全てを守りたい御曹司と後輩達
蓮野花道視点です。
15年。
15年だ。
妹が生まれ、家族が離れ離れになった、あの日から15年。
父さんに抱かれ、母さんに覆い被され、銃声を聞き硝煙を嗅ぎながら、恐怖を心の深層部に植え付けられた、あの日から15年。
明日、やっと妹と再会できる————
俺は点検項目が書かれたチェック表を片手に、学校内を回っている。
「学生食堂の窓、廊下の窓、玄関の窓、各教室の窓、全て防弾ガラス。各監視カメラの誤作動無し。爆弾や盗聴器も仕掛けられていない。いざという時に隠れられる消火栓設備も防刃防弾。後は、体育館とひよこ師匠に任してある妹の教室だけだ」
「妹さんが通う教室の点検オッケーで〜す」
エントランスホールに響く声音の方向に視線を上げると、ひよこ師匠は2階多目的ホールから躊躇なく飛び下り、ヒラヒラしたパジャマをふわっと靡かせながらエントランスホールに着地する。
俺はひよこ師匠の元へ歩を進める。
「師匠。ありがとうございます。そして……」
「今日から師匠兼親代わりではなく、朝日ケ丘大学高等部特別教授のひよこ女史で〜す。なので、今日から花ちゃんではなく生徒会長さんと呼びま〜す」
「わかりました。ひよこ女史、妹のボディーガードを引き受けてくださり、ありがとうございます」
頭を下げようとした瞬間、弾丸のように飛んできた赤チョークが額にバンッと当たる。
粉末を手で払いながらひよこ女史を見ると、ほっぺたを膨らましてプンプンしている。
何か不手際があっただろうか?
「生徒を守る担任の先生で〜す」
どうやらひよこ女史の今の設定は、生徒を守る担任教師になっているようだ。たぶん、何かのドラマに影響を受けているのだろう。
「担任教師を引き受けていただきまして、ありがとうございます」
改めて、ひよこ女史に一礼する。
「源君にお金をもらっていますので気にしないでくださ〜い」
「はい」
ひよこ女史は15年前から俺の師匠になり、親代わりに育ててくれている。父さんからのお金で成り立っている関係だが、ひよこ女史には感謝している。
しかし、俺の師匠兼親代わりと同じく父さんからのお金で妹を守ってくれると言ってくれるが、15年間ひよこ女史に鍛えられ、少なからずひよこ女史という人間がわかると、協力的なのはお金だけではないと感じる。
父さんと母さんはひよこ女史を信用しているが、俺には魚の骨が喉に引っかかった時のような違和感、死神の鎌で喉をつつかれているような不安があるのだ。
ひよこ女史はお金だけで協力的になるようなお手軽な人間ではない。だが、何を考えて、何を思って、協力的なのかはわからない。何度聞いても、お金をもらっているからだと、はぐらかされる。
何故、ひよこ女史は協力的なのか。
明日から妹の担任教師になるひよこ女史に対して違和感を持ち続けたくない。もし、死神の鎌で喉をつつかれているような不安が的中し、その鎌が妹に振られたらと考えてしまう。
ひよこ女史と体育館に向かう途中、はぐらかされてきた事を再度聞く。
「ひよこ女史。父よりも大金を払う者や企業はあるのに、何故、協力的なのですか?」
「いつも言ってますが、お金の価値はお金の稼ぎ方にありま〜す。自己保身にだけ優れ、負けた理由に目を向けない人間はえてして他人が作った功績や評価を認めませ〜ん。認めると自分の人生を否定する事になりますから、一つの人間像として重宝しますが、そんな馬鹿人間が稼いだお金やかき集めたお金は美しくありませ〜ん。ある程度お金を持つと、札束ではなく人間像に価値を求めるのですよ〜」
人間像が美しくないから協力しない。
それなら『美しくすればいい』ではないか。
俺がひよこ女史に対して懸念している違和感と不安は、この『美しくすればいい』になる。
美しくないから協力しないのは、逆説的に考えると『美しいから壊したくなる』という事になる。
