第1話「特異点への航路」
スペースクラフトが、星系の外縁部を抜け、いよいよ未知の領域へと足を踏み入れようとしていた。
「重力異常、検知しました。ブラックホールの影響圏に、突入しつつあります」
ヴェルミナが、緊迫した声で報告する。
「ゼロ号、船体の状態は?」
『現在のところ、重力耐性システム、正常に機能しております。ただし――』
ゼロ号の声に、僅かな緊張が滲んだ。
『影響圏の深部に進むにつれ、負荷が指数関数的に増大していく可能性があります』
「想定内だ。慎重に進もう」
レンは、操縦席で気を引き締めた。
窓の外に広がる光景は、これまで見たどの宇宙とも異なるものだった。星々の光が、まるで水面に映る影のように歪み、渦を巻きながら、遠方の一点へと吸い込まれていく。
「これが……ブラックホールの重力場」
「美しい、と同時に、恐ろしい光景ですね」
ヴェルミナが、静かに呟いた。
しばらく航行を続けると、思いがけない反応が、レーダーに現れた。
「反応、確認! 前方に、人工的な構造物が存在します!」
「人工物……? こんな場所に?」
レンは、驚きながらモニターを覗き込んだ。
ブラックホールの重力場の縁――通常であれば、あらゆる物質が耐えられないはずのその領域に、巨大な、幾何学的な構造を持つ都市のようなものが、静かに浮かんでいた。
「あれが……ブラックホール文明」
「まさか、こんな極限環境に、文明を築いているとは……」
ドルシスも、驚愕を隠せない様子だった。
構造物に近づくにつれ、通信機に、断続的なノイズが混じり始めた。
『……接触、を……確認……』
途切れ途切れの声が、機械越しに響く。
「聞こえますか! こちらは……」
『……理解、なき、力は……牙を、剥く……』
その言葉に、レンは、はっとした。かつてドルシスが口にした言葉と、酷似していたからだ。
「今の、何か意味があるんでしょうか」
「分かりません。ですが、警告のようにも聞こえます」
ヴェルミナが、険しい表情で答えた。
その時、獅堂グレンが、静かに刀の柄に手をかけた。
「レン、来るぞ」
グレンの言葉と同時に、構造物の一部が、大きく変形を始めた。
「な、なんだ、あれは……!」
巨大な構造物から、無数の触手のような機構が伸び、レンたちのスペースクラフトへと迫ってくる。
「回避行動!」
レンの叫びと共に、ゼロ号が、寸前のところで船体を回避させた。
「これは……歓迎、というより」
「明確な、敵対行動ですね」
ヴェルミナの冷静な分析に、レンは拳を握りしめた。
「理解する前に、まず生き延びないと……!」
こうして、レンたちの、ブラックホール文明との、予想外の激しい対峙が、幕を開けることとなった。
(第2話へ続く)




