全てを守りたい御曹司と妹
祝辞の最中、視線に気づき、ひよこ女史の移っていく視線を追う。
櫓の下にいる枡田と麻生が空菱さんの殺気にあおられて額に汗を溜めている。
それに、体育館にある不穏な気配に気づいた後輩達が動き出し、反新垣派の父兄や生徒と一触即発になっている。
まだ言いたい事は山ほどあるが、ひよこ女史にも前以て言われているため、俺は祝辞を終わらせてステージから下りる。
声援が喧騒へと変わる前に妹と八王子を生徒会室に避難させないとならない。
櫓の最上へ視線をやると、妹は八王子と気楽に会話していた。
おそらく、花菱さんがいるから安心しているんだろう。
俺は後輩達が作ってくれた櫓を登る。
………………。
…………。
……。
妹に会える。
だが、兄だと名乗れない。
なんて声をかけたらいいんだ。
「おい、新垣唯衣」
妹は子犬のように震えている。
「おい、新垣唯衣。返事をせんか」
無意識に妹の頭に手を乗せてしまった!
軽っ!?
妹、軽いぞ!
ど、ど、ど、どうする! どうするどうする!!
「声が出せるなら挨拶をせんか」
業務的すぎる!
俺は何を言ってるんだ!
むむむむっ!?
妹がキッと瞳を吊り上げて俺を見てきた!!
まさに天使!!?
ダメだダメだ。天使を見ていたら目的を忘れてしまう。
早く話を進めなければならない。
「返事をせんか」
「あ、新垣、唯衣、です」
「うむ。……」
妹と八王子を生徒会室に連れて行かなければならない。
だが、急に生徒会室に連れて行くというのは不自然だ。
……。それにしても、妹は写真や映像で見るより小さいな。
「140センチ。29キロ。見事な寸胴。……お前、ちゃんと飯食っとんのか?」
「なんだとコラ!」
妹に顎を蹴られてしまった。
むっ!?
かぼちゃパンツだと!?
淑女にあるまじきパンツだ!
「カボチャパンツか……下着ぐらい色気を出せ。まったく」
淑女なら……と続けようとしたら、妹の顔がみるみると赤くなり、
「日本人はケツがでけぇからフリーサイズでもわたしのスレンダーボディには合わねぇんだよ! それと、勘違いすんなよ筋肉オヤジ! 今はこんなんでも、将来は巨乳確定なんだからな!」
筋肉オヤジではなく、筋肉お兄ちゃんなのだが。
どうやら妹を怒らせてしまったようだ。
「なんで確定なんだ?」
「わたしを産んだ女が巨乳という噂だ」
妹は、ふふん。と鼻から息を出す。
わたしを産んだ女、か。
母さんが聞いたら悲しむな。
だが、母さんを見たら妹も悲しむからおあいこだ。
「わたしを産んだ女、か。……なるほど」
ちらっと花菱さんを見ると、父兄のいる方向を見ていた。
どうやら反新垣派の父兄の中にいる暗殺者が動き出したようだ。
だが、俺が視線を移した時には暗殺者は倒れていた。
ひよこ女史が音も気配もなく倒しだのだろう。
早く妹と八王子を生徒会室に連れて行かないと暴動になりかねない。
生徒会室に……どうやって生徒会室に……むっ!
良い方法を思いついた!
「新垣唯衣。お前は生徒会の庶務になってもらう」
妹を生徒会の役員にしたら放課後も一緒にいられる。
「…………はい?」
「俺の筋肉にかけて拒否権はない」
「意味わからないんですけど」
意味は兄妹だからだ。
ギリギリ職権乱用かもしれんが、妹なら庶務の業務も淑女らしくやってくれるだろう。
それに、友達の八王子も生徒会役員だ。
これで2人を生徒会室に連れて行ける。
「新垣様共々、よろしくお願いします、生徒会長閣下」
「がはははは、任せろ! 新垣唯衣、ひよこ女史には言ってあるから生徒会室に行くぞ。八王子、お前も来い。がはははは」
空菱さん。これで避難できます!
生徒会室に向かいま……。
「…………」
いや、ごゆっくりと言いたげな表情を向けんでください。
とりあえず避難だ!
花菱さんは八王子をお願いします。と、言わなくても大丈夫か。
妹よ。
生徒会室に避難するぞ!
俺は妹の頭を鷲掴みしたまま櫓から飛び下りる。
体育館にある視線が俺と妹に集まる。
着地と同時に枡田と麻生が俺の左右に立ち、部長や委員長を筆頭に周囲に集まる。
不穏な気配は後輩達という壁に遮られ、枡田と麻生に先導されるように体育館を後にする。
枡田と麻生は扉の前に立ち、後輩達が扉への道を塞ぐ。
ちらっと視線を八王子と花菱さんに向けると、櫓を下りて扉に向かって来ている。
反新垣派の父兄や生徒は俺と妹の元へ来るのを諦めて、八王子を睨んでいる。
ひよこ女史は暗殺者を倒して回っているだろうから、暗殺者からの危険はない。が、安心はできない。
だが、心配もない。
空菱さんの一瞥に反新垣派の父兄や生徒は目を逸らし、後ずさりしている。
とりあえず、2人が来るまで廊下で待っていよう。
俺は視線を下ろして妹を見る。
頭を掴んだままだった。
いざという時は掴んだままの方がいいのだが、ここは嫌われないためにも離した方がいいな。
「わ、悪い」
妹の頭から手を離す。
「…………」
妹はムッとした表情のまま、返答しない。
「い、痛かったか?」
「…………」
「…………」
妹の機嫌を損ねてしまったようだ。
申し訳ない。
「わ、悪か……」
「〜————」
妹が逃げた!
油断も隙もあったもんじゃない!
妹を追う。
最初のT字路を妹が向かった左に……!
空菱さん!?
「花道様。後はよろしくお願いします」
妹を追ったら、禍々しい雰囲気を醸し出している空菱さんがいた。
更に、バギーのような椅子に妹が蓑虫のように縛られている。
「は、はい」
「それでは、害虫がおりますので失礼します」
「は、はい」
害虫とは【黒血を継ぐ魔女】の事だろう。
俺にはわからないが、【黒血を継ぐ魔女】はどこかに居て、空菱さんをからかうように鬼ごっこかかくれんぼをしているに違いない。
「まだ何もしてないのに空菱の怒りゲージが振り切っていた。めずらしく学校にも来てるし」
妹よ。空菱さんは常に近くにいる。
怒りゲージが振り切っているのは【黒血を継ぐ魔女】が遊びに来ているからだ。
たぶん、妹は空菱さんから余計な事は聞いてないんだな。
教育係が常に近くにいるとわかったら息は詰まるし、【黒血を継ぐ魔女】が我が家のように学校を彷徨いていたら、それこそ息が詰まる。
「閣下、唯衣ちゃん。どうかされましたか?」
「いや、なんでもない。とりあえず生徒会室に避……いや、行くとしよう」
俺は妹が乗っている椅子(?)を持ち上げる。
花菱さんを先頭に生徒会室へと向かう。
途中、空菱さんと【黒血を継ぐ魔女】の実践さながらの鬼ごっこを何度か見かけたが、妹と八王子は気づいていなかった。
たぶん、気配を消しながら闘っているのだろう。……けど、気づかないにもほどがある。こんなにお気楽で今までよく無事だったものだ。
空菱さんと花菱さんはそれだけ苦労していたという事だな。
だが、いくら執事や教育係でも学校内では常に一緒にはいられない。
一条幸太郎が妹の護衛になってくれたら助かるんだがな。生徒会会計にもなってほしいし。




