「そうね。シスター山田、強敵だったわ」
「感想そこ!?」
「でも海斗君と一緒に逃げ切ったから勝ちよ」
「僕は生きた心地がしなかったよ……」
エリカちゃんはにっこり笑いました。
「じゃあ、帰りにイチゴミルク買っていきましょう」
「このコンビニで?」
「だめかしら」
「今はやめようね」




