次のやるべきこと
王家の夜会の翌日。
リリアーナは、見事に熱を出した。
「奥様、まだ寝ていてください!」
「で、でも……」
額には冷たい布。
身体は重いし頭もぼんやりする。
久しぶりの長時間の社交。
大勢の視線に気を張り続けた反動だった。
「……情けないわ」
枕へ顔を埋めながら呟く。
せっかく公爵夫人として頑張ろうと思ったのに、たった一度の夜会で熱を出すなんて。
これではやはり、自分は社交に向いていないのだろうか。
「旦那様にも迷惑を……」
すると、
「迷惑ではない」
低い声が聞こえた。
顔を上げると、アルヴェイン・クローディアが立っていた。
いつ帰ってきたのだろう。
リリアーナは慌てて起き上がろうとする。
「ね、寝ていてくれ」
アルヴェインがすぐ制した。
その声音は穏やかだ。
彼はベッド脇へ歩み寄ると、静かに言う。
「昨日の君は立派だった」
リリアーナが目を瞬かせる。
「挨拶も振る舞いも完璧だった。誰も軽んじることなどできなかっただろう」
真っ直ぐな声だった。
お世辞ではない。
本気でそう思っている声。
「……でも、熱を出してしまいました」
小さく言うと、アルヴェインは少しだけ眉を下げた。
「公爵夫人として初めての夜会だ。当然だ」
責める色は欠片もない。
むしろ、
「よく最後まで頑張った」
その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなる。
リリアーナは布団を握りしめた。
「……ありがとうございます」
するとアルヴェインは、ほんの少しだけ表情を和らげた。
「今日は何も考えず休め」
その声音は、ひどく優しかった。
◇◇◇
それから数日後。
熱が下がり、ようやく落ち着いた頃、リリアーナは自室で頭を抱えていた。
──私、何もしていないわ……!
夜会へ出て、改めて理解した。
自分は“クローディア公爵夫人”なのだ。
あの場で向けられた視線、挨拶、周囲の態度。
全部が、公爵家の夫人として扱われていた。
なのに自分は。
毎日本を読んで、庭を散歩して、おやつを食べて。
そしてまた昼寝をして、また本を読む。
「……堕落している」
ぽつりと呟く。
ひどい。
あまりにもひどい。
ほぼ隠居生活である。
しかも夜会では高価そうなドレスまで贈ってもらった。
あんな綺麗な刺繍。
あんな宝石。
うっ、絶対に高い。
旦那様は優しいから何も言わないけれど、内心では呆れているかもしれない。
「穀潰しと変わらないのでは……?」
リリアーナは勢いよく立ち上がった。
「だめだわ!」
何か、何か公爵夫人らしいことをしなければ。
そして思いつく。
「慈善活動……!」
孤児院の支援。
刺繍や文字を教えたり、クッキーを焼いたり。
本を寄付したり、読み聞かせしたり!
子どもたちと交流するのなら、自分にもできるかもしれない。
「そのためには領地を知らないと」
まずは領地視察だ。
思えば結婚してから、一度も屋敷の外へ出ていない。
本当に一度も。
たまに庭へ出る程度で、あとはずっと本を読んでいた。
いや、まだ読みたい本は沢山あるのだけれど。
図書室は天国なのだけれど。
でも今は違う。
「まずは外へ出てみましょう!」
そう決意して動き出したものの、執事から“まずは閣下の許可を”と言われ、リリアーナはしゅんとした。
そうだった。
勝手に動いて問題を起こせば、公爵家に迷惑がかかる。
「……何もしない女が勝手なことをしてはいけないわよね」
すると執事は優しく微笑んだ。
「閣下はきっとお喜びになりますよ」
「そうでしょうか……」
「ええ」
妙に確信に満ちた声だった。
◇◇◇
その夜。
アルヴェインは“話がある”と聞かされ、内心かなり緊張していた。
だがリリアーナが口にしたのは。
「慈善活動をしたいんです」
予想外だった。
彼女は真剣な顔で続ける。
「夜会に出て思ったんです。私、何もしていなさすぎるって」
「…………」
「毎日だらだらして、本を読んで、お昼寝して……」
アルヴェインは危うく“かわいい”と言いそうになった。
本人は本気で悩んでいるらしい。
「ですから、まずは領地を知りたいんです」
リリアーナは小さく拳を握る。
「視察へ行かせていただけませんか?」
アルヴェインは少し黙った。
そして思い出す。
夜会のあと、高熱を出して寝込んだ彼女を。
ようやく慣れない社交を終えたと思ったら、今度は領地視察。
慈善活動。
彼女は頑張りすぎるところがある。
「……慈善活動も、体に負担があるのではないか」
自然とそんな言葉が出た。
リリアーナはきょとんとする。
「え?」
「君は無理をするとすぐ熱を出すだろう」
真面目な声だった。
本気で心配している。
だがリリアーナは、少し困ったように笑った。
「でも、旦那様ばかり大変なのは嫌なんです」
その瞬間。
アルヴェインは数秒ほど黙り込んだ。
……ずるい。
そんな可愛いことを言われて、反対などできるわけがない。
「……分かった」
結局、折れる。
リリアーナの顔がぱっと明るくなった。
「だが後日、私も同行しよう」
「え」
「領地を案内する」
本当は疲れたらすぐ休ませたい。
領地の安全には努めているが、彼女の行く先に危険がないか見ておきたい。
変な男が近寄らないよう側にいたい。
理由はいくらでもある。
だがリリアーナは素直に喜んだ。
「楽しみです!」
その笑顔を見ながら。
アルヴェインは静かに思う。
……やはり、外へ出すのは少し心配かもしれない。




