全てを守りたい御曹司の妹探し
入学式、翌日。
生徒会室。
朝の筋トレをしていると、ひよこ女史が珍しく真面目な顔を作りながら入室してきた。
どうしたのだろう、と訝しんでいると。
「新垣さんが教室にいませ〜ん。空菱ちゃんは学校に入ったのを確認したみたいですが、八王子さんはいるのに新垣さんはどこに……」
「探してきます!!」
俺はひよこ女史の言葉を最後まで聞かず、生徒会室を飛び出した。
学校に来ているのに教室にいない?
何故だ? 何故だ? 何故だ? 何故だ?
各教室を回った後、体育館に行く。ステージや用具庫や放送室を隅から隅まで探す。
校舎内に妹はいない。いや、まだ探していない場所がある。
校舎内に点在している消火栓設備を手当たり次第開けて確認する。……妹なら隠れていそうだと思ったが、いない。
どこに。どこに。どこに。どこにいる!
屋上……?
思い付いたと同時に、階段を駆け上がって屋上への扉を開ける。
屋上には空菱さんがいた。
「空菱さん! 妹が、妹がいません!」
「……〜」
空菱さんは俺を一瞥すると、
「ラビット•イヤーで頭を冷やしてきてください。それとこちらを」
「いや、そんな事を……」
「ヒドい顔をしておられます」
どんな顔をしているかはわからないが、ヒドい顔をしているのだろう。空菱さんはポケットからメモリーカードを出すと、俺の手にメモリーカードを握らせる。
このメモリーカードには、空菱さんが撮影した妹の写真や映像が入っている。父さんや母さんにも贈ってるだろう。いつもありがとうございます。
今は見る余裕ありませんが……いや、空菱さんはラビット•イヤーで妹の写真を見て頭を冷やしていろ、と遠回しに言ってるのかもしれないな。
情けない。情けなさすぎる。
親友の一馬に相談しよう。
一馬なら妹とも仲良くしてくれるだろうし、俺とも仲良くしてくれるように言ってくれるかもしれない。
ラビット•イヤーへ入ってカウンターに座ると、相談まじりに妹が行方不明なのを一馬に伝える。
ほとんど愚痴だった。自分の不甲斐なさに対しての。
「店員さん。よろしいですか」
店内にお客さんがいたのに気づかなかったとはな。
騒がしく入店してしまったから迷惑をかけてしまったかもしれない。
一馬が行った先に視線を向ける。
………………むっ?
…………学校の制服だな。
……まったく朝からサボるとは。
生徒会長として見過ごすわけには…………。
妹はラビット•イヤーにいた。
「……〜!」
妹を見た瞬間に湧き上がってきた感情は安堵より怒りだった。
だが、ここで怒ったら更に嫌われてしまう。
それはイヤだ。
なにより、怒ったら逃げそうだ。
俺はナポリタン畳盛りを片手に妹がいるボックス席に行く。
妹は俺の顔を見ると不機嫌な顔を作る。
「新垣唯衣。なんで学校をサボッている」
「お嬢様なわたくしの進む道は覇道。学校という枠の中に学ぶモノはありません」
「まさかの厨二病か」
妹に学校をサボっているという意識はない。
このままでは、ナポリタンを食べたら妹は逃げるだろう。
妹の瞬間的な逃げ足の速さは俺の筋肉も一歩遅れを取るから、何か対策をしなければならないな。
まずは、畳盛りの皿をテーブルに置いて逃げ道を塞ぐとしよう。
「生徒会長様。わたくしにご用がおありでなければ、他に空いてる席がございますので、そちらに行ってもらえますか?」
「ご用が大有りだ」
生徒会長としてもお兄ちゃんとしても、学校をサボらせるわけにはいかない。
「ご用とは?」
「ナポリタンが冷めるぞ。食え」
「言われなくてもいただきます」
妹はフォークを下手くそに回してナポリタンを絡ませていく。
まさに天使! 写真に残したい欲求を抑えるのでやっとだ。
ナポリタンを絡ませすぎて口よりも大きくなっているのがたまらん!
口の周りを汚しながら食べる! それこそナポリタンを食べる時のマナー! いや、作法と言ってもいい!!
それよりもなによりも、妹は、本当に嬉しそうに食べるな……。
「美味いか?」
「あなたの存在で美味しさが百倍損なわれておりますが、百倍損なわれてこの美味しさは評価に値します」
またムッとした顔になってしまった。
俺は妹に嫌われている事を————
「そうか。こ、……コーヒー、美味かったか?」
————自覚しないとならないな。
嫌われているなんて、考えただけで胸が張り裂けそうだ。
「お店に入らずとも二軒先から教えてくれる芳醇な香りは、良い豆があり、上級のバリスタがいるとわかります。そうでなければ、お嬢様なわたくしはお店に入りません」
!!?
