2 ランカの正体
ガリガリに痩せた状態で戦に出たところで死ぬに決まっている。しかし命令だから従わなければいけない。民衆の不満が募るばかりだったところに、チョウカの一言は突き刺さったらしい。
「国同士の戦いは正のぶつかり合いだ。これほど愚かなことがあるか、負けた方が悪となる。戦に行く阿呆どもはお前んとこのナントカ様に沙汰を受けさせる必要は無いのか? っつうか皇帝に沙汰は必要ないのかよ、大勢の命を失わせている張本人だろうが」
一言もしゃべらないランカにかわり、部下の男が黙れと叫んでくるが。ざわつき始めた民衆たちは彼らに投げかけてくる。
――なぜ何も言わないのです
――あなたたちが正しいと言うのなら反論すべきだ
――そうだ戦で死んでしまうのだからそっちをどうにかしてほしい
――食べ物をもらうんじゃなく祈りを捧げるんじゃなく今すぐ作物を実らせて欲しい
数多くの願いから己の欲望まで、一度始まってしまえば止まらない。収めようにも民衆たちの数の方が多い、目の前にいる金持ちの連中にもどうしてお前たちは裕福な暮らしなんだとつかみかかる勢いだ。
「で? キノクニ様はなんてほざいてるんだ? 今すぐ皇帝をブチ殺せって言ってるか」
その言葉を聞いた者達はひっと息を呑む。それは処刑されてもおかしくない言葉だ。役人に聞かれたら自分たちも同罪とみなされて捕まるか、殺されてしまう。
「いいえ。死ぬのは重罪人であるあなた一人だとおっしゃっています」
ランカはそう言いながら箱を開けた。そこに入っていたのは手の平にやっと乗るくらい大きな水晶玉のようなものだった。見事な真球で濁り一つない。それをランカが手に取るが、目のいいチョウカにはしっかりと見えた。
(今玉をすり替えた。袖の中に隠していたな)
ゆったりとした服を着ているのである程度大きくても隠しておける。誰も気づいていないようだ。
(普段は箱に入れているふりをして拝ませる。でも大切なものだから肌身離さず持ってる、ってことか? 自分の物だっていう独占欲が強いだけの、ただの馬鹿女じゃねえか)
そんなことを考えていると玉が徐々に光り始める。その様子にその場の者達は「おお」と感嘆の声をあげた。これが沙汰とやらだ。
しかし近くにいた白服の男が突然ばったりと倒れた。それはチョウカを連れて行けと命じた、地位が高そうだったあの男だ。その様子に周囲はぽかんとする。え、あれ? という声まで聞こえてくる始末だ。
「おいおい、可哀想な事するなよ。お前の部下が死んじまったじゃねえかよ」
周囲に聞こえるようにわざと大声でそう言えば、一気に混乱が起きた。本来であれば罪人の前に玉を出して、罰を受ける者だと告げてから死ぬのだろう。ここはチョウカが死ぬべきだったはずだ。
「これは……なぜ。お前は一体何をしたのです」
「人のせいにすんな馬ぁ鹿。全然関係ない奴が死んでるけど大丈夫か? それともそいつは何か悪い事でもしてたのか? 裁きを受けるほどの極悪人を従えてたのかよ、お前は。じゃあお前も極悪人だなあ、沙汰がいるなら手伝うぜクソババア」
くく、と笑いながらチョウカは縛られていた縄を力ずくで引きちぎる。そして勢いよく回し蹴りを放つがランカは大きく飛んでそれを避けた。
飛んだ高さは天井に届き、着地した先は祭壇だった。飾り付け等を蹴散らす形となりなかなか派手な着地と言える。当然その様子をその場にいる全員が見てしまう、その表情は驚愕に満ちている。
「おい、こいつ化け物だ! 悪しき者の使いだ! お前らを騙して人の命を奪ってを食っちまってたんだよ!」
チョウカの叫びにとうとう集まっていた者たちは一斉に出口に向かって走り出した。悲鳴をあげながらあちこちに散らばり大混乱となる。特に貧しい者たちは食事を満足に取れていないので足が遅い。そういう人たちを蹴飛ばして踏みつけて我先にと出口に向かっていったのは金持ちの連中だった。
ランカは勢いよくチョウカに向かって突っ込んでくる。その速さは先ほどと同様普通の人間ではない。しかしチョウカは笑いながら先ほど死んだ男を投げつけた。勢いがつきすぎていたランカは避けることができず死体が激突する。勢いが削がれたところにチョウカがランカの首を思いっきり蹴りつけた。
ゴギン! と音がしておかしな方向に首が曲がる。逃げ遅れた者たちはそれを見て悲鳴をあげた。
「いきなりおっ始めるなよ!」
「猿芝居に付き合ってやったんだ、十分だろ。お前外にいた時飛んでたから臭い気づかなかったんだろうけど、あの女の近く通った時からめちゃくちゃ臭かったんだよな」
首がおかしな方向に曲がっているままランカはチョウカに向かって攻撃を仕掛けてくる。しかしチョウカはそれらすべてを涼しい顔でかわしていた。
「手伝う?」
「いらんかなあ、雑魚だ」
その言葉通りランカの攻撃は全くチョウカに当たらない。しかもランカはいまだに玉を大事に抱えている。基本的には蹴りの攻撃しかできないようだ。
「化粧と香の匂いで多少はごまかせてたようだが、臭くてしょうがねえ」
臭い、の一言にランカが血相を変えて襲いかかってきた。どうやら癪に触ったらしい。無表情だったのにそこには反応するのか、と不思議な気持ちだ。
「女性に臭いは失礼だったんだろ」
「それもあるのかもしれないが。どうせ昔好きだった男にでも言われたとかじゃねえの」
戦っている二人が動きまわっているのでようやくラオの鼻にも届いた。それは腐臭だ。
「屍人じゃん、そいつ」
「そういうこった。首曲がったままピンピンしてるし」