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第12話 「エリカちゃんとシスター山田」


花子さんがチェーン荘と学校のトイレを行き来する二重生活を始めてから、数日後。

職員室では、重苦しい会議が開かれていました。

「エリカちゃんについてです」

校長先生が深刻な顔で言いました。

「理科室の壁、音楽室のピアノ、人体模型、十三階段、美術室の肖像画、校長先生の銅像、開かずの扉……」

山本先生は頭を抱えました。

「さらに花子さんまでチェーン荘に半分引っ越しました」

「七不思議が生活圏を広げている……」

先生たちは沈黙しました。

そこで副校長先生が、ゆっくりと口を開きました。

「ここは外部の専門家に頼むべきでは?」

「専門家?」

「はい。問題児更生のスペシャリストです」

校長先生はうなずきました。

「ミッションスクールより、シスター山田をお呼びしました」

その日の午後。

二年三組の教室に、黒い修道服を着た女性が現れました。

背筋はぴんと伸び、眼鏡の奥の瞳は鋭く光っています。

「ごきげんよう、皆さん」

「ご、ごきげんよう……?」

クラスメイトたちは困惑しました。

山本先生が紹介します。

「今日からしばらく、生活指導のために来てくださったシスター山田です」

シスター山田は、ゆっくりと教室を見回しました。

そして、エリカちゃんの前で止まりました。

「あなたがエリカちゃんですね」

「はい。か弱い小学二年生のエリカです」

クラス全員が心の中で突っ込みました。

か弱いとは。

シスター山田は微笑みました。

「主はすべてを見ています」

「チェーンソーの神様も見ています」

「……チェーンソーの神様?」

「はい」

エリカちゃんは真面目な顔で答えました。

「私を生まれた時から見守ってくれている神様です」

「それは邪教です」

「失礼ね」

空気がぴりっとしました。

海斗君は慌てて言いました。

「エ、エリカちゃん、落ち着いて」

「海斗君、私は落ち着いているわ」

「落ち着いてる人は机の下でチェーンソーを握らないよ」

シスター山田は、それを見ても表情を変えませんでした。

「エリカちゃん。あなたには、しばらく特別指導を受けてもらいます」

「特別?」

「ええ。礼儀、反省、祈り、規律。そして、暴力からの卒業です」

「暴力は卒業しても、チェーンソーは進級します」

「没収です」

その瞬間。

教室の空気が凍りました。

エリカちゃんの目から光が消えました。

「……今、何て言いました?」

「チェーンソーは没収です」

ウイイイイイイイイイン!

けたたましいエンジン音が、教室に響きました。

「エリカちゃん!?」

「海斗君、私からカトリーヌを奪おうとする人は敵よ」

シスター山田は聖書を閉じました。

「なるほど。想像以上ですね」

山本先生が立ち上がりました。

しかし、シスター山田は一歩も引きません。

「エリカちゃん」

「何よ」

「あなたを更生させます」

「できるものなら、やってみなさい」

次の瞬間。

エリカちゃんは窓に向かって走り出しました。

「逃げるわよ海斗君!」

「なんで僕も!?」

「夫婦は一心同体よ!」

「まだ夫婦じゃないよ!」

エリカちゃんは海斗君の手をつかみ、窓枠に足をかけました。

山本先生が叫びます。

「エリカちゃん! そこ二階!」

「大丈夫です!」

エリカちゃんはチェーンソーを校庭の木に引っかけ、振り子のように飛び降りました。

「大丈夫じゃなあああい!」

海斗君の悲鳴が校庭に響きました。

校庭に着地したエリカちゃんは、自転車置き場へ走りました。

「海斗君、自転車で逃げるわよ!」

「鍵がかかってるよ!」

「問題ないわ」

ウイイイイイン!

