ぼっちになりたいお嬢様とナポリタン
バンッ!
カランカラン!
扉が乱暴に開けられ、上半身裸の朝日ケ丘大学高等部生徒会長こと蓮野花道こと筋肉オヤジが、厳つい顔に汗を流しながら店内に入ってきた。
半裸でなにやってんだ筋肉変質者。
誰でもかれでもお前の筋肉を見たいと思っていたら自意識過剰すぎるぞ。
つか、カウンターに座るな!
そこはコーヒーを淹れるイケメン、料理をするイケメン、ちょっと油断して欠伸しそうなイケメンを観賞できる絶景ポイントだそ! イケメンが汚れる!
「か、一馬。いつもの」
「どうしたんだ慌てて?」
イケメン店員さんは一馬って言うんですか……。
言われてみれば一馬っぽい。
つか、筋肉オヤジ、慣れ慣れしいぞ! テメェは花道なんてかっこいい名前をぶら下げてブサメン代表の人外生物なんだから、イケメンに敬意を払え!
「————が学校に、いない」
会話をする時はちゃんと息を整えなさい。何を言ってるかわかりませんよ。
それとイケメン一馬さん。筋肉オヤジには残飯でも勿体無いです。冷蔵庫からピーマンとタマネギとベーコンとケチャップとか出さないでいいですから。
……ナポリタンかな?
ナポリタンならわたしも食べたいな。
でも、朝食にお嬢様なわたしに相応しい和食を食べた後にモーニングのトーストとハムエッグも食べたからなぁ。
巨乳になる予定だから食べられるんだけど、モーニングの後にナポリタンを頼むとイケメン一馬さんにお嬢様らしくないって思われないかな。
「学校にいるんじゃないのか?」
んっ?
イケメン一馬さんがわたしを見た気が……
「学校は隅から隅まで探した」
「ふ〜ん」
「聞いていたとおりの跳ねっ返りだったが、入学式翌日にサボるとはな。それよりも、1人でいるのがまずい」
「1人ではいないんじゃないか」
具材とケチャップを炒める匂いって空腹を誘いますよね〜。
空菱のナポリタンは素材と調味料をお嬢様なわたしに相応しい物にしてるから高級な匂いがするけど、庶民ナポリタンも良い匂いだ。麺は太めかな? もちろん太めだよね?
「友達はちゃんと登校していた」
「携帯は持ってないのか?」
「電源が入ってない。だが、教育係が携帯とは別にGPSを仕込んでいるみたいなんだ」
「それなら居場所はわかるだろ。……よし、お待ちどう」
ナポリタン完成……ってデカッ!
なにその畳みたいなデカい皿!
カウンター裏で平然とそんな量のナポリタンを作っていたの!
「いや、GPSは学校を記してる。誤差の範囲で学校近辺にいるのはわかっているみたいなんだ。教育係は学校の屋上から敷地内を探してる。俺は飯を食ったら外周を探す」
「飯を食わないで探せよ」
「いや、教育係に1人で探した方が効率いいからラビット•イヤーで頭を冷やせと言われた。……情けない。俺がこんなんじゃダメなのに」
「それだけ心配って事だろ。もしかしたら目星が付いたから、頭を冷やせと言ったのかもしれないしな」
筋肉オヤジ。なに落ち込んでんだ?
冷める前にナポリタン食えよ。食った反応を見せろよ。
………………
…………
……
テメェ、早く食えや!
ナポリタンが冷めるだろ!
食わないならわたしによこせ!
この筋肉オヤジが!
テメェの都合より、お嬢様なわたしがナポリタンを観察する時間の方が大事だろ!
一分一秒を無駄にしてくれてんじゃねぇよ!
「店員さん。よろしいですか?」
「はい。少々お待ちください」
イケメン一馬さん。筋肉オヤジの躾け、おつかれさまです。
「ナポリタン、お願いします」
「ナポリタンになります」
今注文したのに、今、テーブルにナポリタンを置かれた。
「…………?」
「頼まれると思いましたので、作っていました」
なにこのイケメン!?
エスパー?!
気が利きすぎでしょ!
花菱じいちゃんみたいだよ!
うちのどS教育係に見習ってほしいよ!
