全てを守りたい御曹司のゲンコツ
俺の携帯情報端末がピリリリリと鳴り出した。
ポケットから出して画面を見ると空菱さんと表示されていた。
妹が怒って帰ったから何があったのか聞きたいのかな。
俺は画面にある着信ボタンをタッチし、端末を耳に付ける。
「もしもし。妹が怒っていたのは……」
『唯衣お嬢様と一条君が警察署に連行されました』
「はい?」
『レンタル店に立ち寄ったところに暴漢が現れ、一条君が————』
「レンタル店に、暴漢……? 警察署……!」
バッと席を立ち、空菱さんの声が漏れている端末を握りしめ、生徒会室を後にする。
妹が暴漢に襲われた?
一条と警察署に連行?
ケガは、ケガは、ケガは……。
全速力で警察署に向かった。
妹が連行されたなら柳田さんがいる警察署だ。
学校からそんなに遠くない場所にある。
タクシーを使うより裏道や細道をぬっていけば10分かからず行ける。
3階建てコンクリート造りの警察署に到着。
機動隊と特殊部隊が警察署の周囲に配置され、一般人の立ち入りを制限している。
警察署で何かの撮影だと勘違いしている野次馬が指を差す上空では数機のヘリコプターが旋回している。
機動隊員が小走りでやってくる。俺が会釈すると、機動隊員は警察署の玄関まで誘導してくれた。
ゆっくりと開く自動ドアに、焦る気持ちからの不快感が込み上げてくる。
機動隊員は俺が署内に入るのを確認すると元の位置に戻る。
玄関ホールで俺の到着を待っていたであろう40代後半の女署長に会釈する。
「署長。妹と一条のケガは……?」
「お嬢様も一条君も無傷です。現在、柳田警視正と2階会議室におられます」
署長は踵を返して署内の奥へ歩を進める。俺は後に続く。
「よかった。……一般人に被害はありましたか?」
「一条君の協力により、死傷者無しです。暴漢は特別室で治療を受けながら、空菱とひよこ女史に尋問されております」
「治療を受けながらの尋問ですか……」
「尺骨、橈骨、腓骨、肋骨が治りやすいように折られ、後からの尋問に備えて喉を潰さず適度な恐怖心だけを植え付けて生かされておりました。さすがは一条の子……末恐ろしいと言いますか、将来有望と言いますか」
「そうですか……」
「こちらに居られます」
2階会議室に到着した。
署長と話たら少しだが気が紛れた。
深呼吸し、ドアノブに手を添える。
扉を開けると……。
妹は食事中だった。
無事な妹を見て込み上げた感情は一瞬の安堵と湧き上がる怒りだった。
お気楽な妹に怒りは止まらず、妹と一条にゲンコツしてしまった。
「なにすんだ筋肉オヤジ! 警察署にカチコミに来たならお嬢様なわたしではなく、柳田庶民か署長を殴れ! 立場は柳田庶民が上……」
妹に反省の色はない。反抗してくるため、更にゲンコツをした。
「グワッ! お嬢様よお、あんまダンナを怒らせんな」
「甘い甘い!」
妹はゲンコツを両腕で受け止めると、
「その程度のゲンコツ! 有名な誰かが言ったように、同じゲンコツは2度も通じ………」
甘い!!
妹の両腕ごと頭にゲンコツする。
「上等だ筋肉ヤクザ! 帝王であり百獣の王を兼業しているお嬢様なわたしが逮捕してやる!」
妹もやはり父さんの子。打たれ強い。それに……認めたくなかったけど妹は間違いなく父さん似だ!
良い意味でも悪い意味でも猪突猛進!! 目の前の事しか頭にない。暴れそうなので、母さんが父さんを黙らせる時と同じように頭突きするしかない!!!
ズガンッ!!!!
