ぼっちになりたいお嬢様の授業
たとえ食べ足りなくても、腹八分目で我慢するのがお嬢様。
そして、食後にすぐ寝るというはしたいない事をしてはいけないのもお嬢様。
例外はあります。
覇道を進むお嬢様に対して頭を鷲掴みし、庶民が蟻のように働くための協調性を学ぶ教室に連行した後、世界一の椅子に『監禁』するような暴挙をするなら、お嬢様は寝てもいいです。
しかし、わたしは寝ない。真のお嬢様だから横になるだけ!
「新垣様。椅子の『居心地』はいかがですか?」
「ドリル。ナポリタンを腹八分に食っていい気持ちになり、横になって青い空を見ているんだ。邪魔するな」
1年J組の教室内、授業中なのに、わたしがお嬢様言葉でないのは……
八王子グループのテクノロジーを屈指して作った『世界一の椅子の室内にいる』からだ。そう……
世界一の椅子は形態を変える!! ——琴線。
基本形態は、ソファにタイヤが付いたバギー。ジャンルはたぶん車椅子。
第二形態は、ソファがプライベート空間を作るように変形し、卵を割ったような半楕円形になる。
リクライニングモードとスリープモードで自由に角度を調整できるようになり、戦闘機の操縦桿みたいな物があるから移動も可能なのだろう。説明書は足元にあるけどめんどくさいから読まない。
そして今の第三形態は、半楕円形のソファから天井を作るようにオーバルを形成する特殊ガラスが覆っている。
特殊ガラスは通常は透明だが、お嬢様が横になる姿を庶民程度には見せるわけにはいかないため、外から中が見えないようにしてある。中からは普通に見えるよ。
防音機能もあるらしく、授業をやってる声はスピーカーから流れている。ロボットのコクピットみたいな感じね。
ドリルと会話ができるのは、オーバル空間の中ではハンズフリー通話と類似したシステムで音声が流れ、ドリルはコードレスのイヤホンマイクでわたしの声音を聞き、会話している。この場合は、通話していると言った方がイメージしやすいか。スピーカーモードもあるよ。
他にもまだまだ隠された機能はあるだろう。
世界一の椅子と呼ぶに相応しい椅子だ。
「新垣様。メモリーカードに保存してある映像なら、覆っているガラスに映像が映し出され、背もたれや足元にあるスピーカーから音声が鳴り、臨場感を与えるために椅子自体が映像に合わして動きますわ。アトラクションのように映像の中にいるような感覚にしてくれます。もちろんメモリーカードだけではなく、DVDプレイヤーも内蔵されておりますので見られますわ」
閉鎖されたこの中でホワイトアスパラの観察を見たら怖いだろうな。
見ないけどね。
「人工知能が備わっておりますから『すでに学んでいる事なら適応します』。冷暖房やマッサージはもちろん、世界の地図を記憶しておりますので場所さえ命令していただけたら、新垣様は歩く必要ありません。プリペイド機能もありますが、プラスチックマネーや銀行の預金カードやその他ポイントカードを登録しておけば、椅子に内蔵されたアームが登録された内容を記憶した専用カードをお店の方に提出いたしますので、新垣様は外に出なくとも買い物ができますわ。学んでいない事はその都度学びますので、世界一の椅子を新垣様好みの椅子にしてくださいませ」
ドリル。プラスチックマネーではなくクレジットカードと言いなさい。
まぁいい。それよりも、お嬢様なわたしでも未成年の内はクレジットカードは作れないから、銀行カードの登録で現金を持たなくていいのは便利だ。——重宝。
それに……
人工知能付きか。それもお嬢様なわたしを座らせるほどの完成度なら会話も可能だろうな。
コミュ障やぼっちに重宝されるかもしれない。
あれ? ぼっちでコミュ障なのってわたしじゃない?
「紅茶やコーヒーやお茶のような保存できる飲み物も備え付けられておりますわ。果汁が飲みたければ内蔵タンクを変える事もできますので遠慮なく申してくださいませ」
前言撤回だ。お嬢様なわたしだから居心地いいだけで済むけど、庶民ならコミュ障とぼっちが悪化する。
八王子グループはダメ庶民製造機の研究に力を入れてるのかな?
