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第三話 名札

勢いよく現れた中年は、全力疾走してきたわりに、まったく息を切らしていなかった。


四人の前に立ちはだかり、川へ続く道を塞ぐ。


どうやら教師らしい。


だが当時の俺は、そんなことよりも別のことを考えていた。


――ここでカッコつけたい。


相手が大人だろうが関係ない。


仲間の前で度胸を見せたかったのだ。


そんな年頃だった。


俺はバットを突き出した。


「うるせぇ、じじい! そこどけや!」


俺の頭の中では、次の展開まで出来上がっていた。


「おおーっ! 虎すげぇ!」


「さすがだな!」


仲間たちが尊敬の眼差しを向ける。


完璧なシナリオだった。


ところが――


月彦が冷静に言った。


「いいよ、虎。そんなじじい相手にするな」


そう言うと、スタスタ歩き出した。


永士も続く。


武司も続く。


誰一人として俺を見ていない。


俺だけがバットを構えたまま取り残された。


(あれ?)


なんだこの空気。


俺のシナリオと違う。


くっ……。


さすが月彦。


大人だ。


だが俺は、さらに困ったことになっていた。


勢いでバットを出したはいいものの、引っ込めるタイミングが分からない。


すると教師がバットを掴んだ。


「おい、小僧」


低い声だった。


「こんなもんでビビると思うなよ」


俺は一気に動揺した。


その時、武司が戻ってきた。


「虎、行くぞ」


まるで迷子を迎えに来た母親のようだった。


俺は素直についていく。


すると教師が怒鳴った。


「おい! お前ら、どこの中学だ!?」


もちろん答える必要はない。


そのまま逃げればよかった。


ところが武司は振り返り、胸を張って言った。


「俺たちゃ狩野中学だ!」


俺たちは思わず武司を見た。


そして同時に、もっと大事なものを見た。


武司の胸には、しっかり名札が付いていた。


――美和野中学校 久保武司


全員が固まった。


教師も固まった。


数秒の沈黙。


武司だけが得意げだった。


なんとか教師を振り切り、土手まで逃げる。


これで終わったと思った。


ところが終わらなかった。


なんと教師が車で追いかけてきたのである。


執念がすごい。


武司は土手に転がっていた大きな石を拾った。


ソフトボールくらいのサイズだった。


「うおおおお!」


勢いよく投げる。


幸い車には当たらなかった。


だが教師はさらに怒っていた。


当然である。


今なら俺でも怒る。


その後、俺たちは再び川を渡った。


そしてなぜか、また俺の鼻水が垂れてきた。


俺はそれを武器に変えた。


「うわっ、来るな!」


「やめろぉ!」


敵討ちも教師も忘れ、俺たちは川で追いかけっこを始めた。


今思えば、何をしに行ったのかまったく分からない。


だが、とにかく楽しかった。


冬の川。


夕暮れ。


仲間たちの笑い声。


まるで小旅行のような一日だった。


俺は、この時まだ知らない。


翌日、自分の顔がボコボコになることを。


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