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第11話 「花子さんの引っ越し」

ある日の放課後。

エリカちゃんの学校で、ちょっとした事件が起きました。

女子トイレが燃えたのです。

「ちょっとした事件じゃないよ!」

海斗君は思わず叫びました。

原因は不明。

ただし、目撃証言によると、女子トイレの近くで誰かが「暖房がないなら火をつければいいじゃない」と言っていたとか、いなかったとか。

「エリカちゃん?」

「知らないわ」

「本当に?」

「ちょっとしか知らないわ」

「知ってるんだ……」

幸い、火はすぐに消し止められました。

けれど、花子さんの住んでいた個室は黒焦げになってしまいました。

その夜。

焼けた女子トイレの前に、花子さんがぽつんと立っていました。

「私の家が……」

おかっぱ頭の花子さんは、すすだらけの個室を見て涙目でした。

「トイレなのに、家なのね」

「ボッチには大事な家なの!」

花子さんは泣きながら言いました。

「もうここには住めないわ……。他の学校の花子さんのところに行っても、縄張りがあるし……公園のトイレは治安が悪いし……駅のトイレは忙しすぎるし……」

「花子さん社会も大変なんだね」

海斗君が同情しました。

エリカちゃんは少し考えました。

「じゃあ、うちに来る?」

「え?」

「チェーン荘ならトイレくらいあるわ」

「エリカちゃんの家……?」

花子さんの顔が青くなりました。

「そこって、入った人がたまに帰ってこないって噂のアパートじゃない!」

「失礼ね。海斗君は帰ってるわ」

「僕は特別枠みたいだから……」

「ほら」

「安心材料にならないわよ!」

花子さんは迷いました。

焼けた学校のトイレ。

縄張りの厳しい他校のトイレ。

そして、悪名高いチェーン荘。

どれも嫌でした。

でも、屋根と便器がある場所は必要です。

「……わかったわ。しばらくお世話になる」

「決まりね」

エリカちゃんはにっこり笑いました。

「花子さん、テイクアウトよ」

「幽霊までテイクアウトするの!?」

こうして花子さんは、チェーン荘へ引っ越すことになりました。

チェーン荘の一階トイレ。

そこが、花子さんの新しい住み家です。

「……思ったより落ち着くわ」

「よかったね」

「でも天井からチェーンソーの音が聞こえるのは何?」

「日常音よ」

「嫌な日常ね」

花子さんは一階トイレを学校の仮住まいとして使うことにしました。

ただし、完全に学校を離れるわけではありません。

学校のトイレが修理されるまではチェーン荘。

昼間や噂の管理が必要なときは学校。

つまり、二重生活です。

「学校の花子さんなのに、通勤することになるなんて……」

「花子さんも大変ね」

「誰のせいだと思ってるのよ」

「火元は不明よ」

「目をそらさないで!」

翌日から、奇妙な生活が始まりました。

朝になると、花子さんはチェーン荘のトイレから学校へ向かいます。

昼間は焼け跡の近くで、なんとか七不思議としての体裁を保ちます。

放課後になると、エリカちゃんと海斗君についてチェーン荘へ戻ります。

「ただいま」

「おかえり、花子さん」

「私、幽霊なのに帰宅してる……」

「いいじゃない。家が二つあるなんて贅沢よ」

「片方は焼けたトイレだけどね」

そして夜。

チェーン荘のトイレから、すすり泣きが聞こえるようになりました。

「怖いわね」

「花子さんでしょ」

「でも自分の家のトイレから泣き声が聞こえると落ち着かないわ」

「エリカちゃん、花子さんに言ってあげてよ」

エリカちゃんはトイレの前に立ちました。

「花子さん」

「なに……?」

「泣くならもう少しリズムよく泣いて。眠れないわ」

「慰めじゃないの!?」

花子さんは怒りました。

けれど、その声はどこか安心していました。

数日後。

学校の女子トイレは修理されました。

新しい扉。

新しい壁。

新しい個室。

花子さんは戻ることもできました。

でも。

「……チェーン荘のトイレ、意外と居心地いいのよね」

「じゃあ二重生活を続ければいいじゃない」

「いいの?」

「もちろんよ。うちのトイレに住んでも、家賃は取らないわ」

「珍しく優しい……」

「その代わり、夜中に誰かが侵入してきたら知らせてね」

「防犯係!?」

「住み込み管理人みたいなものね」

「幽霊なのに就職した気分だわ……」

こうして花子さんは、学校の女子トイレとチェーン荘の一階トイレを行き来する、二重生活を始めました。

学校では七不思議。

チェーン荘ではトイレの住人。

そしてエリカちゃんにとっては――

「花子さん、今日からうちの子ね」

「ペットみたいに言わないで!」

花子さんの平穏な怪異生活は、今日も少しだけ遠のいていくのでした。


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