「そうか。良い豆か」
良いコーヒー豆。
俺は嫌われているけど、コーヒーは、俺が作ったコーヒー豆は好きだと思ってもいいのかな……?
嬉しい気持ちから胸が苦しくなり、涙が出てきた。
「ナポリタン、足りなかったら、俺の皿のも食っていいからな」
席を立ち、トイレへと向かう。
便座を前にしたら、声が漏れ、ボロボロと涙が出る。
胸に秘めている苦悩を見せないように作るムッとした表情、ふと見せる嬉しそうな表情、俺達家族の天使は哀しい表情だけでなくちゃんと嬉しそうに笑える。
父さんと母さんにも見せてやりたい。
涙を流すと頭が冷静になり、一馬の言葉を思い出す。
『それだけ心配って事だろ。もしかしたら目星が付いたから、頭を冷やせと言ったのかもしれないしな』
ひよこ女史は妹が教室にいない時点で、常に妹の近くにいる空菱さんに連絡している。その空菱さんは屋上にいたのだ。
ひよこ女史も空菱さんも妹がラビット•イヤーにいるのをわかっていたのだ。
…………。
俺は、ひよこ女史に試されていたのかもしれないな。
妹を教室に連れて行くと、ひよこ女史にため息を吐かれた。
やはり俺を試していたようだ。
もし本当の緊急時だったら、冷静な判断を失いながら校舎内を走り回った俺は戦力外という事だ。
情けない。なんて情けない兄なんだ。
世界一の椅子に妹を監禁する事になってしまったのも、俺が情けないからだ。
窮屈な思いをさせて申し訳ない。
俺はひよこ女史に一礼して教室を後にした。
——————
————
——
放課後。
妹は世界一の椅子から脱走した。
八王子が協力して世界一の椅子で3Dの妹を作り、またラビット•イヤーに行ってたようだ。
まったく呆れてしまうの一言だ。
だが、発見もあった。
妹の頭を掴むと、借りてきたキャッツのようにおとなしくなったのだ。まさに天使!!
一斤トーストとナポリタンを食べたかっただけかもしれないが、おとなしくなったのだ!
深層心理では覚えている、という八王子の予想は当たっていたと思ってもいいかもしれない。
この調子で会話も弾ませよう。と、したが……。
「悟ったような顔をするな、庶民!!!! わたしに関わるな、庶民!!!!」
また妹を怒らせてしまった。
「お嬢様なわたしが庶民の反面教師になるなら勝手にすればいい。努力と友情がないと勝利にすがれない庶民には『最優秀な反面教師』だ。帝王でありお嬢様なわたしを見て、毒を抜かれた蛇になってくれる」
見るだけでは毒を抜けないのは知っているだろ。
毒は誰かが抜くのではなく、自分で抜かなければならないのを知っているだろ。
だから、毒を溜め込まないでくれ。今まで溜めた毒を抜いてくれ。もう、毒を溜めないでいいんだ。少しずつでもいいから毒を抜いてくれ。
「……、自分の毒は抜かないのか?」
「黙れ庶民!!!!」
妹は生徒会室から出て行ってしまった。
外見は母親似でも内面は父親似だ。いや、母親の優しさと父親の思い込みの強さがちゃんと遺伝しているから、他人を大事に思える優しく気高い妹になったのだ。
怒らせたのは俺の思慮が足りなかっただけだ。
お決まりのように、ひよこ女史はスケッチブックに『復習で〜す』と書き残し、妹を追って行った。
生徒会室には俺と八王子と花菱さんが残っている。
八王子は用紙にボールペンを走らせて俺の反省点を並べると、
「閣下と唯衣ちゃんの性格から、今の頑なな唯衣ちゃんでは攻略に一筋の光も無いですわ。ですが、他の男子とは明らかに対応が違うのも事実です」
「まるで、妹が兄を煙たがる時期に見せる反抗みたいですな」
「花菱? そうなのですか?」
「他の男子と対応が違うなら、兄妹だから……と考えるのが自然かと思います」
花菱さんは気を使ってくれているのだろう。だが……。
「閣下。花菱の言葉は一縷の希望には十分ですわ」
「うむ。十分すぎる。十分すぎて嬉しい。が……」
「唯衣ちゃんの中では閣下は他人ですから、ただ拒絶しているだけの他人より、閣下は嫌われている事になりますわ」
ぐっさりと胸を貫く言葉だ。
もう少し気を使ってほしい。
「会長。妹さんが……って」
枡田と麻生が生徒会室に入ってきた。
八王子への自己紹介を終わらせ、妹との経緯を2人に伝え、違う方向からの妹攻略を考えた。
「会長! 一縷の希望ではないでしょう! 離れ離れだった妹さんが今はいるんですぜ! これはもう奇跡が起きた後の現実! その現実で、会長なら頭を掴んでいいんですぜ! もっと喜んでくだせえ!」
「そ、そうか?」
「そうでさあ!!」