「ありがとうございます」
「お名前は決まりましたか?」
「普通のウサギにヘーラクレース、垂れ耳のウサギがオーディン、耳が短いウサギはマールス。いかがでしょうか?」
「…………」
んっ?
どうしたのかな?
なんか気を使うような空気が。
接客業だから気を使うのは当たり前なんだけど、悲愴感が漂っている気がする。
ネーミングセンス無かったかな?
ビックネームすぎたかな?
まさか、思春期特有の精神疾患、厨二病だと思われた?
「戦いの神、ですか?」
「はい」
「どうして戦いの神の名前を付けられたのか、理由を聞いてもよろしいですか?」
「?」
戦いの神の名前を付けた理由?
外を見てたらなんとなく閃いただけだし。
「なんとなく、です。深い意味は……?」
キラキラしたイケメン一馬さんの背景が禍々しい空気に覆われていく。
おい、畳みたいな皿を持ったオッサン。何しにきた。
イケメンとのトークタイムを邪魔すんなよ。
「ここで何をしている」
「生徒会長様。あなたの目は節穴ですか。ここは喫茶店です。コーヒー片手にトーストやハムエッグ、ナポリタンを楽しむ空間です。京間に敷く畳のような皿でナポリタンを食べられてはお店の雰囲気が損なわれます。動物園でゴリラの食べカスを食べている方があなたにはお似合いですから、飼育小屋に戻りなさい」
帰れ!
お嬢様なわたしのためにあるイケメン空間に不釣合いな汗臭い筋肉は去れ。
「一馬。コイツは朝からいたのか?」
「8時ぐらいに来たかな」
「そうか。……よかった」
「よかったな」
よかった?
なにもよくないよ。
筋肉オヤジは帰ってよ。
「新垣唯衣。なんで学校をサボッている」
「お嬢様なわたくしの進む道は覇道。学校という枠の中に学ぶモノはありません」
「まさかの厨二病か」
ぶん殴るぞ!
イケメンいなかったらぶん殴ってんぞ!
んっ?
おい、なんでわたしの向かえに座る。
テーブルと交差するように畳みたいな皿を置くな。狭っ! 狭くなった! うわっ、窓と畳みたいな皿に挟まれた!
「生徒会長様。わたくしにご用がおありでなければ、他に空いてる席がございますので、そちらに行ってもらえますか?」
「ご用が大有りだ」
筋肉オヤジはナポリタンを食べ始める。
何その悪魔が持っていそうなデカいフォーク!
ナポリタンが崩れないように支柱にしてた棒じゃなかったの!?
「ご用とは?」
「ナポリタンが冷めるぞ。食え」
「言われなくてもいただきます」
まったく。筋肉オヤジは人のプライバシーにまで踏み込んできやがって。
イケメンがいなかったらぶん殴ってるからな。
ナポリタン美味っ!!!!
「美味いか?」
「あなたの存在で美味しさが百倍損なわれておりますが、百倍損なわれてこの美味しさは評価に値します」
「そうか。こ、……コーヒー、美味かったか?」
「お店に入らずとも二軒先から教えてくれる芳醇な香りは、良い豆があり、上級のバリスタがいるとわかります。そうでなければ、お嬢様なわたくしはお店に入りません」
「そうか。良い豆か」
お嬢様なわたしがお店にいる時点でわかれよ。
これだからコーヒーの味がわからない庶民は。
まったく。
ナポリタン美味いわ〜。
食べ終わっちゃったよ。
畳みたいな皿で食べる筋肉オヤジの気持ちがわかる。
……食い足りないな。
「ナポリタン、足りなかったら、俺の皿のも食っていいからな」
「?」
筋肉オヤジは眉間に力を入れながら席を立ち上がり、カウンター横の奥にあるトイレへと行った。
涙が見えたような……。
俯いていたからわからないけど。
さっき辛辣に言いすぎたからかな?
意外と純粋?
