便利な俺ら
「朝ご飯食べよう。すぐ作るね」
ランカは、服を着ないままテントの外に出てしまった。
一晩中寄り添ってたせいで、結局俺は一睡もできなかった。
耳の痛みは……、少しマシになった。まだ耳の奥がごろごろする。自分の腕に鼻を近づける。昨日は汗くさいって言われたし、風呂に入りたいな。近くに水辺があればいいんだけど。
ランカがなかなか戻ってこないので、テントの隙間から首を出して外の景色を見てみた。
「うおっ……、まぶしっ!」
俺は目を押さえてテントの中に逃げ込んだ。耳だけでなく目もやられちまったか。
「タロウ、どうかした?」
心配そうなランカの声が頭上でしたが、痛みでそれどころじゃない。
「目がー、目がー」
「何かそんなこと言うアニメキャラいたよね。何だっけ。まあいいや。タロウこっち向いて」
ランカは俺の頭を抱え、引き寄せる。つむじに柔らかい感触。両脇から包み込まれる人肌のクッションに気が和らいだ。
薄目を開けるとランカのうっすら赤らんだ肌と下着のストラップが目に飛び込んできた。
「いいから服を着ろよ! 俺が恥ずかしいよ」
「何でタロウが恥ずかしがるの。私裸族だからこっちの方が落ち着くの。どうせ誰も見てないでしょ」
そういう問題じゃないんだよ。自分の恋人のあられもない姿を他人に見られたくないっていう独占欲なんだけど。恥ずかしいから言えない。
「本当は下着もつけたくない。窮屈なんだよね。タロウも試しにやってみ? 女の子の気持ちわかるから」
ランカが自分のしていたブラのホックを外して俺に手渡してきた。見かけによらない豊かな乳が反動をつけて露わになる。ぽよんという擬音がふさわしい。
「い、いいって! ほら、朝飯食べて、タマさんに話聞きに行こう」
結局、朝飯の間もランカはブラとショーツ姿のままで、一向に服を着ようとしなかった。
「外は日差しが強いから日焼け止め塗った方がいいよ」
「俺持ってない」
「私の貸してあげる。と……、言いたいところだけど後輩に預けてたんだ」
ランカは眉を下げて、FGを見やる。その懸念が手に取るようにわかった。
「ランカ……、あのさ」
「後輩のことなら大丈夫。あのくらいじゃ死なないし。あ、サンオイルならあった」
ランカは事務的に言ってから、白いボトルを俺の足下に置いた。心中穏やかじゃないんだろうけど、騒いだ所でどうにかなるものでもない。理屈の上ではそうだけど感情を表に出さないってすごいな。
「へいへーい! とりまオイル塗っちゃう? 日焼けおそろ。めっちゃおそろ」
「ランカ、無理すんなよ」
「無理してませーん。オイルシクヨロ」
ランカは下着もぽいぽい脱ぎ捨て、生まれたままの姿でうつ伏せになる。
下手な芝居も、オイルも、時間稼ぎが見え見えだった。俺をヒロコの所に行かせるのが嫌なんだろう。物わかりが良い振りして駄々っ子か。
「YOuも脱いじゃいなYO!」
「やだよ、ギャル男とかだせえ」
「えー、似合うと思うんだけどなぁ。タロウはギャル子は嫌い?」
「嫌いじゃねえよ」
「うわ、即答した。相当好きと見える。頑張って焼かなきゃ」
無駄な使命感燃やしちゃってる。仕方ない。きれいに焼けるように満遍なく塗ってやるか。
「お、仕事人の目だねー」
「勘違いするな。ちゃっちゃと塗ってタマさんのとこ行きたいだけだから」
透明なオイルをぴゅぴゅっと、ランカの背中に満遍なくかける。見慣れた蜂のタトゥーが液体で覆われた。
肌に手を触れようとした時、ふと視線を感じた。
テントの覆いをめくるようにして、ヤギが首を突っ込んでいた。心なしか俺の顔を見ている気がする。
(しっしっ……、今いいところだから)
ヤギを手で追い払い、ランカの桃尻に目を落とす。オイルでテカってて妙にエロい。
物音がしないと思って顔を上げると、ヤギの頭が二つに増えている。二つが三つ、三つが四つになるのに時間はかからなかった。
