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全てを守りたい御曹司の天使

 

 朝日ケ丘大学高等部入学式、当日。


 俺は妹の成長を空菱さんが贈ってくれる写真や映像でしか見た事がない。それは父や母も。

 何故なら、妹は自分が父親に抱かれている写真を見ただけでストレスから吐いて、家族を拒絶したからだ。

 空菱さんは指しか写っていない写真を何度も見せたみたいだが、妹は家族がいると思っただけで嫌悪し焦燥するようになっていたみたいだ。

 妹が家族を拒絶していると聞いた時の父親と母親の顔は目に浮かぶ。

 天使に拒絶されたら誰でも言葉を失うだろう。

 その天使の笑顔を奪ったのは妹を狙う暗殺者なのか、妹の前で妹の命を救うために妹の命を狙っていた暗殺者を切り刻んだ【黒血を継ぐ魔女】なのか、何度も何度も葛藤しているが、天使の笑顔を奪ったのは父であり、妹が産まれた日においてけぼりにしかできなかった俺達家族なのだ。


 八王子に抱かれて櫓の最上へと行く妹。

 写真や映像ではわからない表情の変化に万の言葉は浮かぶが、全ての言葉が天使の前では安い言葉になる。

 感涙だ。今すぐに抱きしめてやりたい。


 櫓を囲う後輩達が妹を見上げ、その視線を俺に向けてくる。

 すまん。涙なんか流している場合ではないな。

 妹よ。俺は、俺達が、お前を守るから、学校を楽しんでくれ。


「花道会長。妹さんは『反新垣派』の気配に気づいたようです」

麻生(あそう)。反新垣派は妹の見事な天使ぷりに畏怖しているだけだ」

「…………」

「兄として妹に恥をかかせてはならない。麻生や枡田もだぞ。妹にかっこいいと思われるようにビシッとするんだ!」


 教師席が並ぶその前列に生徒会役員席がある。

 俺の隣にいるのは生徒会副会長を受け持ち、委員会監査を兼任している麻生(あそう)茉都香(まどか)

 肩で揃えられたストレートヘア。男子以上に女子から好意を持たられる顔立ちは綺麗の一言。しかし、女性特有の愛らしさをどこかに落としてきたのか無表情で愛想がない。それをクールと呼ぶかは人それぞれだが、彼女の笑顔を見た男子はクールとは別の印象を持っている。

 麻生は俺に向けていた冷たい視線を枡田へと向けると、


「将斗。花道会長はダメだ。私達は櫓の下に行くぞ」

「会長がダメになるのは予想していた。マドカ、反新垣派なら父兄の中にもいる。俺は部活連の部長を連れて父兄の背後に行くから、櫓の下は頼んだ」

「わかった」

「生徒はともかく、父兄は動いたら先生がぶっ殺しますから大丈夫で〜す」


 いつの間にか俺の背後にいたひよこ女史が、立ち上がろうとした枡田と麻生を止める。

 麻生や枡田にダメだダメだと言われていても、反新垣派の不穏な気配ぐらい俺にもわかる。そして、2人は対処に向かう必要は無いのだ。

 必要無いからこそ、ひよこ女史は妹の天使ぷりに目を奪われている俺の代わりに、父兄の中にいる反新垣派へ向かおうとした枡田を止めただけ。


 ひよこ女史は怪訝な表情になる枡田を見上げると、


「学校へ入る前に、飛び道具を持ち込もうとした父兄は空菱ちゃんが拘束してま〜す。そして櫓の上には花菱君がいま〜す。顔見知りの生徒会長さんはともかく、顔見知りではない2人はプロの仕事の足手まといになりたくないなら、ここに居てほしいので〜す」

「ひよこ女史。妹の天使ぷりを褒めてやってください。妹が動いてますよ。瞬きまでしてます! 写真ではわからなかった天使ぷりに褒め言葉を百個並べてください!」

「黙れシスコンバカ」

「シスコンバカで何が悪い!!!! ひよこ女史には救った命に褒め言葉を百個並べる責任があるではないですか!?」


 妹よ!

 ひよこ女史が並べない褒め言葉を兄が並べる!

 天使! 天使天使! 天使どぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!


「天使! 万の言葉が天使で埋まる!!!!」

「ひよこ先生。妹を守っている空菱さんと花菱さんとは、どのような人物なのですか?」

「麻生! 妹を呼ぶ時は天使! もしくは……天使だ!!!!」

「細かな設定ははぶきますが、花菱君は先生の弟子で、空菱ちゃんは花菱君の弟子で〜す」

「細かな設定を聞きたかったのですがプロなら……」

「麻生さん。プロなら体育館に反新垣派を入れない。と言いたいならプロを甘く見てま〜す。今後の勉強にしたいなら、2人は櫓の下にでもいてくださ〜い。花菱君の殺気に引っかかったら死んじゃいますから気をつけてくださいね〜」

「天使の後光に焼かれるなら本望!! 俺が行く!!!!」

「お前は黙って座ってろ」


 痛い!

 立ち上がろうとしたらひよこ女史のローキック気味の足かっくんがズガンときた!


