閑話「花子さんたちの井戸端会議」
とある夜。
どこでもない場所に、たくさんのトイレの個室が並んでいました。
第一小学校の花子さん。
第二小学校の花子さん。
第三小学校の花子さん。
第八小学校の花子さん。
そして、エリカちゃんの学校の花子さん。
花子さんたちは、月に一度の井戸端会議を開いていたのです。
「で、第一小学校の花子さん。最近どうなの?」
「最悪よ」
エリカちゃんの学校の花子さんは、げっそりした顔で言いました。
「うちの学校に、ヤバい子がいるの」
「エクソシスト?」
「陰陽師?」
「退魔師?」
「違うわ」
花子さんは震えながら言いました。
「チェーンソーを持った小学二年生よ」
その場が静まり返りました。
「……人間?」
「一応」
「一応って何よ」
「だって、その子、私のトイレの扉を斬ったのよ」
「ええっ!?」
「人体模型のストーカーも斬ったし、十三階段も十二階段にされたし、美術室の肖像画は選挙ポスター掲示板に貼られたわ」
「何その学校、怪異より人間の方が怖いじゃない」
第二小学校の花子さんが青ざめました。
「うちなんて、夜中にピアノが鳴るくらいよ」
「平和ね」
「でも下手なのよ」
「それはそれで嫌ね」
第三小学校の花子さんが手を上げました。
「うちは校長先生が毎晩、銅像に話しかけてるわ」
「怖いわね」
「銅像の方が迷惑そうなの」
「銅像に同情する日が来るなんてね」
第八小学校の花子さんはため息をつきました。
「うちはトイレの水が逆流するのよ」
「地味に嫌ね」
「怪異じゃなくて配管の問題だったわ」
「業者呼びなさいよ」
そして話題は、また第一小学校の花子さんに戻りました。
「で、そのチェーンソーの子、名前は?」
「エリカちゃん」
「ああ……」
「聞いたことあるわ」
「怪異界隈で最近噂の子ね」
「“七不思議を制覇した七つ目の七不思議”でしょ?」
第一小学校の花子さんは、こくこくとうなずきました。
「しかも本人、最後の七不思議が自分だって知って喜んでたの」
「怖っ」
「普通そこは否定するところよね」
「でも、怪異を物理的に倒すなら、ある意味こっち側よ」
「いや、こっち側でも嫌よ!」
花子さんたちは一斉に震えました。
そのとき。
どこか遠くから、かすかに音が聞こえました。
ウイイイイイイイイイン……。
全員が固まりました。
「……今の音、何?」
「まさか」
「ここ、花子さん専用の会議空間よね?」
次の瞬間、空間の壁が斜めに切れました。
そこから、金髪ツインテールの女の子が顔を出しました。
「あ、いた。花子さん」
「ぎゃああああああ!」
花子さんたちは一斉に個室へ逃げ込みました。
エリカちゃんは不思議そうに首を傾げました。
「海斗君、なんでみんな逃げるのかしら?」
「エリカちゃんがチェーンソーで空間を斬って入ってきたからだと思うよ」
「ちょっと遊びに来ただけなのに」
「入り方が遊びに来た感じじゃないよ」
第一小学校の花子さんは、個室の中から震え声で言いました。
「エリカちゃん、ここは花子さんたちの会議場なの!」
「井戸端会議?」
「そう!」
「楽しそうね。私も混ぜて」
「だめ!」
花子さんたち全員の声が重なりました。
エリカちゃんは少しだけ頬を膨らませました。
「けち」
「命が惜しいのよ!」
「私は何もしないわよ」
「チェーンソー持ってる!」
「乙女のたしなみよ」
「違う!」
結局、エリカちゃんは海斗君に引っ張られて帰っていきました。
切り裂かれた空間の壁は、しばらくすると自然にふさがりました。
花子さんたちは、しばらく無言でした。
やがて第二小学校の花子さんがぽつりと言いました。
「……第一小学校、大変ね」
「でしょう?」
「うち、ピアノが下手なくらいで文句言ってごめん」
「配管の逆流なんて可愛いものだったわ」
第一小学校の花子さんは、涙目でうなずきました。
「だから言ったでしょ」
そして花子さんたちは、全員一致で結論を出しました。
全国の学校怪異の中で、一番怖いのはエリカちゃん。
その日から、花子さんたちの間では新しい合言葉が生まれました。
「夜の学校でチェーンソーの音を聞いたら?」
「逃げろ」
「金髪ツインテールの女の子を見たら?」
「逃げろ」
「海斗君を見かけたら?」
「その近くにエリカちゃんがいるから、もっと逃げろ」
こうして、花子さんたちの井戸端会議は閉幕しました。
なお、第一小学校の花子さんは、翌月の会議でこう報告することになります。
「エリカちゃん、また来た」
花子さん社会に、平穏はなかったのでした