ひよこ女史に15年間お世話になり、美しくないモノを美しくできる素晴らしい師匠であり親代わりだと実感している。お金をもらっているからだとはぐらかされてきたから、人間像を美しくできるひよこ女史に対して一抹の不安がある。
今の話を続けた場合、一抹の不安に決着を付けることになる。不安が的中すれば、ひよこ女史との関係もそれまで。今まではこれ以上聞けなかった。
だが、天秤の片側に妹が乗る今は一抹の不安を中途半端に自己完結するわけにはいかない。
「それだけ、ですか」
「それだけ、で〜す」
「俺は、ひよこ女史が反新垣側からもお金を受け取っている、と疑っています。おそらく、家族が揃ったところで、美しくなったところで、壊す……と」
「…………〜」
ひよこ女史はやれやれと言いたげに鼻から息を出すと、
「お金をもらっているとはいえ、15年間師匠兼親代わりとして育ててきた気持ちは先生にもあるんですよ〜。裏切られた感じですね〜……まさか!? コレが反抗期の子供を持つ親の気持ち!」
「はぐらかさないでください。ひよこ女史に育てられ、成長してきたからこそ、今の問いがあるのです。俺を育ててきたひよこ女史なら、そろそろ言われるだろう、とわかっていたはずです」
「そうですね〜。親代わりでも親は親ですから子供の変化に敏感ですから、わかっていましたよ〜。つき詰めるのが遅いと思っているぐらいで〜す」
「はぐらかす言葉も用意している、という事ですね」
答えは出ないだろう。
ひよこ女史を信用できる言葉があれば、父さんや母さんまでとは言えないけど信用はできる。
期待するだけ無駄そうだが。
「ひよこ女史。はぐらかすなら、この話題はここまでにしてください」
「もし、先生が家族4人が揃ったところで壊すとしたらどうしますか?」
「!」
殺気。
ひよこ女史からの不意な殺気だ。
だが、この殺気は……。
寝ている時、風呂に入っている時、授業中や筋トレ中など、命を狙う者からの殺気に油断しないようにする御指導。
俺が15年間師匠兼親代わりで育てられた経験から懸念している事は、底が浅く不正解だ、と御指導されている事になる。
5秒ほど様子見するが、ひよこ女史からの言葉はない。
俺からの返答で『答え』か『応え』になるということか。
コレはチャンスだ。
「父さんというターゲットを横取りされるより、妹や母さんや俺という獲物を横取りされるのを嫌う【黒血を継ぐ魔女】が黙っていません」
「それは先生を心配しての答えですか? それとも『妹の命を守ってくれた【黒血を継ぐ魔女】への心配ですか?』」
「論点がズレてます。俺はひよこ女史や【黒血を継ぐ魔女】の心配などしません。それに妹の命というなら15年前にひよこ女史に救われてます。今の論点は、家族4人が揃った時に【黒血を継ぐ魔女】は父の前で妹や母さんや俺を獲物にしますが、ひよこ女史はどうするのか、です」
「金の切れ目は縁の切れ目とは言いますが、お金が無くなっても先生は家族を守り続けますよ。まだまだ未熟な生徒会長さんには話せませんが、それだけの恩が生徒会長さんのお母さんにあるのです」
ひよこ女史の殺気は無くなり、懐かしむような表情をする。
話せない事はあるみたいだが、どうやら俺が懸念する論点はただの懸念でしかなかった。
疑えばきりが無い。と付け足さなければならないが。
それに、お金に対して貪欲なひよこ女史が、お金が無くなっても守るという母さんから受けた恩は気になる。
どうしたものか。
未熟な内は話せないと言ってたから聞いても答えないだろうな。
「どんな子に成長してると思いますか〜?」
「妹ですか?」
「他に誰がいるのですか〜?」
不意な話題に聞き返してしまい、呆れた顔を向けられてしまった。
いつも俺が妹の話をすると煙たがるのに、ひよこ女史から妹の話題を振られるとは……。
コレはアレだ!
俺が一歩踏み込んだ話をしたから、ひよこ女史も一歩踏み込んだ話をしようとしているのではないか?!
