第9話「準備の日々」
ブラックホール文明の存在が明らかになってから、レンたちは、これまで以上に緊張感を持って、来るべき対峙への準備を進めていった。
「通常の物理法則が意味を失う領域……そこでの活動には、これまでの技術体系だけでは、到底対応できないでしょう」
ヴェルミナが、集めた資料を前に、険しい表情を浮かべる。
「重力そのものへの理解が、不可欠になりそうですね」
レンは、資料を読み込みながら、これまでにない規模の学習に取り組み始めていた。
「マスター、集合意志より、重力理論に関する追加資料が届きました」
ゼロ号が、次々とデータを転送してくる。
「ありがとう、ゼロ号。……これは、本当に、途方もない話だ」
レンは、重力の本質、時空の歪み、特異点における物理法則の破綻――理解すべき事柄の膨大さに、何度も頭を抱えた。
そんな中、獅堂グレンもまた、レンの研究に付き合うようになっていた。
「なあ、レン。俺の剣、ブラックホールじゃ意味を成さねえって話だったよな」
「はい……恐らく、通常の物理法則に基づく攻撃は、全て無効化されてしまう可能性が高いです」
「なら、俺はどうすりゃいい」
グレンの問いに、レンは少し考え込んだ。
「もしかしたら、あなたの剣そのものを、俺が理解し尽くせば……重力にも抗える強化が、できるかもしれません」
「俺の剣を、理解する、か」
グレンは、興味深そうに笑った。
「面白い。やってみろよ」
こうして、レンは、グレンの剣という、これまでとは全く異なる対象への理解にも、取り組み始めることとなった。
一方、ドルシスもまた、かつての故郷で得た知識を惜しみなく提供し、レンの研究を支えていた。
「レン、わしの故郷でも、特異点に関する研究は、ついに完成を見なかった。それほどまでに、困難な領域だ」
「それでも、俺はやってみます。理解できないことなんて、ないはずだから」
その言葉に、ドルシスは静かに頷いた。
「その心意気だ。お前ならば、必ず道を切り開けるだろう」
数ヶ月にわたる準備期間を経て、レンたちは、ついに、重力耐性を備えたスペースクラフトの試作機を完成させるに至った。
「試験航行、開始します」
完成した試作機が、静かに発進する。
「重力耐性、確認中……安定した数値を維持しています!」
管制室に、期待と緊張の入り混じった声が響く。
「よし……これなら、いける」
レンは、深い手応えを感じながら、次なる挑戦――ブラックホールそのものへの接近を見据えていた。
だが、この準備が完了する頃、宇宙全体に、思いがけない変化が訪れようとしていた。
「零崎殿、集合意志より、緊急の通信です」
ヴェルミナの声に、レンは緊張しながら通信に応じた。
『貴殿らへ、伝えねばならぬことがある』
集合意志の声には、これまでにない、重々しい響きが込められていた。
『ブラックホール文明が――既に、こちらの動きを察知している可能性がある』
その言葉に、レンは息を呑んだ。
(第10話へ続く)