枡田の前向きな言葉にはいつも励まされる。
「枡田さんは楽観的ですわね」
「八王子。会長はな、今まで楽観的にさえなれなかったんだ。一方的に妹さんを思うだけで、何もできなかったんだ。一縷の希望なんていう予想で片付けないで、今は妹さんがいる現実で行動できる事を自覚しないとならねえ。会長、嫌われてなんぼですぜ! ガンガン行きやしょうや!」
「嫌われてなんぼ……か」
「兄貴なんて妹に嫌われるもんでさ! 俺の妹なんて、俺のパンツとは一緒に洗濯しないでだの、俺が入った風呂のお湯を抜くだの、毎日毎日変人を見るような視線を向けてきますぜ!」
「枡田はそんな妹とちゃんと話ができているのか……?」
「無視されてますがガンガンいってまさあ!!!! 会長は遠慮しすぎですぜ!!」
たしかに、俺は妹に遠慮している。
枡田のようにもっと……。
「楽観的ですわ。枡田さんの行為は今までに培ってきた兄妹関係から、離れたくても離れられないと自覚し嫌悪しても諦めるしかない、と妹さんは割り切っているだけですわ」
「八王子に一票だな。花見会長の妹と将斗の妹では境遇がまったく違う。だが……」
「境遇が、境遇が、て言ってたらなんも……」
「まだ、話ている途中だ」
麻生は冷たい視線を向けて枡田の言葉を止めると、
「だが、将斗の言葉に一理あるのも事実。将斗のように楽観的すぎても良い結果は生まれないが、八王子は慎重すぎると思う。今は妹と共に行動できる、という現実を掴んだ事を花道会長は自覚し、妹攻略の前工程でもある『距離の詰め方』を考えた方が良い」
「麻生先輩に一票ですわ。予想に予想を重ねるより、時に一つの行動が光明を生む事もありますから」
「距離の詰め方は慎重に議論し、行動は会長らしく豪快に、という事か?」
「はい。枡田さんのように考えなしに行動すると嫌われたままになる、という例がありますから、閣下は枡田さんのようにはならないよう慎重に議論し行動する時は閣下らしく————なんですか枡田さん?」
「八王子。お前、俺を先輩だと思ってないだろ。なんか妹が俺を見ている時と同じような目になってるし、麻生の事は麻生先輩と言ってるのに俺には枡田さんだし」
「さん付けは必要ありませんか、枡田? どのみち社会に出ればワタクシが上司で枡田は枡田。枡田は枡田らしく枡田としてしか生きていけませんから、唯衣ちゃんに悪影響になりそうな枡田はできれば枡田らしく死んでください」
「そうだな。枡田は枡田だから枡田らしく死ねばいい」
「テメェらなあ!!!!」
熱血の枡田と冷静な麻生は意見が合わなくてもお互いに譲り合う形ができあがっている。だが、慎重派の八王子と熱血の枡田は水と油だな。八王子が枡田を先輩として認めないとは予想していた事だが、ここまでズゲズゲとコケにするとは思わなかった。
注意した方がいいか……いや、枡田はそんな小さな事を気にしないし、八王子グループ会長の娘という出生に遠慮しない枡田だから八王子も遠慮しないでいられる。
それに、八王子の慎重さと枡田の行動力が合わさった距離の詰め方があれば、それほど効果的なモノはない。2人が反発し、麻生がまとめる。妹攻略で生まれた生徒会の形だ。
「もういい。もう枡田でも枡でもなんでもいい。とりあえず会長と妹さんは部活見学でもして一緒に汗を流せば仲良しこよしだ」
枡田よ。切り替え早いな。
それと、妥協案で自分から枡にしてどうする。
「麻生先輩。フランスパンがまた楽観的な事を言っております」
枡田の呼び方がフランスパンになってしまった。
「八王子。フランスパンは、外は硬くて中はスカスカだから仕方ない。とりあえず、部活見学は妥当な距離の詰め方だ。だが、部活見学をしたい気持ちになってもらう、という難関がある。そして部活見学をする事になっても、ただただ部活を回るのではなく、妹の好みから回る部活を決めた方がいい。八王子、私は部活見学をしたい気持ちにさせる方法に心当たりがあるから、回る部活は八王子がリストアップしといてくれ」
「はい」
「俺は何をやるんだ?」
「フランスパンは退学届を書いておいてください」
「書き終わったら校長に渡して学校を去れ、フランスパン」
「……なんか俺への風当たりが強いぞ……?」
「枡田。一緒に部活を見て回り、距離を詰めるという作戦だ。麻生と八王子で外堀を埋めるから、枡田は部活監査担当の仕事をしていればいいのだ。……んっ?」
ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリリリ————




