ぼっちになりたいお嬢様とホワイトアスパラ
総畳みの無駄に広いリビング。
わたしが洋風よりも和風が好きだから空菱は総畳みにしたみたいだ。
厨房と言っても良いキッチンを背中にして存在感をアピールしているのは手元箪笥。
わたしの胸あたり、大人なら腰位置ぐらいの高さしかない茶箪笥なのだが、無骨な金具と歴史を感じさせる雰囲気は一級品。内部の違い棚や引き出し、手順を踏まないと開かない秘密の扉など凝った造りをしている。甲板を備え付けてあり、写真立てと海外製のレトロな電話を置いてある。
それ以外は何もない。——殺風景。
ご飯は御膳台に用意してくれるから不便はないし、庶民の娯楽、テレビは……
お嬢様的な洋風建築と和風建築の一戸建てなら応接室はあるけど、お嬢様的なマンションの作りは応接室兼リビング•ダイニングになる。応接室の利用目的は応接だし、無駄に広いリビングは総畳みだからダイニングとの境目も無い、それはお嬢様的に『応接室』になるため娯楽を備え付けられない。
一応、自室にならアンテナ配線を繋いでいないテレビはありますよ。
アンテナ配線無しのテレビで何を見ているのか聞かれても、テレビはお嬢様的にオブジェとしか言いようがないですが。
ドリルが遊びに来るたびにアスパラやシイタケの成長観察や映画のDVDを持ってくるから、その時だけ電源が入る。今日は何かな。——屋久杉の成長観察希望。
んっ、ドリルが来たな。
ドリルには言いたい事が山ほどある。
家主らしくリビングのど真ん中にどっかりと座って待ちかまえてやる。
「唯衣ちゃん。怒っていますの?」
「当ったりめぇだろクソドリルが。どのツラ下げぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
一心不乱に畳の上を転がり回る。
わたしが通った後の畳にカカカカと忍者さんご用達のクナイや手裏剣がぶっ刺さる。
絶叫しながら教育係様に謝罪するが、クナイと手裏剣の勢いは止まらない。
躱さないと刺さる刺さる刺さるって!
ダンッ!
わたしの眼前5センチで小太刀が畳にぶっ刺さる。
「誰に謝罪してんだ、コラ?」
教育係様申し訳ありませぇぇぇぇぇぇん!
調子に乗りすぎましたぁぁぁぁぁぁ!
「は、八王子様。申し訳ございません。以後、今のようなはしたない事はいたしませんので、ご容赦ください」
「ご容赦くださいませ」
「ご容赦くださいませ」
「3点。次やったら一週間人参ステーキ。わかったな?」
「はい」
「精進いたします」
「精進いたします」
空菱はズッと畳から小太刀を抜くと、笑顔のドリルに会釈し、後ろで控えている花菱じいちゃんからコーヒー豆が入っているであろう紙袋を受け取ると、キッチンへ行く。
15年間休み無しだとクナイや手裏剣が飛んできます。ブラック企業の経営者さんは気をつけてください。
ドリルは、花菱じいちゃんがいつの間にか用意した座椅子に腰を下ろす。
わたしはドリルの前に座る。
うちのどS教育係様は座椅子を用意してくれないのかな?