「ギャッ!?」
妹は崩れるように倒れる。
やりすぎてしまった。
父さんならコブを作る程度でケロっとしていたが、妹はドリルのチチが……と呟きながら気絶してしまった。
「ダンナが運べよお」
「!」
一条の言葉に心音が跳ね上がる。
「俺が運んでも……いいのか?」
「ダンナの妹だろうがあ」
「……わ、わかった」
ヨダレを垂らしながら眠る妹を抱き上げる。
小さい。
なんて小さいんだ。
妹が成長していても、俺も成長している。
両腕の中に収まる妹は、15年経っているのに産まれた時と同じだ、と錯覚させる。
一条の前なのに、涙が止まらない。
情けない先輩、情けない兄だ。
——————
————
——
妹を家へと送るために会議室を後にすると、ひよこ女史と空菱さんが玄関ホールで迎えてくれた。
俺には2人に納得できない事がある。
暴漢がひよこ女史や空菱さんからの尋問を受けて無事かどうかは心配していない。傷を治しながらの尋問という事で生きてはいるだろう。
問題は、暴漢が尋問をされる前の過程に問題があるのだ。
妹の近くには常に空菱さんがいるし、ひよこ女史も妹の近くにいたはず。この2人が妹の近くにいて、何故、暴漢は妹の前に現れられたのだ?
「ひよこ女史、空菱さん。妹の近くに2人がいたのに、何故、妹が暴漢に襲われたのですか?」
「新垣さんがたまたま立ち寄ったレンタル店に、たまたま新垣さんを狙う暴漢がいるはずないからで〜す」
俺は暴漢が妹の前に現れる前にひよこ女史や空菱さんなら拘束できただろ、と言いたいし言葉の中にも含めていた。だが、ひよこ女史の言葉には俺が求めている要点がない。たまたま立ち寄った場所にたまたま暴漢がいない……?
「どういう意味ですか?」
「後から監視カメラの映像を見たらわかる事ですが、暴漢は新垣さんではなく、新垣さんの前にいる一条君を狙っていたので〜す。先生と空菱ちゃんは『ターゲットは新垣さんではない』と見抜いたので、良い機会ですし一条君の実力を見る事にしました〜」
暴漢は妹の前にいる一条を狙っていた?
一条に暴漢から狙われる理由があるという事か? 違う。それなら『一条が狙われていた』と言うはず。ひよこ女史は『新垣さんの前にいる一条君を狙っていた』と言った。
レンタル店で妹の前にいたのか、それとも学校で一条が妹の前の席——正確には斜め前——にいる事を差してるのか、どちらにしても妹の前にいる一条を……、
「それは【黒……」
「生徒会長さ〜ん」
ひよこ女史は俺の返答に対して笑顔のまま冷めた空気を出す。『そんな事を聞くな。ターゲットの前で獲物を切り刻む【黒血を継ぐ魔女】の差し金に決まっているだろ』という事だろう。
【黒血を継ぐ魔女】は、ターゲットの目の前で家族や友人を切り刻む事により、直接的な負の感情をターゲットから報酬としてもらう。そしてターゲットや切り刻んだ獲物を生かす事で、深層心理から負の感情を忘れさせない記憶にする。
【黒血を継ぐ魔女】は一条が妹に害があると判断したのか?
いや、それなら直接一条を切り刻むはずだ。
何故、【黒血を継ぐ魔女】は一条に暴漢を差し向けた?
「学校には反新垣派がいますからね〜。先生も機会があれば教育しますが、反新垣派の生徒は一条君がぶっ倒してくれた方が先生や空菱ちゃん的には他に気を回せま〜す」
「!?」
ひよこ女史は一条の実力を見ていたと言っていた。他に気を回せるというのは、一条が妹の護衛として反新垣派から妹を守れるなら自分達は【黒血を継ぐ魔女】や暗殺者に対してより警戒できる、という事になる。それはそのまま、自分の獲物を横取りされるのを嫌う【黒血を継ぐ魔女】が一条を試した事になり、ひよこ女史と空菱さんはソレを見て見ぬ振りして一条が妹の近くにいるのに相応しいかを見ていた。
ひよこ女史はともかく、空菱さんまでナイフや自動拳銃を持つ暴漢相手に黙殺するとは……。
「…………〜」
「生徒会長さん。新垣さんを守るとはそういう事で〜す。生徒会長さんが、一条君なら反新垣派対策になるだろう、と望んだ事ですよ〜。ソレを先生と空菱ちゃんは大人目線から見ていただけで〜す」
わかっている。
妹がより安全に安心して学校へ通えるようにと考えて、俺が一条を妹の席の斜め前の席にした。
わかっているんだ。わかっているけど、ナイフや自動拳銃を持つ相手だとは想定していなかった。大人目線では、反新垣派の生徒が凶器を学校に持ち込む可能性があるというのか?