自転車の鍵がまとめて斬られました。

「問題しかないよ!」

二人は一台の自転車に乗りました。

海斗君が前でハンドルを握り、エリカちゃんが後ろに乗ります。

「出発よ!」

「うわあああ!」

自転車は校門へ向かって走り出しました。

その後ろから、シスター山田の声が響きます。

「逃がしません」

校門の外に停めてあった軽自動車に、シスター山田が乗り込みました。

エンジンがかかります。

ブロロロロロ!

「えっ、車で追ってくるの!?」

「神の道に制限速度はありません」

「あります! 道路交通法があります!」

海斗君の叫びもむなしく、軽自動車は自転車を追い始めました。

放課後の商店街に、自転車と軽自動車の追跡劇が始まりました。

「エリカちゃん! 後ろ! シスター山田先生が来てる!」

「海斗君、右よ!」

「右って歩道!」

「細い道なら車は入れないわ!」

海斗君は必死でハンドルを切りました。

自転車は細い路地へ入りました。

しかし。

ガリガリガリ!

シスター山田の軽自動車も、両側の壁をこすりながら突っ込んできました。

「入ってきたあああ!」

「執念深いわね」

「あなたを救うまで、私は止まりません!」

「救い方が怖いよ!」

エリカちゃんは後ろを振り返りました。

「海斗君、このままだと追いつかれるわ」

「どうするの!?」

「壁を抜けるわ」

「抜けないよ!」

「抜けるのよ」

ウイイイイイイイイイン!

エリカちゃんのチェーンソーが唸り、前方の古い板塀に人ひとり分の穴を開けました。

自転車はそこをすり抜けます。

軽自動車は――

抜けられませんでした。

ドガン!

シスター山田の軽自動車は板塀に突っ込み、派手に止まりました。

「やった、逃げ切った!」

海斗君が安心した、その直後。

煙の中から、シスター山田がゆっくりと降りてきました。

額に少し血を流しながらも、表情は変わっていません。

「まだです」

「怖い! あの先生怖い!」

「海斗君、あれはたぶん山本先生とは違う種類の強敵よ」

そこへ、パトカーのサイレンが近づいてきました。

「そこの車! 止まりなさい!」

警察官たちが駆けつけます。

シスター山田は静かに言いました。

「私は迷える子羊を救おうとしただけです」

「軽自動車で追い回して壁に突っ込んだんですよね?」

「救いには痛みが伴います」

「署までお願いします」

シスター山田は警察官に囲まれました。

それでも、最後までエリカちゃんを見ていました。

「エリカちゃん」

「何よ」

「あなたの更生は、まだ終わっていません」

「私は更生しないわ」

「いずれ祈りの尊さを知るでしょう」

「私はチェーンソーの尊さなら知っているわ」

シスター山田は連行されながらも、静かに微笑んでいました。

その夕方。

エリカちゃんと海斗君は、チェーン荘に戻りました。

「今日は大変だったね……」

「そうね。シスター山田、なかなかやるわ」

「感心するところかなあ」

トイレから花子さんが顔を出しました。

「おかえり。なんか外、サイレンすごかったけど」

「シスター山田が来たのよ」

「ああ……死スター山田ね」

「知ってるの?」

「怪異界隈でも有名よ。問題児も悪霊も更生させるって噂の先生」

「怖い人ね」

「エリカちゃんが言うと説得力あるわ」

エリカちゃんは首を傾げました。

「でも、海斗君を連れて逃げ切れたから勝ちね」

「僕は巻き込まれただけだけどね……」

「海斗君」

「なに?」

「次に誰かが私からチェーンソーを奪おうとしたら、一緒に逃げてくれる?」

海斗君はため息をつきました。

「……危ないことしないならね」

「善処するわ」

「それ、たぶん守られないやつだよね」

エリカちゃんはにっこり笑いました。

こうして、シスター山田は警察に連行され、学校の更生計画は初日で失敗しました。

けれど、エリカちゃんの学校生活はまだまだ続きます。

そして学校の先生たちは、また一つ学びました。

エリカちゃんを更生させようとすると、なぜか更生させる側が先に警察のお世話になるのです。


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