まぁいいけどね。優しい花菱じいちゃんが用意してくれるし。
ちなみに、わたしにホストを求めてはいけません。絶対ダメです。座椅子に座りたいなら自分で用意してください。
だって、中世ヨーロッパの王国制度の世界で、玉座の前に庶民が座る椅子とかあります? 日本の歴史でも庶民のために座布団を用意する殿様はいないですよね。帝王でありお嬢様なわたしに会いたい場合、献上品を両手に来ないと無礼千万で門前払いです。はい、以前にドリルを門前払いしたらクナイが飛んできましたが何か? それ以来、空菱はドリルを勝手に入れるようになりましたが何か? わたしは帝王であり家主ですよ。
花菱じいちゃんが用意してくれた座椅子によっこいしょと。
「相変わらずですわね」
「花菱じいちゃんとチェンジしてくれ」
キッチンで中華鍋を片手にコーヒー豆を炒めている空菱をチラチラと見る。——警戒。
「花菱の年齢で唯衣ちゃんを守る執事は重労働ですわ」
「今日からわたしが八王子、ドリルが新垣だ。解決」
「イヤですわ。ワタクシ、長生きして屋久杉の成長観察しますの」
「屋久杉>わたし、かい。まぁ、わたしも、わたし>屋久杉>ミジンコ>庶民>ドリルだから人の事は言えないか」
空菱はドリルとならお嬢様的な言葉使いじゃなくても怒らない。機嫌悪い時とか、さっきみたいにどっかり座ってふてぶてしかったら怒るけどね。
「それで、ドリルは何しに来たんだ」
「生徒会の庶務様に御用がありまして」
「ドリルの前に庶務様は永遠に現れないのでしたぁ。そもそも引き受けていないし。話は終わり。帰宅してくださ〜い」
「朝日ケ丘大学高等部におりましてよ。鼻に突く匂いといいますか、花に付く蛾といいますか。不貞な輩が」
いつもいつも回りくどいドリルだな。気を使ってんじゃねえよ。
「新垣総帥様のおこぼれが欲しいと益体つくバカ親や身勝手な恨みを持つ負け組の親から生産されたクソウジが学校にいると言えよ。入学式の最中、わたしやドリルを櫓から引きずり下ろしたいと思っているクソウジ共の気配に、わたしが気づかなかったとでも思っているのか?」
「それでは、生徒会長閣下がわたし達のクラスを新垣総帥派や八王子に属する者や一般庶民で固め、唯衣ちゃんが居心地良く過ごせる環境にしていたのはご存知でしたか?」
真面目な顔になりやがって。
「なんなんだあの留年生徒会長。ドリルの知り合いなのか?」
「知り合いではありません。どちらかと言えば八王子より新垣家に縁深い人間です」
「新垣に縁深い? それを知っているなら八王子は筋肉オヤジの素性を知っているということだろ。なに勿体ぶってんだ。ハッキリ言えよ」
「ご自分で閣下に聞いてください。ワタクシには、閣下はワタクシ達の味方としか言えませんわ」
ドリルはわたしに筋肉オヤジとの会話を増やせと言いたいんだな。
いつもいつも回りくどいな。
そんなめんどくさいもん答えは決まってるだろ。最初から……
「わたしが学校に行かなきゃいい。行ったとしても誰とも関わらなければいい。万事解決」
「ですわね。唯衣ちゃんが誰とも関わらなければ、庶民への被害は減らせますわ」
「義務教育の時でウンザリしていたんだ。もう、わたしの好きなようにさしてくれって話だ。めんどくせ〜」
欠伸をしながらキッチンを見る。
空菱が焙煎したコーヒー豆を挽いてる。正確には焙煎機を使わずに中華鍋で甘グリみたいに炒めているから、焙煎より炒め、かな。わたしはその辺の事はわからないし、大した変わりはないと思うからどっちでもいいかな。
とりあえず、絶妙な炒め具合で挽いたコーヒー豆の香りがリビングに漂う。
んっ? この匂い……。
イケメン店員さんがいた喫茶店のコーヒーと似てる気がする。
「おい、ドリ……」
ドリルもイケメン喫茶に行ったのか? と聞こうとしたんだけど……。
真面目な顔してどうしたんだ。
まぁ、『ワタクシ達のお味方さん』らしい筋肉オヤジの事だろうけど。
「それで、筋肉閣下殿にぞっこん中のビッチドリルは何を言いたいんだ?」
「その閣下を見た、新垣様ではない唯衣ちゃんとしての感想は?」
入学式の最中にも聞いただろ。
偽善者って言ったよな。
具体的にって事か?
