第5話「幼馴染みの焦り」
ガイウスと約束を交わした翌日から、レンの日々には小さな変化が生まれ始めていた。
「おい、レン。約束通り、こいつを強化してくれ」
ガイウスが持ち込んできたのは、彼の私物である一振りの大剣だった。長年使い込まれ、刃こぼれも目立つが、それでも大切に手入れされてきたことが伝わってくる一振りだった。
「分かりました。ただ、少し時間をもらえますか? しっかり“理解”してから強化したいので」
「理解、ね。まあ、任せるよ」
レンは大剣を受け取ると、倉庫の一角で、じっくりとその構造を観察し始めた。刃の反り、重心の位置、柄の握り具合——ガイウスがどんな剣筋でこの剣を振るうのか、想像しながら理解を深めていく。
その様子を、少し離れた場所から見つめる人物がいた。
「……何、あれ」
レティシアだった。彼女は剣の稽古の合間、偶然倉庫の前を通りかかり、レンとガイウスのやり取りを目にしていた。
(レンが、ガイウスと……?)
胸の奥に、言葉にしにくい小さな棘が刺さるような感覚があった。
レティシアは幼い頃からレンを知っている。召喚される前、二人はよく共に過ごした仲だった。だからこそ、鑑定でハズレスキル判定を受けた時、誰よりもレンを心配したのは彼女だった。
だが同時に、レティシア自身も、複雑な感情を抱えていた。
彼女は〈剣聖の加護〉という最上位スキルを授かり、順調に戦闘職としての階段を上り始めている。実力も、周囲からの評価も、日に日に高まっていく一方だった。
(それなのに、なんで……)
レティシアは、自分でもうまく説明のつかない焦りを感じていた。ハズレスキル持ちと笑われていたはずのレンが、いつの間にか工廠長に目をかけられ、基地内でも屈指の実力者であるガイウスとまで繋がりを持ち始めている。
自分よりも先に、誰かに「必要とされ」始めている——そんな感覚が、レティシアの心をざわつかせていた。
「レティシア様、稽古の続きは?」
「……あ、ごめん。今行くわ」
同じ小隊の仲間に呼ばれ、レティシアは慌てて視線を逸らす。だが、心の中のざわめきは、その日一日消えることはなかった。
夕方、稽古を終えたレティシアは、倉庫に向かって足を運んでいた。理由は自分でもよく分からない。ただ、確かめたかったのだ。レンが今、何をしているのかを。
「レン、いる?」
「あ、レティシア」
倉庫の中では、レンがガイウスの大剣を前に、真剣な表情で作業を続けていた。
「その剣、ガイウスの?」
「うん。強化を頼まれて」
「……ふうん」
レティシアは、努めて何気ない口調を装いながら、剣を覗き込んだ。だが内心では、自分でも驚くほどの棘のある言葉が、口をついて出そうになっていた。
「あんた、いつの間にガイウスと仲良くなったのよ」
「え、それは……この間、倉庫で会って、意気投合したというか」
「ふうん、そう」
レティシアは腕を組み、明後日の方向を向く。
「別に、あたしには関係ないけどね」
「あ、うん……」
レンは戸惑いながらも、レティシアの様子がいつもと少し違うことに気づいていた。だが、その理由までは想像がつかない。
「レティシア、何か、悩み事でも?」
「な、悩みなんてないわよ! ただ……」
レティシアは一瞬言葉に詰まった後、勢いに任せて続けた。
「あんた、あたしより先に、誰かに認められてるのが……なんか、悔しいだけ」
「え……?」
その言葉に、レンは目を丸くした。
「レティシアは、〈剣聖の加護〉持ちで、周りからもすごいって言われてるじゃないか」
「そうだけど! そうだけどさ……あんたは、あんなにハズレスキルって笑われてたのに、あっという間に、あたしの知らないところで、色んな人と繋がりを作ってるじゃない」
レティシアは、自分の言葉の支離滅裂さに、内心で戸惑っていた。だが、一度溢れ出した感情は、簡単には止められなかった。
「なんか……置いていかれてる気がするのよ。あんたに」
その一言を最後に、レティシアは踵を返し、足早に倉庫を後にした。
「あ、レティシア……」
残されたレンは、しばらくその場に立ち尽くしていた。彼女の言葉の真意を、うまく飲み込めないまま。
だが、この時のレティシアの中に芽生えた小さな焦りこそが、後に彼女を思わぬ選択——一時的な敵対という道へと導いていく、最初のきっかけになることを、まだ誰も知らなかった。
(第6話へ続く)