ランカに注意を促す間もなく、むごい音を立ててテントはあっけなく瓦解した。テントの残骸にはヤギの歯形がついている。夥しい数のヤギが口を動かしていた。テントを食べちゃったのかな。
青い空の下に突然放り出され、ランカに服を着ろとも言えず、俺は指に滴るオイルをズボンにこすりつけてふいた。
「邪魔しちゃって悪いねえ」
神殿の階段にタマさんがいる。俺たちは神殿のすぐ側にテントを張っていたので見下ろされる格好になる。タマさんが俺たちに気を遣うタイプでないというのは昨日の会っただけでもわかっている。今も、目を釣り上げ怒鳴り散らしそうだ。
「いや、すみません。すぐ伺おうと思ってたんですが」
俺が白々しい弁解をしている間にランカが服を着ている。ヤギは相変わらず俺らの周りに溜まっていた。
「嘘つけよ。昨夜からイチャイチャしどうしだったじゃねえか。あたしの目を誤魔化せると思うな」
タマさんは俺たちの会話を盗み聞いていたんだろうか。だとしたら、あまり趣味の良いものではない。
「……、ヒロコの具合はどうなんですか」
「聞いてどうする」
俺にできることはもう何もないと言われてるのも同じだった。でも気になるじゃないか。
「貴方が助けるって言ったんでしょう? 責任取れるかどうかそれが聞きたいだけなんですよ」
俺が風の音に負けじと声を張ると、タマさんは不吉なことを言い出した。
「ヒロコな、死ぬよ」
聞き間違いか? 俺の耳まだ治ってないから。ランカに聞こうとした。彼女も立ち上がって憤りに近い顔をしていた。
「は……? 何て?」
「だからぁ、死ぬって」
耳をほじりながら、雑に言い放った。
俺は全速力で階段を上り、タマさんの肩を掴んだ。偉そうにしてても体つきは子供に過ぎない。やはりからかわれてるんじゃないかと思って怒りは倍増した。
「ふざけんな! あんたが何とかするって言ったんだろ! 何とかしろよ 助かるんだろ? なあ!」
「てめえはいつでも人任せだなあ。タロウちゃん」
タマさんが笑うと、顔半分を覆う傷が動いた。日の光の下だとより目立つ。火傷か薬品、普通の傷じゃない。
「これまで一人でなんとかしてきたつもりだろうが、全然違うぜ。イリスがいなかったらとっくに死んでるっつーの」
イリスがどうして絡んでくるんだ。今はヒロコの安否が最優先なのに。
「私が全部悪いんです。許してください。お願いします」
ランカちゃんがいつの間にか俺たちの足下にひざまずいて額を階段につけていた。
「便利な彼女がいて助かったなぁ。ほら、手を離せ」
唾でもはきかけられたみたいな屈辱を、俺たちは味わった。でもタマさんのさじ加減一つでヒロコの運命が決まってしまうのなら逆らうわけにはいかない。
苦渋をなめるのはもう沢山だが、俺は手を離し対話を続けた。
「ヒロコは……、どうなんですか。本当の所を教えて下さい」
タマさんは神殿の方を向いて、声を落とした。
「このままだと一週間かそこらで死ぬだろう。イリスと長く触れさせ過ぎた。冒険者でないヒロコには負担が大きすぎたんだよ」
「イリスって何者なんですか? その言い方だとまるでイリスが」
「イリスは単なる箱船の神子」
タマさんが階段を降り始めたので、俺たちも続く。
「人は一人では助からない。ましてあたしは神じゃあない。出来ることには限りがある。つまり」
「俺に出来ることがあるってことですね」
ヒロコを助けられるのなら、どんな条件でも飲むつもりだった。あんなひでえ女、知らねえとか思ってさっきまでオイル塗ってたのに俺は、俺は……、一番便利な男になりつつある。
タマさんは傷のある顔半分で振り向いて笑う。悪魔が笑うって、きっとこんな感じなんだろうな。
「タロウ=オオツダ。お前にはS級冒険者になってもらう。それも一週間以内にな」