「ひきこもりは引きずり出すと新入生に啖呵切っていた物好きな筋肉閣下殿は、可愛いお嬢様を学校へ来させたくないけど、啖呵を切った手前、良いところを見せたいから、お嬢様なわたしを学校に来させないとならない」
「啖呵では……」
わたしは左掌を向けてドリルの言葉を止める。まだ話は終わっていないのだ。
「弾丸1発ナイフ1刺しで努力友情勝利を踏み躙るお嬢様の世界を庶民が知れば、自分達の生活空間に生まれた悲劇の原因はお嬢様が元兇だと判断する。悲劇の前は新垣の七光りに群がり、事後は学校に来るな……コレが『民意』だ」
「義務教育まではそうでしたが、これからは違います」
「小学生低学年の頃、ただの帝王でしかなかったわたしの近くにいた庶民がタチの悪い暗殺者に斬られたのを、ドリルも目の前で見ていただろ。中学の入学前も今みたいに『小学生までは……』と同じような事を言ってたけど、結果はどうだった? わたしの近くに来た庶民の机に弾丸が撃ち込まれてbat-endフラグがピコーンだ。庶民は掌を返し、汚物を見るような目でお嬢様を見るようになっただろ」
「高校では違うのです。閣下のいる高校では……」
「ドリル。弾丸1発の脅しで、汚物を見るような目で見られる方がマシなんだ。筋肉閣下殿みたいな正義感ぶったヤツはどうなった? タチの悪い暗殺者【黒血を継ぐ魔女】は、わたしの目の前で正義感ぶったヤツに死の恐怖だけを植え付け、わたしが新垣グループに潰された犠牲者の上に立つお嬢様だと忘れさせないために、わたしに近づく庶民という犠牲者を積み上げていただろ」
「閣下はそんな【黒……」
「ドリル。筋肉オヤジの事はもういい。わたしに戯言を吐くより、筋肉オヤジに現実を教えてやれ。理想を押し付ける傍若無人は狭い校内では通用しても、回りに被害が及ぶようなお嬢様に理想を求めるのは、民意から見たらただの蛮行でしかないってな。空菱、ハチミツもお願いねぇ」
はいはい、話は終わり。
「民意、ですか。閣下は……」
「筋肉オヤジの話をしたら追い出すからな」
ドリルが何を言ってもわたしの考えは変わらない。そもそも、わたしはドリルの『たらればの議論』ではなく『現実』という結果論で話している。
かみ合わない議論は会話にもならない下世話な口論にしかならない。——意味無し。
「唯衣ちゃんは何故ぼっちでいたいのですか? 何故、回りの被害ばかりを考えるのですか? お嬢様の事情を知っても尚、唯衣ちゃんを守りたい庶民もおりますのよ」
今日のドリルはどうしたんだ?
帝王でありお嬢様なわたしをお嬢様にしているのは新垣グループの総帥、精子提供者だ。新垣グループ内の連中がわたしという財産配分が減る要素を消したいと思っていたり、新垣グループに恨みや妬みがある連中がわたしにその恨みや妬みを当て付けてくるなんて、義務教育中も日常茶飯事だったろ。
わたしに関われば鼠算式に悲劇からの犠牲者が増えていくのだ。
わたしに近づくドリルはすでに手遅れだが、花菱じいちゃんがいるから大丈夫。
でも、庶民生徒や筋肉オヤジは別だろ。
わたしに関わらなければいいだけの話なのに、くだらない口論を続けようとするなんてドリルらしくないな。
筋肉オヤジに夢を見すぎだ。肩を持ちすぎだし…………まさか……。
マジで筋肉オヤジに惚れてるのか?
どこがいいんだ、あんな汗臭いオッサン。
「ドリル。わたしは帝王教育を学んでいないからわからないけど、生産性を保つためには無能な庶民でも生かして活かすのが帝王様だろ。庶民と関わらないのが最良の譲歩なんだ。これ以上の口論に意味はない。話を変えないと追い出すからな」
「唯衣ちゃんを守りたい庶民の気持ちや生き方を無下になさるのは、帝王としての器が小さいと思いますが?」
おっ、話の軸を変えずにわたしの内面を突っついてきやがった。
これはおもしろい。
「気持ち、生き方、それは命があってのモノだ。努力友情勝利とい情が注がれて満たされるような器では、大小に関わらず簡単に割られる。大きくても小さくても、割れない器を持っているのが帝王だ。論破」
「唯衣お嬢様。お待たせいたしました。90点」
御膳台を持ってきた空菱から、めったにいただけない90点、いただきました。
空菱のお墨付きです。わたしは間違っていない。ドリルが間違っている。——決定。
わたしは空菱が置いた御膳台の上、陶器のコーヒーカップへ視線をやる。
カップに半分ほど入ったコーヒーにドボドボとハチミツを入れ、ミルクとシュガーをダバダバと入れる。
軽く混ぜて一口。
………………
…………
……
なんだコレ?