「ドリル。この椅子は住めるな」
「最終目的は一戸建てやマンションが必要ない1人1椅子の生活空間ですわ。もちろん生活空間ですので、小型冷蔵庫や洗濯機やお風呂、携帯情報端末の機能も備わっております。これで、常に携帯情報端末の電源を切られております新垣様にアポイントを取れますわ」
携帯情報端末?
……あぁ〜、昔、空菱にもらったな。
鞄の一番下にあるよ。電源を切られている、てなんだ?
壊れているのか?
まぁいいか。
それよりも、小型冷蔵庫は飲み物がある時点でわかるけど、洗濯機とお風呂?
まさか半楕円形の中が洗濯機とかお風呂になるとか?
たぶんそうだね。
操縦桿の周りに、半楕円形に湯のマーク、半楕円形に竜巻のマークのボタンがある。
これって椅子なの?
椅子って言っていいの?
「ちなみにエネルギーは電気になりますわ。供給源は、風力や太陽光になります。タイヤを川や海に浮かせれば水力からも得られます。映像や音楽では充電が減る事はありませんが、本バッテリーの容量が無くなるほどのエネルギーを使った場合は予備バッテリーに変わり、基本性能しか使えなくなります。その場合は、1日お時間いただければ本バッテリーの充電は完了されます、が急速充電したい場合もあるでしょう。その時は、EVステーションで充電可能ですわ。現代のテクノロジーで作られる『家具と家電を併用した椅子』としてはほぼ完成しているものと八王子グループの研究者は申しております」
八王子グループのテクノロジーを屈指しているだけはある。
ほぼ完成している、という評価も妥当だろう。
問題は、市場価格だな。
「この椅子はいくらなんだ?」
「もろもろな開発費の回収に売り始めは1脚10億円ですわ。主に、オーダーメイドで受け付ける予定ですが、まだ『ほぼ完成』なので新垣様にモニターとして使ってもらい、助言をお願いしたいと思いますの」
「今はまだ、わたしだけの椅子って事か。このままでも十分に高所得者からお金をふんだくれるけど、それじゃおもしろくないな。メンテナンスはどうなっている? 売りっぱなしではないよな?」
「車メーカーのようにメンテナンス時の部品やバッテリーを有料で交換しますわ。販売は携帯情報端末のようにデザインや容量を変えて採算を取りにいく感じですわね」
なんだそれ?
それは最初からほぼ完成した世界一の椅子を売る場合だろ。
それでもお前は八王子か!
八王子だと自覚してんのか!
「なんだその生温い戦略。それでも八王子か?」
「生温い、ですか?」
資産が世界2位、八王子グループ会長の娘なら、そんな生温い戦略を組んだ庶民を厳罰に処すれ!
「生温すぎる。わたしなら、映像や音楽やカード登録、携帯情報端末の機能などを基本装備にして10億」
「あ、新垣様、ま、まさか!」
「そうオプション販売だ。まずは、エネルギー供給源を水力•太陽光•風力のどれかをユーザーに選ばせろ。コレは世界一の椅子を水上用と陸上用と分けて販売できるだけでなく、オプションにより水陸両用にできる要素を含む。もちろん洗濯機もオプションだ。そして大事なのが、飲み物と冷蔵庫。フルオプションで買うヤツにだけ、サービスすればいい。コレはフルオプションにして20億で売るための売り文句だ」
「20億、ですか? それはユーザーが……」
「気づかうな。世界一の椅子には秘められた可能性がある。フルオプションにしないで飲み物や冷蔵庫が欲しいとかいう連中には『お前にはまだ早かったようだな』と言ってパイプ椅子を売るか蹴り返せばいい。忘れるな、人間の欲は食欲が一番強い! 飲み物や冷蔵庫はその場にあると無いとじゃ大きな違いがある。フルオプションで、世界一の椅子は世界一の椅子となる事を忘れるな!」
「なるほど、なるほどですわ! 唯衣ちゃんだから思いつく、ユーザーの心理と足元を見た戦略ですわ!」
おい、唯衣ちゃんになってるぞ。
それとわたしだからじゃない。
オプション販売はどこの会社もやってるだろ。
そもそも10億だからと言って下手に出る必要はないんだ。10億を出せる奴はオプションを聞けば、その秘めた可能性に10億増えても買う。買わないなら蹴り返せばいいだけだ。
それとドリル。タブレット式の携帯情報端末でメモするのはいいけど、今は授業中だからな。
「ただいま計算したところ、オプション売りしますと30脚売れば開発費の回収ができると出ましたわ! 特許の期限内にいち早く低価格にして一般市場に……」
「カァァァァァツ!」
何言ってんだクソドリル!