無いと思いたい。しかし、【黒血を継ぐ魔女】がナイフと自動拳銃を持たせた暴漢を一条に差し向け、ひよこ女史と空菱さんが見て見ぬ振りした。大人目線では有り得るという事だ。
「一条……」
「なんだあ?」
「…………。俺は学校にナイフや自動拳銃を持ち込んでまで妹を狙うのは暗殺者しかいないと思っている」
「見方の違いだろおなあ」
「?」
見方の違い?
どういう意味だ?
「生徒会長さ〜ん。新垣さんは同い年の暗殺者に狙われた時、誰かさんに助けられたのをお忘れですか〜?」
「!!?」
「ダンナよお。俺はお嬢様の過去は知らねえけど、俺はダンナや八王子やひよこちゃんやそこの姉さんや執事のじいさん含めて『敵かもしれねえ』と思ってお嬢様を護衛してねえと守れる自信はねえ。それはお嬢様以外は敵つう事だあ。それに、反新垣派つうわけわかんねえ連中がお嬢様を殺す気なら、部活で使う野球のバットから弓道の矢まで武器にするだろう。もしも暗殺者と繋がりある連中ならナイフや拳銃ぐらい用意するだろうなあ」
一条をチラッと俺を見上げると、はぁと呆れるようにため息を吐き、
「ダンナがそんな甘々じゃよお、反新垣派は好き放題お嬢様を狙ってくるだろうがあ。護衛としてお嬢様を守るために、ダンナを排除しねえとならねえぞお」
八王子と同じ事、類似した事を一条も言った。
妹だけではなく全てを守りたいという俺の考えは2人から見たらエゴなのだろうな。
「一条君正解で〜す。特に先生や花菱君だけでなく、15年間妹ちゃんを思い続けてきた生徒会長さんや親代わりの空菱ちゃんを敵として見るのは高得点で〜す。これなら八王子さんの信用も得られま〜す」
「適当な事言ってんじゃねえよ。点数や信用が欲しくて護衛を引き受けたんじゃねえし、ましてやダンナに頼まれていたからでもねえ」
「どうして新垣さんの護衛を引き受けたのですか〜? 一条君と同じく、周り全てを敵として見ている先生に教えてくださ〜い。答えが癇に障ったらこの場で殺しちゃいま〜……」
ひよこ女史の殺意が一条に向けられた瞬間、
「なら死ねや」
一条は懐から自動拳銃を出してひよこ女史の胴体に向けて躊躇なく引き金を引く。
ガンッ!
ガンッガンッ!
ガンッガンッガンッ!
ガンッガンッガンッガンッ!
