第8話「最弱の一歩」
地下格納庫に通い詰める日々が始まった。
レンは毎晩、誰もいない格納庫の中で、鋼鉄の巨体――戦車と向き合い続けていた。動かし方すら分からない代物を前に、まずは構造を理解することから始めるしかない。
幸い、格納庫の隅には、行方不明になった技術者が残したという設計図の写しが、埃をかぶって積まれていた。レンはそれを一枚一枚めくりながら、履帯の駆動原理、装甲の構成、内部機構――理解できる部分から、少しずつ知識を積み重ねていった。
「……エンジン、って言うのか。この、燃料を燃やして動力に変える仕組み」
異世界の魔導技術とはまるで異なる理屈に、レンは何度も頭を抱えた。だが同時に、その理屈の一つ一つが、恐ろしく合理的にできていることにも気づかされた。
(面白い……こんな仕組みで、これほどの重量を動かせるのか)
理解が深まるほど、掌からあふれる光も、確かな輪郭を帯びていく。
三日目の夜、ようやく最初の変化が訪れた。
「……動いた」
埃をかぶっていたはずの戦車が、レンの強化を受け、静かに駆動音を響かせ始めたのだ。
「うわ……ほんとに動いた」
レンは思わず声を上げた。誰もいない格納庫に、その声だけが響く。
だが、これはまだ始まりに過ぎなかった。動くようになっただけでは、司令官が求める水準には到底届かない。
それから更に数日、レンは寝る間も惜しんで戦車と向き合い続けた。装甲の強化、機動性の向上、そして――主砲と呼ばれる兵器の理解。
「これは……危険すぎる。理解しきれてない状態で下手に強化したら」
レンは慎重に、少しずつ知識を積み上げていった。焦って強化すれば暴走を招きかねないと、経験則から悟っていたからだ。
ある夜、作業を続けるレンの元に、ガイウスが差し入れを持って現れた。
「よお、まだやってんのか」
「あ、ガイウスさん。ありがとうございます」
「無理すんなよ。……にしても」
ガイウスは戦車を見上げ、感嘆の声を漏らした。
「最初に見た時は、ただのガラクタだと思ったが。ここまで様変わりするとはな」
「まだ全然、完成には程遠いです」
「十分だろ、これでも」
ガイウスはレンの肩を叩き、笑ってみせた。
「お前、変わったな。前は、自分のスキルのこと、卑下してばっかだったのに」
「……そうですね。理解すれば、ちゃんと応えてくれる。このスキルは、そういうものなんだって、最近やっと分かってきました」
その言葉に、ガイウスは満足げに頷いた。
「よし、俺も付き合うぜ。お前が納得いくまでな」
そんなある日、格納庫の入り口に、思いがけない人物が姿を現した。
「……レン」
「レティシア」
彼女は複雑な表情を浮かべながら、戦車を見上げていた。
「噂は聞いてたけど……本当に、こんなことまでできるようになってたのね」
「あの時は、ごめん。俺、レティシアの気持ちに、全然気づけてなくて」
「……いいの。あたしこそ、八つ当たりみたいなこと言って、悪かったわ」
レティシアは僅かに視線を伏せた後、再びレンを見据えた。
「ねえ、レン。あたし、決めたの」
「何を?」
「あんたに置いていかれないように、あたしも、もっと強くなる。〈剣聖の加護〉に頼りきりじゃなく、自分の実力で」
その言葉には、以前のような棘はなかった。ただ、まっすぐな決意だけがあった。
「だから――あんたも、負けないでよね」
レンは、初めて彼女の本当の想いに触れたような気がした。
「うん。頑張るよ」
こうして、レンの戦車強化計画は、着々と進んでいった。
――そして、聴取から十日後。
司令官の前で、レンは完成した戦車の性能を披露することになる。
誰もが「ハズレスキル」と笑っていた青年が、初めて「本物の力」を世に示す瞬間が、静かに近づいていた。
(第1巻・完 第2巻「軍事転用編」へ続く)