「な、なにか不手際がありました……?」
それでも世界2位の精子からできてんのか!
チチにだけ栄養が行ってるから脳みそが軽いのか?!
「特許を取得したところで、世界一の椅子の性能は椅子でなくてもいいだろ! 性能だけならバギーや三輪バイクやオープンカー、そして障害者向けに車椅子にも性能を乗せられるんだ。そんなこんなで特許があっても一般庶民向けの模造品は腐るほど出てくる。そして、数年後には特許の期限も終わり、市場での価格争いが始まる」
「そうですわね。椅子だけでなく、バギーや三輪バイクやオープンカーや車椅子でも特許申請しますわ」
「カァァァァァツ、カァァァァァツ!」
すでに世界一の椅子は椅子ではなくバギーだろ!
ジャンルは車椅子になるだろ!
コイツが一番に世界一の椅子の可能性をわかってないんじゃないか!
「わ、ワタクシ、間違っておりますか……?」
「バカなドリルに優しく丁寧に教えてやる」
「お願いいたしますわ」
「まず、世界一の椅子に魚群探知機を備えさせ、マグロを追いかけて釣るCMを作ります。はい、漁師の心を掴みました。船は世界一の椅子になり、使っていた船は網や仕掛けを積む空船になりました。重油が使われなくなりエコです。家具家電不動産業界になりますが、世界一の椅子の登場に焦ります。何故なら、世界一の椅子だけで間に合いますから。車やバイクや自転車や車椅子の業界は言わずもがな、世界一の椅子を販売した時点で業界はパニックですね。スポーツ業界、F1みたいなレースになるかもしれません。医療業界、障害者に重宝されること間違いなし。簡単に並べただけで、世界一の椅子には並べられるだけの市場を制圧できる可能性がある」
「市場には世界一の椅子しかなくなりますわ!!」
なくなりますわ、じゃねぇよ!
なくすんだよ!!
八王子の帝王教育はどうなってんだ!
帝王とは王の上に君臨する存在だぞ!
帝王が市場に出れば制圧前進あるのみ!
世界一の椅子のような革新的な商品で市場を荒らし、庶民に帝王の力を見せる!
帝王とは権力の象徴、権力を誇示してこそ帝王!
それが帝王教育ではないのか!?
ドリルは帝王としての意識が足りん!
「ドリル。お前は帝王失格だ!」
「ワタクシの帝王は結衣ちゃんですわ」
「まぁそうだな」
「ご教授お願いします、帝王様」
仕方ないな。
しょせんは王にしかなれないお前に教えてやる。
王の孤独を超越した帝王の孤独というモノをな!
「模造品を出す貧乏会社がウジのように出てくる。好きなだけパクリ商品を出させてやれ」
「帝王は最初から価格争いを……? らしくないと思いますが?」
「らしくない、か。たしかに帝王とは制圧前進あるのみ。らしくないと言われれば、そうかもしれない。だが、そう思うのはドリルが帝王ではなく王止まりでいるからだ」
「帝王は制圧前進以外に、群雄割拠の市場でどう戦うのですか……?」
制圧前進。
制圧、前進。
制圧、◯◯、前進!!