「ひよこ女史、そのまま花道会長を抑えておいてください。将斗、ひよこ女史は不穏があれば花菱氏に殺されると言いたいのだろう。私達に不穏が無い事を花菱氏と空菱氏に伝える機会でもある」

「そうだな」


 枡田と麻生は立ち上がり、櫓へと向かう。


「ひよこ女史、離してください。俺も行きます」

「生徒会長さ〜ん。空菱ちゃんが飛び道具を持つ父兄を排除しているとはいえ、長々と入学式なんかやっていたら父兄の中にいる飛び道具を持ち歩いていない暗殺者が動きますから、生徒会長さんは生徒会長の仕事をとっとと終わらせて、新垣さんと八王子さんを生徒会室に避難させてくださ〜い」


 生徒会長の仕事?

 そんなモノより、飛び道具を持ち歩いてない暗殺者とは?


「ひよこ女史、俺にはわかりませんが【黒血を継ぐ魔女】がいるのですか?」

「魔女さんなら、先生の気配に気づいたらいなくなりましたよ〜。今頃、空菱ちゃんをからかって遊んでいるんじゃないですかね〜」


【黒血を継ぐ魔女】は事ある毎に空菱さんをからかっていると聞いている。

 獲物である妹を他の暗殺者に殺されないために空菱さんを鍛えている。と俺は思っている。

 敵に塩を送る行為だが、【黒血を継ぐ魔女】は他の暗殺者に獲物を獲られるのを極度に嫌う。そして、俺の筋肉の成長を楽しんでいたから、獲物が熟成していくのを楽しむ傾向もあるのだろう。

 それはそのまま、空菱さんがどんなに強くなっても勝てないと言ってるようなモノだから、空菱さんは【黒血を継ぐ魔女】の好意を素直に受け取れないでいるらしい。受け取る必要もないのだが。


「飛び道具を持ち歩いていないとはいえ暗殺者です。麻生と枡田を行かせるべきではないと思いますが?」

「【黒血を継ぐ魔女】はともかく、今いる暗殺者は先生の気配に気づかないだけでなく、殺気がだだ漏れしているセミプロ以下のおバカさんですから、足手まといが2人増えても花菱君の仕事は変わりません。それでも花菱君が守るのは新垣さんと八王子さんですから、万が一、はありますけどね〜」


 セミプロ以下しか学校に入れていないのは空菱さんの功績であり、花菱さんなら今いる暗殺者程度なら一掃できる事を意味する。だが、花菱さんが入学式に暗殺者相手に闘ったら、回りに回って八王子や妹が学校内に居づらくなる。ひよこ女史が教師として暗殺者退治するのと、学校関係者ではない執事が退治するのとは今後の立場が違うのだ。

 もちろん花菱さんはソレを理解している。

 麻生と枡田が、理解している花菱さんが出している殺気に似た気配に堪えられるかが心配だが……。


「花菱さん。妹を守っていただきありがとうございます」


 妹の側に花菱さんや空菱さんがいる、それだけで安心できる。……むっ!

 妹と目が合った。

 妹が俺を見ている。

 妹が俺を……。


『続きまして。生徒会長、蓮野花道から新入生への祝辞です』


 15年前は開いてもいなかった妹の瞳が、ぱっちりと開いて俺を見ている。

 感動だ!!!!


「生徒会長さ〜ん。祝辞ですよ〜」

「?」


 祝辞?

 …………。

 そういえば!?

 妹が通いやすい学校を作るために毎日学校内を点検していて、祝辞を用意していなかった!!!!


 どうする。

 どうする!!

 どうする!!!


 演台に向かう途中、妹がまた俺を見ている。

 妹は目をこすり、また俺を見た!

 なんだ!

 どうした!?

 祝辞を用意してないダメな兄だと見抜いたのか!?


 後輩達の歓声と法螺貝が鳴り響く中、演台を前にし、マイクを横にズラす。とりあえず……。


 妹に恥をかかせてはならない!!


 生徒会長として……いや!

 妹に尊敬される兄として、全てを守れる男、蓮野花道だと見せるしかない!!

 ブレザーを脱ぎ捨て、0.1秒のシバリングからパンプアップ!


 筋肉解放!!!!


 筋肉がワイシャツを破く!

 とりあえず祝うからには笑顔だ!


 ニカッ!


 ニカァ……。


 な、な、な、なんと!?

 妹がニカァとした!!!!


 思いつく限り、妹に俺がどんな人間か伝えるつもりで言葉を並べた。

 妹が俺を覚えていないのをわかっている。妹から見たら他人だ。だからこそ、今の俺を知ってほしい。

 けして祝辞と呼べるモノではないだろう。


 新入生には申し訳ないが、わかってほしい。


 俺は不器用な先輩で、妹に兄と名乗れない情けない男だ。だが、妹だけでなく、みんなも守りたい。

 身勝手かもしれない。身勝手に思ってもかまわない。だが、みんなを応援させてくれ!

 もし、俺の応援がみんなに届いて、一歩二歩三歩と歩を進めるきっかけになったなら、いつか、妹が家族を望み、俺が妹に兄だと名乗れる日が来たら、情けない俺の背中を叩いてくれ。応援してくれ。


 妹に兄だと言える勇気をくれ。


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