第2話「大空の理解」
特務開発班に配属されて数日、レンは専用の作業場を与えられていた。
基地の一角に設けられたその場所には、これまで放置されていた地球産の技術資料や、召喚者たちが残していった様々な機械の残骸が集められている。
「零崎殿、こちらが新たに見つかった資料です」
案内役の兵士が、埃をかぶった一冊の資料を運んでくる。表紙には「航空機設計基礎」と書かれていた。
「航空機……空を飛ぶ乗り物、ですか」
「格納庫の奥に、機体の残骸も見つかりました。かなり損傷が激しいですが」
案内された先には、ボロボロに朽ちた機体――かつて戦闘機と呼ばれていたであろう金属の塊が、無残な姿で横たわっていた。
「これは……なかなか、手強そうですね」
レンは資料をめくりながら、機体の構造をじっくりと観察し始めた。
揚力の発生原理、推進機構、空気抵抗との兼ね合い――戦車の時とはまた異なる理屈が、次々と頭に流れ込んでくる。
(重力に逆らって空を飛ぶ、か……)
その原理を理解するだけでも、数日を要した。だが理解が深まるほど、レンの中で「強化の方向性」が明確な輪郭を帯びていく。
「よし……強化」
掌から流れ込む光が、朽ちた機体を包み込んでいく。歪んでいた機体が徐々に形を取り戻し、翼が銀色の光沢を纏っていく。
三日後、機体はかろうじて「飛行できる状態」にまで復元された。だが、レンが目指していたのは、それだけではない。
「速度、か……」
資料には、音速という概念が記されていた。地球の技術では、音速を超えることすら困難とされる、大きな壁があるという。
(この壁を、超えられないだろうか)
レンは推進機構の理解を、さらに深めていった。燃焼効率、空気抵抗の低減、機体強度の限界――理解を積み重ねるごとに、機体はより洗練された姿へと変貌を遂げていく。
そんなある日、作業場に思いがけない人物が現れた。
「零崎レン殿、とお見受けする」
現れたのは、片眼鏡をかけた白髭の老人だった。
「あなたは……?」
「ドルシス・ヴァイエルンと申す。かつて、この基地の技術顧問を務めておった者だ」
老人は自己紹介をしながら、朽ちた機体を興味深そうに見つめた。
「噂を聞いてな。理解を糧に強化する、規格外のスキル持ちがいると」
「あの、もしよろしければ、この機体について、色々教えていただけませんか」
「ほう。素直な男だな」
ドルシスは目を細め、機体の側に歩み寄る。
「よかろう。老いぼれの知識でよければ、いくらでも貸してやろう」
その日から、ドルシスはレンの元へ足繁く通うようになった。工業技術の理論から、素材工学、推進機構の詳細に至るまで、惜しみなく知識を授けていく。
「理解とは、単に知識を詰め込むことではない。対象の“本質”を掴むことだ。お前は、それを直感的に理解しておるようだな」
「本質、ですか」
「うむ。ゆえに、お前の強化には限界がない。理解に限界がない限りな」
ドルシスの言葉は、レンの中で強く響いた。
数週間後――ついに機体は、完全な姿を取り戻していた。
「これが……完成形」
銀色に輝く機体は、もはや朽ちた残骸の面影を残していなかった。
「試験飛行を行います」
基地上層部の立ち会いのもと、レンは機体を発進させた。滑走路を駆け抜け、空へと舞い上がる機影。
その速度は、みるみるうちに常識の壁を突き破っていく。
「速度計測……マッハ、100を突破!」
管制官の悲鳴じみた報告が響き渡る。
「な、なんだと……!?」
司令官ですら、絶句するしかなかった。
空を切り裂くように飛翔する機体は、まるで一筋の光のように、瞬く間に基地の上空を旋回し、着陸態勢に入った。
この光景を、少し離れた場所で見つめる人物がいた。
「……あれが、噂の」
ドルシスは、静かに機体を見上げながら、口元に複雑な笑みを浮かべていた。
「面白い。実に、面白い男だ、零崎レンとやらは」
だが、その笑みの奥には、まだ誰も知らない――彼自身が抱える、もう一つの顔が潜んでいた。
(第3話へ続く)




