第5話「裏切り者」
ザガレス皇帝との対話から一夜明け、東部戦線は再び激しい攻防に突入していた。
「零崎殿、敵軍の一部に、動きがおかしい部隊があります」
ヴェルミナが、双眼鏡越しに戦場を観察しながら、眉をひそめた。
「おかしい、というと?」
「明らかに、こちらの防衛線の弱点を熟知しているような動きです。まるで、内部の情報が漏れているかのような」
その言葉に、レンの背筋に冷たいものが走った。
程なくして、その懸念は現実のものとなる。
「報告します! 東部戦線の補給ルート、複数箇所で待ち伏せに遭い、壊滅的な被害を受けました!」
「な、なんだと……」
「補給ルートの詳細は、極一部の関係者しか知らないはずだぞ……!」
指揮所に、動揺が広がる。
その日の夜、レンが一人で作業場に残っていると、思いがけない人物が姿を現した。
「よお、レン。久しぶりだな」
「……鬼灯さん?」
現れたのは、かつて第七小隊で共に過ごしていた、レンを最初に見限ったパーティメンバーの一人――鬼灯だった。だが、その雰囲気は以前とはまるで違っていた。粗野な物腰、鋭い目つき。まるで別人のようだった。
「随分と、羽振りが良くなったみてえじゃねえか」
「あなた、どうしてここに……まさか」
「ああ、その“まさか”だよ」
鬼灯は、ニヤリと笑いながら懐から一枚の書状を取り出した。ドラケイン帝国の紋章が刻まれている。
「お前がハズレスキル持ちだって笑われてた頃、俺も似たようなもんだったからな。だが――お前と違って、俺には見返りがなかった」
「それで、敵国に……」
「情報を売った。お前らの補給ルート、防衛計画、全部な。ザガレス皇帝は、ちゃんと俺の価値を認めてくれたぜ」
鬼灯は、腰の剣に手をかけながら、レンへと距離を詰めた。
「お前の力、もらっていくぜ、レン。……いや、正確には、お前自身をな」
「な……!」
「これも、命令なんでな」
その瞬間、鬼灯が抜刀し、レンへと斬りかかった。
「危ない!」
間一髪、駆けつけたガイウスが、鬼灯の剣を弾き返す。
「ガイウス……!」
「レン、下がってろ! こいつは俺が相手する!」
ガイウスと鬼灯の剣戟が、作業場に激しい火花を散らす。
「くっ、お前、なんでこんな真似を……!」
「知るかよ! 俺はただ、自分の価値を認めてくれる方につくだけだ!」
激しい攻防の末、ガイウスの一撃が、鬼灯の剣を弾き飛ばした。
「くそっ……!」
鬼灯は舌打ちしながら、後方に飛び退いた。
「今日のところは退くが……レン、いずれお前の力は、俺たちが頂くことになるからな」
その言葉を残し、鬼灯は闇の中へと姿を消した。
「レン、大丈夫か!」
「うん……ありがとう、ガイウス」
レンは、震える手を握りしめながら、ようやく息を吐いた。
(あいつが、裏切っていたなんて……)
その夜遅く、ヴェルミナが緊急の分析結果を持って現れた。
「鬼灯という人物からの情報漏洩、すでに複数箇所で確認が取れました。至急、防衛計画の全面的な見直しが必要です」
「分かりました……」
レンは、深いため息をついた。信頼していた仲間が裏切っていたという事実は、想像以上に重くのしかかった。
「レン、気に病むな」
ガイウスが、レンの肩に手を置く。
「裏切る奴がいる一方で、こうしてお前を守ろうとする奴もいる。それを忘れるな」
その言葉に、レンは僅かに救われる思いがした。
だが、この裏切りの一件は、まだ物語の序章に過ぎなかった。
ザガレス皇帝の本格的な猛攻が、いよいよ幕を開けようとしていた。
(第6話へ続く)




