ぼっちになりたいお嬢様と教育係
わたしはバルコニーの東側でうつ伏せになり、4階建て校舎の生徒会室を見ている。
「お嬢様なわたしは怪物兵器アンチマテリアルライフルを使いこなす。ふっふっふ。このバレットM82A3CQB……MIDだったかな? よくわからないけど、すごいのが火を噴く」
スコープを覗き込み、なんかよくわからないけど焦点を合わす感じにスコープをいじくる。
「西からの向かい風。このバスティ……バスなんちゃらをチチチ、チチチ、お嬢様なわたしが使うに相応しいスコープだ。あっ間違えた。ここは東側だから北東的な向かい風……チチチ。よし、バッチリ筋肉オヤジを捉えた」
鏡の前でポージングなんぞ決めやがって!
バレットM82A3CQBだかMIDのデッカい弾丸を喰らいやがれ!
「くらえ筋肉オヤジ! ドンッ! チリンチリン。空薬莢の音色が気持ちいいぜ」
ミッション終了。バレットM82A3CQBだかMIDで筋肉オヤジを暗殺して……なにぃ!?
「ば、バカな! お嬢様なわたしの弾丸が胸筋に挟まれている!」
「もう1発だ! ドンッ!」
「なに! 次は背筋で弾丸を挟めただと!」
『お嬢様。ボルト•ハンドルを後方に引いておりませんから弾薬は薬室へ装填されておりません』
「まずい! 筋肉オヤジにバレた!」
避難避難! ……んっ?
「お嬢様。チリンチリンと薬莢が排出されてはおりますが、セミオートなのでボルト•ハンドルを後方に引かなければ薬室に弾薬は装填されておりません。そして可変ズーム付き40倍率スコープ、バリスティックが標準装備でしたらCQBでもMIDでもなくM82A3。ちなみに風は西からの追い風です」
き、教育係……様。いつから……。——赤面。
み、見られていました? ——黒歴史。
生き恥を胸に振り向いたわたしの前にいるのは、執事服を着た美人。
「そ、空菱。どうしたの?」
「沙織お嬢様がお引っ越し祝いにと、来られていますが」
肩まで伸ばした艶やかな黒髪に年齢37歳とは思えない顔立ちは20歳と言われても信じてしまう。
立ち姿は花菱じいちゃんと同じく日本刀の反りを思わせ、希薄な表情はキレッキレッだが、かっこいい花菱じいちゃんとは異なり、怖い。——恐怖。
わたしが生まれた時から教育係兼執事として身の回りのお世話をしてくれている。
私の会社、ブラック企業かも……と思っている人が空菱の休日数を聞いたら職業意欲が湧くだろう。
15年間休み無しです。
とりあえずドリルが来たらしい。
妄想中のわたしをドリルに見られなかったのは救いだ。
いつもならドリルが来たらわたしの了解無しに空菱は自己判断で入れるんだけど、櫓の上で筋肉オヤジにセクハラされてる時や生徒会室でお嬢様なわたしが不快になっている時に助けてくれなかったから、ドリルは出禁にした。
妄想前のわたし、ファインプレイだ!
「ドリルは出禁」
「めずらしいコーヒー豆が手に入ったと、お持ちしておりましたが」
「…………チッ」
舌打ちする。
ドリルのヤツ、背伸びしているわけではないお嬢様なわたしが断れない献上品を持ってきやがった。
これで帰したら『紅茶だけでなくコーヒーも飲めなくなりましたの?』とか言うだけでなく、わたしへの妹扱いが悪化する。
「淑女は舌打ちをしてはなりません」
はい。教育係様。あなたの前ではしませんから、禍々しいオーラ的なモノは出さないでください。怖いです。マジで。——恐怖。
「申し訳ございません。八王子様をリビングに通してください」
「…………」
お嬢様モード全開ですけど……?
何か不都合がありましたかね……?
教育係様、怖いです。
「チッ」
舌打ち?!
「10点。沙織お嬢様をご案内してまいります」
「は、はい」
舌打ちするなって言ったの教育係様ですよね?!
今、教育係様が舌打ちしましたよね!?
「何か不都合がございましたか、お嬢様?」
不都合ですけど怖いから不都合ではありませんよ!
「いえ。八王子様をお待たせしてはなりません。お身体がお冷えになられる前に案内してあげてください」
「ご案内さしあげてくださいませ」
「ご案内さしあげてくださいませ」
「15点。チッ」
社会人の皆さん。15年間休み無しだと、教育係という立場さえぶっ越えて、雇い主にこんな対応ができます。
ドリルの執事花菱じいちゃんはいいな〜〜〜〜。
優しいし、何でもわがまま聞いてくれるし、わたしがお嬢様モードでなくても可愛い可愛い言ってくれるし。
空菱なんて、目元をもっと愛らしく笑顔を作れだの口元が緩みすぎだのとブチブチぶちぶちうるさいし、できなかったら怒るし。
休暇取ってよ空菱。
わたしはため息を吐きながらリビングに行く。
あっ、制服を着たままだから空菱は怒っていたのかな?