「制圧前進の間に『破壊』を入れる。制圧、破壊、前進だ!」
「制圧、破壊、前進! その心は?!」
「貧乏会社が八王子の宣伝力に頼ったパクリ商品を出した後、必ず市場の様子を見る。新機能の案も出るだろう。そこで貧乏会社は先見の目があると勘違いする。次に起こす行動は簡単に予測ができる。スポンサーや投資家から集めたお金で新機能を開発、自信満々にモデルチェンジし、新商品を意気揚々と出してくる。そこで、高所得者層にオプション売りして開発費の回収が終わっている八王子グループが20億の完成形をまずは高級車価格、次に一般車価格、ジワジワと貧乏会社を追い込み、そして軽自動車価格で市場に出し』たらどうなる!? 撤退の嵐だ! 八王子の株価は馬鹿上がりし、貧乏会社の株価は暴落! そこで八王子は、貧乏会社の技術を低価格で買い漁れば、帝王の椅子に一歩近づく……と思わないか?」
「し、市場に餌をぶら下げ、様子見しながら敵の行動を待ち、ジワジワと追い込み、食える時に一気に食う! 破壊! 破壊! 制圧破壊前進ですわ! まるで、疑似餌を照らしながら深海を徘徊し、その光に弱者を誘い込んで食い漁る、提灯鮟鱇のようですわ!」
提灯鮟鱇か。
確かにそうかもな。
提灯鮟鱇は深海で孤独を抱いて生きる存在であり、光を求めて近づいてきた雑魚を食い漁る怪物。
帝王と提灯鮟鱇、深淵と深海の違いなだけかもしれないな。
「帝王であるから王共に餌をぶら下げ、虎の威を借る狐のような王をあぶり出し、帝王に刃を向ける王が出てくるのをじっくりと待ち、時が満ちた満月の夜に誰が帝王であるかを庶民に見せるため、あぶり出した王共を食い散らかしてやるのだ」
「さすがは新垣家の帝王ですわ!」
「ドリル。わたしは新垣の帝王教育を受けていない。従って、新垣の教育から生まれた帝王の遊びではなく、わたしという帝王が考えた遊びだ。新垣家の帝王ではなく、帝王でありお嬢様な新垣唯衣の遊びだ。言葉を間違えるな」
「さすがは帝王唯衣ちゃんですわ! 新垣グループでもそんな悪辣な商売を遊びとは言わなくてよ!」
「がはははは! 褒めても何も出ないぞ!」
王の孤独を超越した孤独を秘めているのが、帝王。——深淵。
誰にも帝王の孤独は理解できないのだ。——孤高。
帝王よりも上の存在が神しかいないからこそ、力を誇示していくしかない。——制圧破壊前進。
虚しいものだ。——空虚。
だからこそ、世界一の椅子はぼっちになりたいお嬢様なわたしに相応しい。そう、この世界一の椅子は帝王であり百獣の王を兼業する傍ら総督も兼任しているお嬢様なわたしにこそ相応しいのだ。——玉座。
わたしの貯金から開発費を支払って、わたしだけの椅子にするかな。——特許買取。
コツンッ!
んっ?
なんだひよこちゃんか。
庶民教科書で帝王の椅子を小突いても、ダメージゼロだぞ。——残念。
ぷりぷりと怒った顔をしても幼女にしか見えないから可愛いだけだな。
帝王でありお嬢様なわたしになんか用事でもあるのか?
「八王子さ〜ん。新垣さ〜ん。どんな内容の会話をしているか八王子さんの言葉だけではわかりませんが、社会的によろしくない会話をしているのはわかりますよ〜。一挙手一投足が世界を震撼させるあなた達の勉強はそれなりでいいですが、他の生徒はそんな世界でも頑張らないとならないので、お嬢様らしく気を使ってくださいね〜」
帝王でありお嬢様なわたしに叱責とはいい度胸だ!
「その辺にいるなんちゃってお嬢様と、覇道を進む帝王でありお嬢様なわたしを一緒にするな、庶民!」
「ひよこ女史。新垣様は、その辺にいるお嬢様と、覇道を進む帝王でありお嬢様なわたしを一緒にするな、庶民! と申しておりますわ」
「わかりました〜。厨二病の新垣さんは寝ていていいので学校にだけきてくださいね〜」
「厨二ではない。まぁ、理解されないのも帝王の定めか。ドリル。ひよこちゃんには、帝王とは孤独な生き物、わたしをぼっちにしてくれるなら、庶民を視察しに学校へ来てやる、と言ってやれ」
生産性ある庶民には譲歩しなければならない。
本来なら、帝王でありお嬢様なわたしは学校へ来るべきではないのだから。
家にどS教育係がいるから喫茶店ラビット•イヤーにいたのだ。
ラビット•イヤーにいたら筋肉オヤジに誘拐されたのだ。
帝王でありお嬢様なわたしに教室という空間は相応しくないのだ。
どれだけ譲歩しているか理解すれ、庶民!
「新垣様は、帝王とは孤独な生き物、わたしをぼっちにしてくれるなら、庶民を視察しに学校へ来てやる、と申しておりますわ」
「は〜い。わかりましたよ〜。皆さんも新垣さんを温かい目で見守りましょうね〜。仲良くしてもいいですが、次元の違う世界からの干渉を受けないようにしてくださ〜い。眼帯•包帯•三角帽子どれかでも装備して学校へ来たら没収しますからね〜」




