全てを守りたい御曹司とメモリーカード
妹を教室に連れて行くと、俺と妹の遊び(?)に慣れた生徒達が微笑ましく視線を向けてきた。一条だけが呆れた表情で妹を見ている。
妹を世界一の椅子に座らせると、俺は教室を後にし、扉を閉める。
そういえば、一条に凄腕の護衛3人の1人は【黒血を継ぐ魔女】だと言うのを忘れていた。……いや、どのみち妹の前では言えないから後で……むっ!?
「御曹司。お昼にラビット•イヤーでランチでもどうかしら?」
「…………」
【黒血を継ぐ魔女】よ。
世界広しと言えど、暗殺者だとバレていながら獲物をランチに誘う暗殺者はいないし、『はい、行きましょう』と言ってほいほいと暗殺者とランチに行く獲物もいない。
「もちろん御曹司のおごりよ。妹ちゃんも誘ったらどうかしら?」
「断る」
俺達を獲物にするだけでは物足りず、おごらせる気でいる。厚かましいにもほどがある。
それに、妹は【黒血を継ぐ魔女】が同級生を切った理由を知らないため、誤解したままだ。一緒にランチなどできるわけがない。
「残念ね。……」
「妹は同級生が暗殺者だった事と知らず、【黒血を継ぐ魔女】に命を救われた事を知らない。真実を話てやりたいが、【黒血を継ぐ魔女】が妹を獲物にしている事に変わりないため、話ても意味はない。悪いが……むっ?」
【黒血を継ぐ魔女】は値踏みするような、思わせぶりな表情で俺を見ている。
どうしたんだ?
「頑張ってちょうだい」
「?」
頑張れ?
何を頑張ればいいんだ?
妹に振り回される俺を応援してくれているのか?
【黒血を継ぐ魔女】は踵を返し、多目的ホールに向かう。
コツ、コツ、コツ、とヒールが床を叩く音が廊下に響く。メトロノームを思わせる規則正しいヒール音に催眠術かと疑ってしまう。
耳に残る音だ。もし、気配を消しながらヒール音だけ鳴らされたら、見えない存在に恐怖するだろう。そして、このヒール音が【黒血を継ぐ魔女】の音だとわかっている人間には————
……………………
………………
…………
……
ふと、ポケットに手を入れるとお宝が出てきた。正確には、お宝の存在を忘れていただけなのだが。
このお宝は、入学式の翌日に学校をサボる妹を探している最中、空菱さんにいただいたメモリーカード。妹の写真や映像のデータが入っている。今の今まで見ないでいたとは……兄として不覚だった。
だが、あの日は妹が学校にいなくて朝から慌てていた。放課後も八王子や枡田や麻生と妹攻略を考えたり、暴漢騒ぎで警察署に行ったりして、メモリーカードの存在を忘れていた。不覚だが、覚えていたとしても、ここ1週間はゆっくりと見る余裕は無かっただろうな。
見たいな。
よし、見るか。
ポケットから携帯情報端末を出す。
メモリーカードを携帯情報端末に挿入するため、……〜〜……むむっ……どうも携帯情報端末は小さくて扱いにくい。
「こちらをお使いください」
いつから居たのか花菱さんと空菱さんが俺の背後にいた。
花菱さんの手には用紙サイズでA5ぐらいのタブレット式携帯情報端末がある。八王子が持ち歩いてるのと同じだ。
「ありがとうございます」
「お使いになられております端末のSIMカードを挿入すれば、そのまま使えます」
「いただいても良いのですか?」
「はい。私と空菱が共有している情報や唯衣お嬢様と沙織お嬢様の位置情報を見られるようにしておきました。一条君に渡す予定でしたが、先に花道様へとおっしゃいましたので」
「そうでしたか。後で一条にもお礼を言っておきます」
一条、感謝する。
使っていた携帯情報端末からSIMカードを取り出してタブレット式携帯情報端末にSIMカードとメモリーカードを挿入する。
操作方法は今まで使っていた端末と大差ない。
メモリーカードからのデータを端末に保存しながら、画像を見ていく。
【ラビット•イヤーの窓越しに何かを見ている妹】
おそらく、この角度からだと赤門を見ているのだろう。妹は寂しい表情をしている。
【ラビット•イヤーの窓越しで俺がバスタオルで妹の顔を拭いてる】
コレは入学式翌日のだな。
妹との初写真だ。……〜空菱さん、感謝します。
【卵型の世界一の椅子に乗りながら歩道を散歩している妹】
不機嫌な表情をしている。
俺が怒らせて生徒会室を出て行った後のだな。
俺も知っている妹だと思ったら涙が出てくる。
【レンタル店で一条と会話している妹】
【レンタル店で子供達に囲まれて困っている妹】
【暴漢に蹴りを入れる一条を哀しい表情で見ている妹】
【変な格好して巨馬に乗る妹】
色々な表情しているな……〜。
んっ?
写真だけでなく映像もあるのか。
画面をタッチすると、用紙サイズでA5の画面に映像が映し出される。
妹が夜のバルコニーで寝そべっている。
何をしているんだ?
『お嬢様なわたしは怪物兵器アンチマテリアルライフルを使いこなす。ふっふっふ。このバレットM82A3CQB……MIDだったかな? よくわからないけど、すごいのが火を噴く』
妹は狙撃手の真似事をやっているようだ。
『西からの向かい風。このバスティ……バスなんちゃらをチチチ、チチチ、お嬢様なわたしが使うに相応しいスコープだ。あっ間違えた。ここは東側だから北東的な向かい風……チチチ』
妹よ。髪の毛が後ろからの風で靡いているから向かい風ではないぞ。
『よし、バッチリ筋肉オヤジを捉えた』
!!?
『くらえ筋肉オヤジ! ドンッ! チリンチリン。空薬莢の音色が気持ちいいぜ』
妹が……、
『ば、バカな! お嬢様なわたしの弾丸が胸筋に挟まれている!』
妹が……、
『もう1発だ! ドンッ!』
妹が……、
『なに! 次は背筋で弾丸を挟めただと!』
妹が……、
『お嬢様。ボルト•ハンドルを後方に引いておりませんから弾薬は薬室へ装填されておりません』
「まずい! 筋肉オヤジにバレた!」
妹が……〜、
俺と……〜、
俺なんかと……〜、
遊んでくれている……〜。
妹は俺とこういう風に遊びたいのか……〜。
涙が止まらない。
胸が張り裂けそうだ。
空菱さんや花菱さんがいなくて、ここが廊下、学校でなかったら、号泣している。
「そ、空菱さん。俺はまだ……だ、弾丸を挟め、ません」
「受け止められるだけで十分です」
「妹は、挟んで、俺に弾丸を挟んでほしいんです」
「そのようですね」
「俺。もっと、もっと、頑張って、妹に相応しい、兄に、なります」
「十分、相応しい兄ですよ」
「ありがとう、ございます。ありがとうございます。ありがとうございます————」