「空菱さんが教育係ですから立派な淑女になっています。見てください!」
俺はポケットから写真ファイルを出し、中にある妹の写真を見せる。
「……。先生はどんな子に成長しているか生徒会長さんの予想を聞きたいので〜す」
「妹は八王子沙織にも負けない淑女中の淑女だと確信してます! コレを見てください! 嫌いな人参を淑女らしく食べる妹! まさに淑女を超越した天使!!!!」
「天から地獄になりそうですね〜」
「この人参を食べる妹を見てください! 地獄に落ちようが這い上がってきますよ!」
「人参を食べる写真なら離乳食から原形まで見せられてま〜す」
「微妙に違うのです!」
「はいは〜い。わかりました〜。妹の微妙な変化をわかるようになる努力を前向きに検討することを頭の隅の隅に封印しておきま〜す」
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ひよこ女史に妹の可愛いさと淑女ぷりを語っていたら体育館に到着した。
横開きの扉を開放すると、体育館の灯りと充満していた熱気が一気に廊下へと流れてくる。
体育館内にいる後輩達の視線が俺とひよこ女史に集まると、留年する俺を先輩先輩と応援してくれる後輩達が小走りでやってくる。
「会長! 櫓の最終点検お願いしやすぜ!」
「枡田、ありがとう」
「会長の妹は俺達の妹でもあるんですぜ。妹の晴れ舞台に気合いを入れねぇ兄妹はいねぇ! なぁ、みんな!」
「おう!」「会長は妹の心配だけしてください!」「部活連運動部は会長と妹を支えます!」「文化部もだ!」「運動部見え見えのゴマスリはヤメろ」「なにがゴマスリだ!」
「運動部も文化部も会長や妹を思う気持ちは一つだろ! みんなで会長と妹を支えてやるんだよ!」
ありがたい応援だ。
枡田将斗。いつもはこだわりのリーゼントに乱れはないのだが、今は汗で整髪料が落ちて乱れてしまい顔をテカテカにしている。
生徒会では広報を受け持ち、部活監査も兼任している。
気の荒い運動部や感情を表に出さない文化部をまとめている枡田には助けられてばかりだ。
だが、俺と妹を支えるという事は……。
「みんな。ありがとう。だが、俺と妹を支えるということは……」
「会長。今さらですぜ」
「今さら……か。そうだな」
「朝日ケ丘大学高等部に入学し、会長と同じ道を歩むと決意した日から、黒魔女に『鍛えられてきたんだ』」
枡田はブレザー制服を脱ぎ捨て、ワイシャツを破くと、ハラマキをした上半身を出す。
右肩口から斜めに腹まで刻まれた刀傷痕。腕や胸にも細かな傷痕がある。
枡田の背後を見ると、男子は傷痕がある上半身を自慢気に出し、女子は柔肌に痛々しく残る傷痕を笑顔で見せてくる。
鍛えられてきた、と言うのは俺への気づかいではなく、後輩達の本音なのだ。
俺と関わったばかりに【黒血を継ぐ魔女】に付けられた無数の傷痕一つ一つには後輩達に恐怖の記憶を残し、俺が後輩達を守りきれなかった記憶も刻まれている。
男子、女子問わず猟奇的に切られ、保健室が後輩達の流す血で染まり、血臭が廊下や教室に充満する中、恐怖の記憶を刻まれながらも、
「「「「勲章だ!」」」」
と、俺を激励してくれる。
こんな熱い言葉に、気づかい、は無い。
もちろん、傷痕があるのは後輩達だけではない。卒業していった先輩や同期、後輩達にもある。
俺は、俺には、この傷痕に答える義務がある。
一生残る傷痕に答え続ける責任がある。
「俺の勝利は俺だけの勝利ではない」
後輩達が頷く。
「妹の勝利は妹だけの勝利ではない」
後輩達が頷く。
「みんなの勝利で〜〜〜〜す!」
………………。
…………。
……。
ひよこ女史。決め台詞を獲りにくるとは思っていましたが、空気を読んでほしかった。
「か、会長。この子は……? たまに会長といるところは見ましたが」
「妹の命の恩人であり俺の師匠。そして今年から朝日ケ丘大学高等部の特別教授として赴任し、妹の担任になる。黒尻ひよこ女史だ」
「妹の恩人であり師匠、そして教授ですか」
枡田はひよこ女史を訝しむように見る。
「永遠の20歳、ひよこ先生で〜す」
「20歳!?」
「スリーサイズは————」
枡田含めて後輩達は予想どおりの反応を見してくれた。
ひよこ女史の見た目は小学生低学年だから驚くのは当たり前だ。でも、ひよこ女史が非常識なのは見た目だけではない。
後輩達よ。
覚悟しておくんだ。