まぁいいや。遠慮なくナポリタン貰おうっと。
「よかったな」
「はい?」
「いいえ」
イケメン一馬さん。何かを憂うその表情もイケメンです。
そういえば……。
「生徒会長様と親しげでしたが、お友達ですか?」
「友達……親友、そんな言葉で花道とは付き合っていません。同級生として出会っていなければ、僕はきっとクズになり下がってましたから。僕から見た花道は恩人という言葉が近いかもしれませんね。だからあの時……いや、昔、花道がこの喫茶店を経営する人間に僕を選んでくれたのは嬉しかった」
「…………」
筋肉オヤジはイケメン一馬さんが同級生だから慣れ慣れしいのか。
でも、友達でも親友でもないってどういう事だろう。
まさかのBL?!
いやいやあり得ない。あり得てほしくない。
BL疑惑もだけどイケメン観賞が趣味になりつつあるわたしが気になるのは、クズになり下がり、という言葉から昔は素行が悪かったという元不良説。
これもまた良い設定をお持ちで。さすがイケメンです。
それに、この喫茶店を経営する人間に僕を選んでくれたのは嬉しかった、という事は経営者ですか。
これもまた良い設定をお持ちで。イケメンポイント+3です。
BL疑惑あるイケメンは元不良の喫茶店経営者
…………。
BL疑い。これは許容できないな。気になって眠れなくなるパターンだ。
「あの、差し支えなければお聞きしたいのですが」
「どのようなご用件でしょうか?」
「友達でも親友でもなけば……その、恋人ですか?」
「…………」
図星?
図星だった?
いやだよ。許容できないよ。
このお店に来たくなくなるよ。
「ははははははは」
「いや、あの、その」
「いやいや。申し訳ありません。花道と俺が恋人って……ははははははははは」
違ったようだ。
僕から俺になってる。
庶民はダメだけど、イケメンはお嬢様なわたしの前でもくだけていいよ。だってイケメン>ミジンコ>庶民だからね。
「申し訳ありません。わたくし、恋路に疎いものですから。それと、学び舎の先輩ですから、後輩相手に敬語はおやめください。接客という立場はあると思いますが、お願いします」
「それならお客様も普段と変わらず、花道と会話するようにお願いします」
それはダメだ。
お嬢様メッキを剥がしたわたしをイケメンや庶民には見せられない。
ドリルや筋肉オヤジはゴキブリだから見せられるんだ。
「わたくしは普段からこのままです」
「それでは僕もこのままです」
お嬢様スマイルにイケメンスマイルをぶつけてきた!
なかなかやるではないか、イケメン。
それもまたいい。
「何をしているんだ?」
食後のデザート、女子の肌を潤してくれるイケメンオーラを浴びてる最中だ。邪魔するな。
「ナポリタン全部食べたのか?」
マイナスイオンに混ざる害獣が!
ナポリタンならお嬢様なわたしが食ったよ!
あっ!
イケメンの前で全部食べちゃった!
「一馬。作ってくれるか?」
「畳盛りを食べたのは花道以外では初めてだな。かなり嬉しいんだけど」
嬉しいですか!
さすが飲食店経営者。多少庶民より食べられるお嬢様は許容範囲ですか!
よかった。よかった! よかった!!
あっ、イケメン一馬さん行かないで。筋肉オヤジには皿を舐めさしとけばいいから。
「それにしても、そんな小さな身体のどこに入るんだ?」
「お嬢様は、お金を掃除機のように吸い込む国会議員の懐ほどではありませんが、美味しい料理でしたら地方議員の懐ぐらいは吸い込みます」
「人には畳みたいな皿で雰囲気を損なうと言っといて自分はいいのか?」
当たり前だろ。わたしはお嬢様だぞ。
「野獣の食べ姿とお嬢様なわたくしの食べ姿は天と地。ダイヤモンドと小石ぐらい輝きに差があります。そもそも、お嬢様なわたくしと比べるのがおかしいのです。庶民はお嬢様なわたくしの食べ姿に……」
「わかったわかった。とりあえず、子供みたいに口の周りがケチャップだらけだ。お嬢様らしく綺麗に食べられるようになってから続きを聞く。ほら、口の周り」
「なんでポケットからハンカチでなくバスタオルが?!」
「洗ってあるしまだ使ってないから大丈夫だ。ほら、髪にも付いてるだろ」
「いいから、自分で拭くから! あとアレだぞ、綺麗に食べるお嬢様なんていないからな! 夢見るんじゃねえぞ!」
「わかったわかった」




