安心する場所
「リリアーナ!?」
最後に聞こえたのは旦那様の慌てた声だった。
◇◇◇
……ああ、またやってしまったわ。
ぼんやり意識が浮かび上がる。
柔らかいベッドの感触。
ほんのり香るお花の匂い。
目を開けると見慣れた自室の天井が見えた。
「……ぅ」
「奥様!」
侍女がすぐ駆け寄ってくる。
「お水をお持ちしますね」
「ありがとう……」
身体を起こそうとした瞬間、別方向からものすごい勢いで声が飛んできた。
「無理に起きなくていい!」
びくっ。
視線を向ければ、旦那様がベッドのすぐ横に座っていた。
ものすごく心配そうな顔で。
「だ、旦那様……」
「気分は?苦しくないか?頭痛は?吐き気は?」
「だ、大丈夫です……」
「本当に?」
「はい……」
すると旦那様は深く息を吐いて、額に手を当てた。
「良かった……」
本気で安心した顔だった。
胸がきゅうっとなる。
「……すみません、また気絶してしまって」
「謝る必要なんてない」
「でも、せっかく勇気を出したのに……」
あんなに頑張ったのに。
抱きついて、好きって言えたのに。
最後の最後で倒れてしまった。
しゅんとしていると、旦那様がじっとこちらを見つめてくる。
「リリアーナ」
「は、はい」
「君は自分がどれだけ可愛いことをしたのか分かっている?」
「えっ」
「帰宅した瞬間、駆け寄ってきてくれただろう」
う。
「夕食中もずっとそわそわしていた」
うう。
「執務室では、あの愛らしい顔を真っ赤にしながら抱きついてきて、『好きです』だ」
やめてほしい。
思い出したら恥ずかしくて死んでしまう。
「しかも私をドキドキさせようとしていたんだろう?」
「な、なんでそれを……!?」
「分かる」
旦那様が笑う。
「可愛すぎて、正直理性が危なかった」
「り、理性……」
「だからキスだけで止めたのに」
キス。
思い出した瞬間、顔が熱くなる。
あれは夢ではなかったのね!?
「……っ」
「また赤くなった」
旦那様が嬉しそうに目を細める。
「リリアーナ」
「はい……」
「キス、嫌だったか?」
「い、嫌じゃありません!」
即答してしまった。
旦那様の目が見開かれる。
しまった。
勢いで答えてしまったわ。
「……そうか」
旦那様がものすごく幸せそうに笑った。
その顔を見た瞬間、胸がいっぱいになる。
ああ。
私はこの人が好きなのだ。
怖いくらいに。
苦しくなるくらいに。
そして同時に、とても安心する。
「旦那様」
「ん?」
「私、ちゃんと旦那様をドキドキさせられましたか?」
すると旦那様は少し黙ってから、ゆっくり私の手を取った。
大きくて温かい手。
「……君は毎日、ずっと私を振り回しているよ」
「え」
「会議中も仕事中も、君のことばかり考えている」
指先にそっと口づけが落ちる。
ひゃ、と肩が跳ねた。
「君が笑うだけで嬉しいし、触れられるだけで心臓がうるさい」
「だ、旦那様も……?」
「もちろんだ」
そんなこと、全然知らなかった。
だって旦那様はいつも余裕そうで、かっこよくて、スマートで。
「だから安心していい」
旦那様が優しく額を撫でる。
「君ばかりがドキドキしているわけじゃない」
じわりと胸が温かくなった。
嬉しい。
たまらなく嬉しい。
「……ふふ」
「どうした?」
「なんだか安心しました」
「それなら良かった」
旦那様が優しく笑う。
その笑顔を見ているだけで幸せだった。
ここには本があって。
優しい使用人たちがいて。
そして何より、旦那様がいる。
この屋敷で過ごす毎日は穏やかで、温かくて、
胸がいっぱいになるほど幸せだった。
旦那様がそっと私を抱き寄せる。
今度は気絶しなかった。
胸はドキドキしている。
顔もきっと赤い。
それでも、安心する。
だから私もそっと旦那様へ寄り添った。
「旦那様」
「ん?」
「これからも、ずっと一緒にいてくださいね」
抱きしめる腕に少し力がこもる。
「ああ、もちろんだ」
低くて優しい声。
「君が嫌だと言っても、もう離してあげない」
その言葉さえ、今の私には嬉しかった。
こうして私は今日も、愛されながら幸せに溶かされていく。