「唯衣ちゃん。コーヒーのお味は?」
「…………」
「唯衣ちゃん。コーヒーのお味は?」
うるっせえドリルだな。
真面目な顔だから余計に苛立たしい。
コーヒーの匂いは、イケメン店員さんがいる喫茶店のコーヒーに似ている。最高級品レベルのコーヒー豆から淹れた香りだ。
たとえハチミツやシュガーやミルクを大量に入れても、お嬢様なわたしの舌は誤魔化されない。
こんな良い香りがするコーヒーが不味いのは何故だ?
「唯衣ちゃん。コーヒーのお味は?」
「この生豆はどこから手に入れた?」
「ワタクシはコーヒーのお味を聞いております。唯衣ちゃん、コーヒーのお味は?」
「不味い」
としか言いようがない。
「不味い、だけですか?」
「不味いだけだ」
「唯衣ちゃんはまだまだ子供ですから、美味しく飲めるようになるのはまだまだ先そうですわね」
「…………」
論破されたからって子供扱い、妹扱いですかドリルさん。
あなたも飲んでみなさいな。さあ、さあ、さあ!
ドリルは御膳台に手を伸ばし、高級カップにハチミツとシュガーとミルクを大量に入れ、ひと混ぜして一口。
「不味いですわ。香り負け甚だしいですわ」
だべ〜〜。不味いべ〜。
ふぅ、良かっ……!
美味いって言ったらどうしよう、とか思ってないんだからね!
コレが大人の味ですわ、て言われるかもしれないってドキドキなんかしてないんだからね!
「不味いだろ。香りは良いんだ。なんで不味いんだ?」
わたしは空菱を見る。
「炒れ方です」
「空菱。挽き方だ」
おっと、どS教育係とスーパー執事の意見が割れましたよ。
「挽き方もですが、炒れ方でコーヒーに深みを与える、と私に御指導くだされたのは御師さんではありませんか」
「空菱。生豆から炒れた時点の香りに味を阻害する要素はなかった。挽いている時に香りを優先し、細かく挽きすぎた結果、淹れた時にえぐみが濃くなったのだ。そして、このコーヒー豆の扱いに精神をすり減らさないとならないのは、炒れや挽き以上に淹れ方。コーノ式ではこのコーヒー豆の真価は引き出せない」
どS教育係の空菱にこれだけ言えるのはスーパー執事花菱じいちゃんだけだ!
さっすが花菱じいちゃん!
もっと言ってやれ!
へっへっへっ。どSが落ち込むところなんてめったに見られないからスッキリしたぜえ。
「ですが、どんな良い生豆を最高の加減で炒り、最高の加減で挽いて、精神をすり減らして淹れたとしても、子供舌ではコーヒーの真価はわかりませんな」
子供舌ですんません。
ドリル。お前も子供舌だからな。
「たしかにコーヒーはブラックですわね」
「ドリル。ハチミツとシュガーとミルクを大量にぶち込んだ記憶はどこに行ったんだ?」
「紅茶派のワタクシは結衣ちゃんの子供舌に合わして入れておりますわ」
「へぇ〜〜〜〜。ドリルがわたしと合わせる。へぇ〜〜〜〜。人の都合にズガズガと土足で上がり込んでくる気づかいなしのドリルがわたしに合わせる。へぇ〜〜〜〜」
……ふぅ。
「カエレェェェェェ!!!!」
帰れ!
屋久杉の成長観察DVD持ってきていなさそうだし、帰れ!
献上品は両手に!
片手にしか持ってきてねぇなら、カエレェェェェ!!!!
「唯衣ちゃん。ホワイトアスパラの成長観察DVDを持ってきましたの」
なにぃぃぃぃ!!?
「ほ、ホワイトアスパラ、だと」
さ、寒気が……。
コイツは、な、なんつう献上品を、持ってきやがったんだ……ブルブル。
「人間なら1時間もかからず精神が崩壊する深淵を栽培地にしている、あのホワイトアスパラの成長観察DVDだと?」
「深淵を覗く時、ホワイトアスパラもこちらを覗いている、と言われるホワイトアスパラの成長観察DVDですわ。ワタクシ、怖くて一人で見られませんの。一緒に見てくれます?」
「見るに決まってんだろ!」




