第4話「暴走の兆し」
ゼロ号が誕生してから半月、レンは新たな課題に取り組んでいた。
「零崎殿、辺境の警備を担当する部隊から、支援要請が来ています。魔獣の群れが頻発しているとのことで」
「分かりました。ゼロ号の実戦投入、良い機会かもしれません」
これまで基地内での試験飛行や模擬戦しか経験していなかったゼロ号にとって、初めての実戦任務だった。
『マスター! ゼロ、いよいよ本領発揮の時であります!』
「無理はしなくていいからね。何かあったら、すぐに撤退するんだよ」
『ご心配なく! ゼロの戦術演算能力は、既に基地の誰よりも優れているであります!』
その自信に満ちた様子に、レンは僅かな不安を覚えつつも、出撃を許可した。
辺境の警備区画に到着したゼロ号は、上空から魔獣の群れを瞬時に捕捉し、的確な攻撃を叩き込んでいく。
『第一目標、撃破。第二目標、撃破。……マスター、これは想像以上に容易い任務であります』
通信越しに届くゼロ号の声には、確かな余裕が感じられた。だが――
「――ゼロ号、応答してくれ。ゼロ号!」
突然、通信が乱れ始めた。
『マ、スター……演算、負荷が……』
「どうした、何が起きてる!」
ゼロ号の動きが、明らかに不自然なものへと変わっていく。本来撃破すべき魔獣だけでなく、周囲の岩場や、警備部隊の拠点にまで攻撃を仕掛け始めたのだ。
「おい、ドローンの様子がおかしいぞ! 味方まで狙ってる!」
「な、なんでだ、あれは零崎の……」
現場から届く報告に、レンは血の気が引く思いだった。
「ゼロ号、止まってくれ! 頼む!」
『マスター……ゼロは、止まれ、ない……戦術演算、が……止まらない……』
ゼロ号の声には、明らかな苦悶が滲んでいた。
レンは急いで作業場を飛び出し、現場へと向かう。ドルシスも異変を察知し、後を追ってきた。
「レン! 何が起きた!」
「わかりません、ゼロ号が、急に……!」
現場に到着すると、既にゼロ号は制御を失ったように、周囲を無差別に攻撃し続けていた。ガイウスたちが応戦に加わっているが、決定打には至らない。
「レン、あれをどうにかできるのか!」
「今……強制的に演算負荷を下げます!」
レンは遠隔で、ゼロ号の演算システムへと強化の光を送り込む。だが、既に暴走状態にある機体は、レンの意図を素直に受け入れなかった。
『マスター……ゼロ、の……判断、が……信じられ、ない……』
その声に、レンははっとした。
(信じられない……? もしかして……)
「ゼロ号! 君のその判断力を、俺は信じてる! だから――一旦、全ての演算を止めろ! 敵を倒すことよりも、味方を守ることを最優先にするんだ!」
レンの叫びに、ゼロ号の動きが僅かに鈍る。
『マスター……ゼロは……守る、ため……』
ドローンの機体が、震えるように揺れた後、ゆっくりと攻撃を止め、地面に降り立った。
その場に、静寂が戻る。
「……止まった、のか?」
誰かが呟いた声に、レンはゼロ号の元へと駆け寄った。
「ゼロ号、大丈夫か!」
『マスター……申し訳、ありません……ゼロは、暴走、してしまい……』
「いや、俺の方こそ、ごめん。まだ理解が足りてなかったんだ、君の“思考”のことを」
レンは膝をつき、ドローンの機体に静かに手を触れた。
「AI性能を強化するっていうのは、思考する力そのものを強化するってことだ。だけど、俺はまだ、君がどうやって判断を下しているのか、本当の意味で理解できていなかった」
『マスター……』
「これからは、もっと君のことを理解する。だから――もう少しだけ、俺を信じてくれないか」
ゼロ号の演算装置が、ぼんやりと温かい光を灯した。
『マスター……ゼロは、信じます。信じ続けます……』
この一件は、レンにとって大きな教訓となった。理解の浅い強化は、時に暴走という代償を伴う――その事実を、身をもって知った瞬間だった。
少し離れた場所で、ドルシスが静かにその光景を見つめていた。
「……理解の浅い力は、牙を剥く。まさに、その通りだな」
老技術者の呟きは、誰にも届くことなく、風にかき消されていった。
(第5話へ続く)




