第二十一話 自転車泥棒
蕎麦屋での住み込み生活は、こんな毎日だった。
朝はそれほど早くなかったが、仕込みを始めると、昼の配達に出る前に、前日に食べ終わった丼の回収に回る。
最初の頃は、自転車にオカモチを積んで配達していた。
オカモチといえば、蕎麦や丼物を入れて運ぶ、あの箱だ。今では、自転車で配達している人も、ほとんど見かけなくなった。
当時の俺は、近所の茶工場で働く女性に憧れていた。
ある日、道で見かけて思わず見惚れてしまい、そのまま電信柱に激突。
自転車は見事に壊れ、それ以来、配達はカブを使うようになった。
武司は夜の仕事が中心だった。
俺とは入れ違いになる事が多く、一緒に働く機会はあまりなかった。
反対に、昭敏は昼間の担当だったから、同じ時間帯に働く事が多かった。
住み込みの寮は一緒だった。
部活から帰れば、武司の顔がある。
そんな生活が半年ほど続いたある日、武司と荷物が、突然消えた。
若い頃は、ノリや適当さで済んでいた事も、少しずつ通用しなくなる。
俺は心の中で、
――武司とは、もう一緒に仕事はしない。
そう決めた。
それでも、実家へ戻った武司とは友達として付き合いは続いた。
地元のツレたちが集まる場所でもあった。
ある日、永士が高校の友人を連れてきた。
そいつとは俺もすぐ仲良くなった。
後になって、少し困った思い出を作る事になる。
ある日、街へ買い物に行くため、その友人から自転車を借りた。
買い物を終えて店を出ると、一人の中年男性に声を掛けられた。
優しそうな顔をしていたが、時折見せる眼光は鋭い。
「今日は何しに来たんだい?」
「この自転車は、君のかい?」
ゆっくりと、相手を引き込むような話し方だった。
そして、男は静かに言った。
「この自転車、盗難届が出ているんだ」
……私服警官だった。
俺は交番へ連れて行かれた。
いろいろ事情を聞かれたが、永士の友人の名前だけは最後まで口にしなかった。
自転車が無傷で戻ったこと。
俺が盗難車だと知らなかったこと。
そして、高校一年生だったこと。
警察は、身元引受人が来れば帰してくれると言った。
迎えに来てくれたのは、蕎麦屋の店長だった。
事情を話すと、店長は笑って言った。
「うん、わかってるよ」
「お前は、自転車を盗むような子じゃない」
「さぁ、帰ろう」
店長は、細かい事情を聞こうとはしなかった。
武司が突然いなくなった時も、俺たちを責める事はなかった。
額の真ん中にホクロのある店長。
まさに、仏のような人だった。
こうして、俺たちは高校一年生を乗り切った。
二年生になった俺。
結局、武司は入学して来なかった。
代わりに、昭敏が星北商業高校の定時制へ入学してきた。
さらに、地元の同い年のツレも一人入学してきた。
そして、モンキーは留年した。
気が付けば、同学年の仲間はバラバラになり、一つ下の学年に三人いるという、妙な構図になっていた。
定時制は二クラスで定員八十人。
毎年定員割れだったが、俺たちの年は七十人以上が入学する当たり年だった。
だが、二年生に進級する頃には、その半分近くが学校を去っていた。