止まらない銃声が署内に響く中、俺は跳弾から妹を守るために被さるように抱きしめる。
「一条! ひよこ女史は敵ではない!」
「甘いんだよ。敵になるかも、と思っただけ、その時点で殺す価値十分なんだあ。覚えておけえ」
一条は懐に手を入れて更に拳銃を出す。そして、その銃口が安全装置を切る音と同時に俺の額に向けられる。
2丁の自動拳銃をどこから手に入れたという自問に自答を出している暇はない。
「お嬢様はダンナと違って弾丸一発、ナイフ一刺しで死んじまうんだあ。『〜たら大丈夫』『〜れば大丈夫』と戯言を言ってたらなあ、『〜たら』『〜れば』とお嬢様が死んだ後に言い訳を並べてる事になんぞお。命の天秤の前ではグレーは黒だあ、止めんならダンナも敵だあ」
明確な殺意が一条にはある。
俺の返答一つで引き金を躊躇なく引くだろう。それが妹を守るための自分の意思だと言うように。
「合格で〜す」
「うるせえよ」
ひよこ女史の声音に躊躇なく引き金に力を込める。
が、銃声は鳴らない。引き金が固着したように固まっている。
一条はひよこ女史に向けている自動拳銃を捨て、俺に向けている銃口をそのままに、ひよこ女史の胸ぐらを空いた手で掴んで持ち上げる。
「ちっ。1発も入ってねえのかよ」
「正確にはかすってもいませ〜ん」
ひよこ女史は黄色チョークを一条の眼前でペン回しするように遊ばせると、天井を指し示す。
一条はチラッと天井を見る。
「そのチョークで全弾天井に跳弾させたつうのか?」
天井には星座のように描かれた合格という文字が弾丸で作られていた。
「弾倉には1発残ってますから全弾ではないですね〜。それよりも、寸分たがわず同じ位置に撃ち込めるとは……先生は一条君をナメてました〜」
「そうかよ。そんならこの位置からならどうだあ?」
一条は俺に向けていた銃口をひよこ女史の口の中へ突っ込む。
「ふむふむ。ひち条ふん、合かふ
で〜ふ」
ひよこ女史がはむはむと飴を舐めるように口を動かすと、自動拳銃はガチャカチャと音を鳴らし、一条の手の中で黒い部品になり変わり、床に落ちていく。
「非常識にも程があんだろうがあ。どうなってんだあ」
「18禁の舌技で〜す」
「……俺はまだあんたを合格とは思えねえ。かと言って殺せる自信もねえ。この関係性はどうするよ?」
「一条君は先生や空菱ちゃんが新垣さんを守りやすいようにしてくれるだけでいいで〜す」
「あんたがなんのためにお嬢様を守るのか教えろや。そこの姉さんもなあ」
「私は親代わりです」
空菱さんの言葉に嘘はない。
一条も親代わりの柳田さんに育てもらっている経緯はあるから納得は……。
「俺は親代わりである柳田さんも敵として見てんだけど、そこんとこは?」
一条は妹を守るためなら、自分が育てられてきた気持ちを押し殺し、柳田さんの親代わりという立場から生まれた情を踏みにじる事を厭わない。俺には考えられない割り切りだ。
空菱さんはそんな一条を理解しているように表情を変えない。
「一条君が役に立たなければ親として手段を選ばないだけです」
「模範解答だあ。ダンナにも見習ってほしいもんだなあ。そんで、先生の皮を被った一級の暗殺者がお嬢様を守る理由は?」
「先生は暗殺者ではありませ〜ん」
「守る理由を聞いてんだよ」
「お金はいただいてますが、恩人の娘を守るのに理由はありませ〜ん。強いて言うなら、今を生きる理由が恩人にあるだけで〜す」
「……。一身上の都合つうやつかあ。まぁいいか……そんでダンナ、俺になんか言う事あるか?」
俺が言いたい事は山ほどある。
柳田さんや空菱さんの気持ち、ひよこ女史の必要性、思い浮かぶだけ口に出したい。しかし、一条が俺に求めている返答は俺が思い浮かべてる事ではない。わかっている。わかっているが、一つだけ解決しておきたい事がある。
「まず、生徒会長の返答として、自動拳銃2丁はどこから手に入れた?」
「就職祝いに署長と柳田さんから貰った」
嘘だ。
署長と柳田さんが自動拳銃を渡す訳がない。
チラッと署長と柳田さんを見ると、2人は視線を逸らすように目を泳がせた。
ま、まさか……。
「署長、柳田さん……嘘、ですよね?」
「御曹司。そんな些細な事よりお嬢様です」
「警察署の署長と警視正という役職にある2人から自動拳銃をプレゼントされ、警察署内で発砲したのが些細な事ですか?」
「「一切記憶にございません」」
「…………」
署長と柳田さんは罰悪い表情しているから、今後は一条にやましい物をプレゼントしないだろう。疑えばキリがないと加えなければならないが。
そもそも俺は2人を問い詰められる立場ではない。それに先ほどから一条が俺の返答を待っている。
「一条。言いたい事は山ほどある。それを一つ一つ並べたところだが……不甲斐ない俺では目の届かない事も山ほどある」
「んなもんわかってんだよ」
「妹を頼む」
「甘いんだよ。妹のために死んでくれつうぐらい軽口で言いやがれ」




